第42話 恋人のフリをしてくれないか?


「莉乃は何も悪くないよ」


 そんな俺の言葉に、


「いえ、わたしが悪いんです。わたしがユーキくんを傷つけてしまいました」


 そう言って、ポロポロと涙を流す莉乃。俺はどうする事も出来ない。

 だから――


「莉乃には感謝している――雛子の事も、バイトの事も……それに部活の連中とも仲良くなれた。全部、莉乃が居たからだ」


 雛子には、もっと普通の女の子みたいになって欲しいと思いつつも、傍に居る事しか出来なかった自分。


 一人でお店の切り盛りをしている白雪さんの力になって上げたいと思っていたけど、どうする事も出来なかった自分。


 変な奴らだと距離を取って、真夏を始めとする部活の連中と、深く関わろうとしなかった自分。


「何も変わらない、変えられない――って、俺は何処どこかで諦めていたんだ。でも、莉乃が全部、変えてくれたんだ」


 雛子が変わる切欠きっかけをくれた。


 誰かのために頑張る事の大切さを教えてくれた。


 失敗しても、笑顔で乗り越える強さ、それを莉乃は持っていた。


「莉乃が居たから、俺は変われたんだ」


 俺は心の何処かで――雛子をずっと閉じ込めておきたい――と思っていたのかも知れない。


 莉乃の話をかなければ、白雪さんにチラシを配る事や新メニューの提案など、俺はしなかっただろう。


 女の子にモテるという理由で、姉さんから半ば強制的に始めさせられたギターもそうだ。


 莉乃が居なければ、真夏達と一緒に音楽を奏でる事でさえ、作業でしかなかった。


「ありがとう。莉乃は俺にとって、どんな女の子よりも、素敵で魅力的な女の子だよ」


 ――だから、俺は彼女を諦めたくない。


 今日は無理でも、また、何度で告白しようと思う。



 ▼    ▽    ▼



 遊園地――


 結論から言おう。真夏は失恋した。

 先輩が彼女を連れて来たので、試合をする前から負けていた事になる。


 正直、先輩に彼女が居るなど誤算中の誤算、大誤算である。


「あんなのでも、彼女が出来るのか……」


 失礼だが、つい言ってしまった。

 何というか、先輩は……顔はいいのだが――厨二だ。


 ――バンドって凄い。


「幼馴染らしいっスよ」


 と時雨。どうやら、彼女も知らなかったらしい。

 いや、そもそも興味がないのか……。


 先輩の彼女に頼まれ、俺は二人がメリーゴーランドに楽しく乗っている姿を撮っていた。流石に真夏にさせる訳には行かないし、時雨は絶対にふざけそうだ。


 消去法で俺が遣るしかないだろう。

 他にもメンバーは二人居るのだが、バイトなどの用事で来れないそうだ。


 ――協調性の無い連中だ。


 莉乃に振られたばかりで、何故なぜ、他人のラブラブっぷりを撮影しなければならないのか――


「世界なんて明日、滅びればいいのに――」


「セ、センパイ⁉ ど、どうしたっスか……キャラじゃないっスよ」


 こういう場所では先陣を切って、もっとはしゃぐと思っていたのだが、時雨は何故なぜか俺の隣をキープしていた。


「ああ、済まない。時雨――ちょっと、地球の回転を逆にしてくれないか?」


「あっしはウルトラな人でも、スーパーな人でもないんで無理っス……巻き戻したい過去でもあるんスか?」


「いや、言ってみただけだ――」


 そう言って、俺は時雨の頭をワシワシした。


「ちょ、センパイ! 何かいつもより乱暴っス」


「気の所為せいだろう――それより、何で真由が楽しそうに手を振っているんだ?」


 失恋した筈では? 特に傷ついた様子もない。

 いや、むしろ楽しそうに見える。


「相変わらず鈍いっスねぇ……それはもう、マユマユセンパイの好きな人が部長ではなく――ん、真由?」


 ――おっといけない。


 海水浴に行った日、夕飯を食べ終わると真夏からSOSの連絡が来た。

 何事かと思って、急いで向かうと肝試しをするとの事だった。


 詳しく事情を聴くと、バイト先の大学生がしつこくアプローチをしてくるので困っているそうだ。


 そこで、俺に――恋人のフリをしてくれないか?――と頼んできた。


 ――キミ、そういうの得意だよね。


 何故なぜ、それを知っている?

 まぁ、普段から世話になっているので、仕方が無い――と了承すると、


 ――そうだ! ボクがユーキって呼んでいるんだから、キミもボクの事を名前で呼んでよ。


 そんな流れで、名前で呼ぶ事になったのだが、その時の癖が抜けていなかったらしい。


「何だ? お前も名前で呼んで欲しいのか?」


 こういう時は下手に言い訳するよりも、開き直る方がいい。

 姉さんによる教育の賜物たまものだ。


「え、いいんスか? じゃ、じゃあ、ハニーで……」


 時雨とは、中学の頃からの付き合いになる。

 だが、こういうところは未だに良く分からない。


 ――あっしと契約して、バンド仲間になって欲しいっス。


 アニメやゲームの影響だろうか?

 部活にやってきた当初は、普通の初心者だった。


 まぁ、俺も他人の事は言えないが……。

 だが、頑張ってもいた。


 ギターやベースに比べ、ドラムをやっている人間は少ないので――貴重な存在――というのもある。


 だから、部活帰りにジュース等をよく奢ってやったのだが――


 あの時、奢らなければ、今もたかられる事は無かっただろう。


「分かった。マヌカ」


「マヌカ☆まじか!――ちょ、ちょっと、それはあんまりっス。あっしのジェムが黒く濁るっスよ」


「残念ながら、チャンスは一度だ。お前の敗因はたった一つ……お前は俺を怒らせた」


「そ、そんなぁ……いつもの悪ふざけなのに!」


 いつもふざけているからだ――とは思わないようだな。

 とはいえ、これは八つ当たりか――仕方が無い。


「じゃ、これでアイスでも買って来い――小雨」


「それって、ていよく、あっしを遠ざけるための――ん、小雨!」


 そして、時雨は動き出す。

 急にニヤニヤとし出したので、少し気持ち悪い。


「も~、そういうところっスよ……セ・ン・パ・イ♥」


 時雨はそう言って、俺の肩をペシペシ叩くと、お店に並んだ。


 ――だから、どういうところだよ……やれやれだぜ。

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