症例5.気が付くと君への嘘がバレていた!

第41話 これが答えじゃ、ダメかな?


 海水浴から戻ってきてからだろうか――


「莉乃……おはよう」


「お、おはようございます……」


 莉乃の様子が可笑しい。

 時折、寝惚ねぼけている事はあったが、それとは違う。


 今日、起きて来た莉乃は、あからさまに俺から顔をそむけた。

 いつもは無防備にはだけたパジャマも、今日はしっかりと両手でガードしている。


 ――もしかして、警戒されている?


 いや、まぁ……海の時といい、旅館の時といい、盛大に押っ立ててしまったので、無理もないか。


 所詮は俺も、他の男達と同じだった――という事だろう。

 せめて、莉乃が意識しないで済むように、距離を取るか……。


 だがその前に、まずは朝食の準備だ。


「ユーキくん……」


「――っ!」


 呼ばれたので振り向くと、どういう訳か莉乃が直ぐ後ろに立っていた。

 驚いて、変な声が出そうになる。


 折角、人が距離を取ろうとしたのに、何故なにゆえ、距離を詰めてくるのだろうか?


「驚かさないでくれ……」


 心臓に悪い。刃物を持っていなくて良かった。

 確実に落としていただろう。


「どうした? お腹が空いたのなら、パンを焼くけど……」


「いえ、そういう訳では無くて――」


 ――キュルルル。


 と可愛い音が鳴った。


「はうっ⁉」


 慌ててお腹を押さえる莉乃。俺は苦笑すると、


「もう少しだけ待っていて、パンよりご飯の気分だよね」


「い、いえ……はい」


 莉乃は恥ずかしそうに答えた。


 フライパンでふっくらと魚を焼いて、みそ汁と納豆、それから漬物の代わりにピクルス――最近は莉乃の実家から野菜が送られてくるので、夜の内に準備し、一晩置いただけの浅漬け――を出す。


「あ、お昼のお弁当は二人の分も用意するから――」


 今日は出掛ける用事がある。部活の連中と遊園地だ。

 遂に真夏との約束を果たす時が来た。


 適当に二人きりにして、様子を見よう――いい雰囲気になるかは真夏次第だが……問題は時雨だろうか?


 いつもは雛子を一人にしておけないので、こういうイベントは断っている。


 だが、今日は――莉乃が雛子の面倒を見てくれる――というので助かった。


 勿論もちろん、莉乃も誘われたのだが――まだ、人混みが苦手だ――という理由で断ってしまった。


 本当は俺と一緒が嫌なのかも知れない。

 そう思うと少し憂鬱ゆううつだ。


「はい、ありがとうございます――って、そうではなくて……」


 定番の玉子焼きとウインナーは調理済みだ。

 ウインナーにおいては、雛子のはタコだが、莉乃のはハートにしてある。


 ――いや、こういうところが嫌われた要因か……。


 莉乃は言いにくそうに俺を見詰める。


「何?」


 正直、怖かったが、俺は作り笑いを浮かべた。


 気持ち悪いのでウインナーをハートの形にするの……止めてくれませんか?――などと言われたらどうしよう。立ち直れない。


 しかし――


「ユ、ユーキくんは……エッチな女の子は好きですか?」


 と真顔でかれてしまった。

 う~ん……また変な質問をしてくる――だが、莉乃らしい。


 俺は思わず笑ってしまった。

 余裕のあるフリをして、身構えていた自分がバカみたいだ。


「は、はわわわわっ! ユ、ユーキくん?」


「ああ、ゴメンゴメン――」


 俺は謝りながら――どう答えようか?――と思案する。


 大方、『おっぱい』が大きい女の子は『エッチ』だとか、誰かに吹き込まれたのだろう。


 理由を確認して――そんな事はない――とでも言えばいい。

 だが、一番シンプルな答えを俺はもう持っていた。


「俺は莉乃が好きだよ――最初は面倒な事になったと思っていたけど、一生懸命で誰にでも優しくて、笑顔の可愛い莉乃だから好きなんだ」


「……」


「これが答えじゃ、ダメかな? おっと――」


 どうやら、ご飯が炊けたようだ。炊飯器が音声で知らせてくれる。

 しゃもじでご飯をほぐしていると――


 ――ペタン。


 と音がした。振り向くと、莉乃がその場に座り込んでいた。

 そして、目から雫が零れる――泣いているようだ。


 ――いや、俺が泣かせたのだろう。


 俺はその手を止め、近づく……だが――ゴメンなさい――と莉乃。

 そのまま、両手で顔を覆い、泣き出してしまった。


 この展開は――どうやら、俺は振られてしまったようだ。

 まぁ、仕方が無い。


「ゴメンなさい、ゴメンなさい……」


 別に怒ってはいないし、謝ってほしい訳でもない。

 今はただ、キミに泣いて欲しくない。


 さっきまでの俺なら、抱き締めるなど簡単な事だったに、今の俺にはその資格は無かった。


 ――無くしてしまった。

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