第37話 別に謝らなくていいよ


 昼寝はさせたのだが、旅館に着く頃には、雛子はうつらうつらと節電モードだった。本当は背負ってやりたいところだが、荷物が多い。


 ――いや、姉さん達が荷物を持ってくれれば済む話なんだが……。


 雛子は今、莉乃に手を引いて貰っている。

 一度、昼寝をさせたのだが……やはり、はしゃぎ過ぎたのだろう。


 旅館は海から少し離れているため、車での移動だ。お店は海辺よりも、都市部の方に集中しているらしく、大人の二人には都合がいいのだろう。


 既に宿は姉さんがチェックインを済ませている。

 一度、荷物をカウンターに預かって貰い、俺は雛子を背負った。


「うふふ、寝顔も可愛いです」


 と莉乃。雛子の顔をのぞき込むが、当然、俺の顔も近くなる訳で――目と目が合う。


「莉乃……」「ユーキくん……」


「はーいっ! ここ旅館のカウンターだから……他にもお客さんがいるから――イチャイチャするなら、雛子ちゃんと荷物を部屋に運んでからにしなさい!」


 と姉さんに叱られた――いや、荷物は旅館の人に頼めばいいだろう。

 莉乃は顔を真っ赤にし、うつむくと先に部屋に行ってしまった。


 雛子の布団でも準備してくれるのだろう。


 問題は姉さん達の方だ。

 飲むのは程々にして欲しい。


 まぁ、普段働いているし、車の運手もしてくれたし、旅館の手配もしてくれて、お金も出してくれた――今日は文句を言わないでおこう。


 ただ――俺も早く大人になりたい。


「にゃあ! 荷物を持って貰ってゴメンにゃ、ユッキー」


 と小鳥ちゃん。語尾に『にゃ』を付けるのは、まだ続いているようだ。

 小鳥ちゃんいわく――大人にはストレスがある!――との事。


 語尾に『にゃ』を付けて話さなければ、やってられない時もあるそうだ。


「……」


 ――やはり、大人になるのは、もう少し先でいい……。


「別に謝らなくていいよ――それより」


「うにゃ?」


「莉乃の事――色々ときたい」


 少し迷ったのだが、こんな機会は当分ないだろう。

 どう考えても、この人が元凶だ――俺は小鳥ちゃんを見詰めた。


「うーん、サクにゃー的には、もう少し傍観ぼうかんしていたそうだったけど……分かったにゃん☆ 思った以上にリノと仲良くしてくれていたので教えるにゃん!」


「ありがとう、小鳥ちゃん」


「ユッキーが婿むことして実家を継いでくれれば、小鳥ちゃんも――早く結婚しろ――とか言われなくて済むし……にゃん☆」


 本音はそっちか――



 ▼    ▽    ▼


 旅館の部屋は和室で、ふすまで部屋を区切れるようになっている。

 今、莉乃と姉さんはお風呂で、雛子は寝ている。


 という訳で、今、部屋には小鳥ちゃんと二人きりの状況だ。少し卑怯な気もするが――莉乃に何があったのか――を訊く機会は、今しかないだろう。


 小鳥ちゃんの話によると、莉乃は地元の女の子だけを集めたグループでローカルアイドルの活動をやっていたらしい。


 俺の予想通り、地元の役に立つなら――という事で言いくるめられたようだ。


 最初の頃は可愛い衣装を着て、歌や踊り、地域のゆるキャラと一緒に地元のテレビに出たりと、それなりに楽しんでいたらしいが――あの胸である。


 グループの中で、一人だけ胸を強調する衣装を着せられ、一部のコアなファンからは『おっぱい』ちゃんと呼ばれるようになったそうだ。


 更に中学校では男子から、胸が大きいという事でランキングを付けられたり、その大きさを揶揄からかわれる始末。


 高校に入ってからは、すっかり、家に引き籠るようになってしまった。


 ――莉乃の性格を考えるに、無理からぬ事だ。


 そこで小鳥ちゃんは一計を案じる。

 以前より、小鳥ちゃんは俺の事を莉乃に話していたそうだ。


 莉乃も興味を持ち――会ってみたい――と言っていたので、賭けをする事にした。


 どうにも、俺が――高校に入ってからアニメオタクになった――と莉乃に吹き込んだらしい。


 二次元の女の子にしか興味を持たないダメ人間になってしまったので、どうにかして上げて欲しい――と話をでっち上げたそうだ。


 ――


 ――――


 ――――――――


 莉乃「お姉ちゃんが以前言っていた男の子ですね」(チラッ)


 小鳥「そうそう、会ってみたいって言ってたにゃん☆」(猫のポーズ)


 莉乃「どうせ……男の子なんて、わたしの胸ばかり見てくる変態さんですよ……」(フッ)


 小鳥「それがドの付く変態さんにゃん」(ニパッ)


 莉乃「……」


 小鳥「リノみたく特別可愛い女の子にしか頼めない事にゃん☆」(とでも言っておけば、その気になるだろう)


 莉乃「わたしみたいに『おっぱい』が大きいだけの女の子、何の役にも立ちませんよ」(どよ~ん)


 小鳥「そんな事無いにゃん」(つーか、こっちはうらやましいんだよ!)


 莉乃「ありますよ……」(ハァ)


 小鳥「リノは魅力的にゃん☆ リノの魅力で可哀想なユッキーを助けて上げて欲しいにゃん☆」(まぁ、小鳥ちゃんも可愛いけどね)


 莉乃「嫌です」(プイッ)


 小鳥「でもでも、もう転校の手続きしちゃったにゃん」(ウソだけど……)


 莉乃「また勝手に……」(ジトー)


 小鳥「それにそれに、これはチャンスにゃん! リノの事を知っている人がいない場所でやり直すにゃん☆」(面倒だな、早く行くって言えよ)


 莉乃「本当に……」(じ~っ)


 小鳥「本当にゃん! あ~あ、ユッキーもリノになら会ってもいいって言ってるのにゃあ」(チラッ)


 莉乃「……」


 小鳥「ここに居ても、畑でリノの歌を流されるだけにゃん」(もう一押しか……)


 莉乃「……」


 小鳥「ちょっとの間だけにゃん。向こうにはリノくらい胸の大きな人はいっぱい居るにゃん」(ただし、女子高生とは言ってない件)


 莉乃「分かりました……そこまで言うのであれば――」(勇希くん――ユーキくんですか……実はちょっと楽しみです)


 小鳥「ありがとにゃん」(ふー、リノがこのままだと、この小鳥ちゃんが強制的にお見合いさせられる流れだったから、助かったぜ……)


 莉乃「今回はお姉ちゃんの口車に乗ってあげます」(ハァ……この姉の事も謝らなければいけませんね)


 ――――――――


 ――――


 ――


 ――と、まぁ……要約するとそんな感じの流れらしい。


 莉乃のすさみ具合と小鳥ちゃんの本音が気になるが――忘れよう。

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