第36話 アイドルになりたいか?


 逃げる小鳥ちゃんに対し、追い掛ける莉乃。

 珍しい光景だ――いや、実家に居た頃は良くやっていたのだろう。


 慣れている感じがする。パワータイプの莉乃に対し、小回りの利く小鳥ちゃんだが……あっさりとつかまった。


 ――莉乃は結構、足が速いんだよな。


 砂浜に押し倒されているが――まぁ、怪我けがをする事は無いだろう。

 丁度、そこへ雛子達が戻って来た。


「兄さん!」


 と駆け寄ってくる雛子を抱きかかえる。

 身体が冷たい。海に入って、少し冷えたのだろう。


 午前中の疲れもある。夕方には眠くなる筈だ――今の内に昼寝をさせよう。


「怖くなかったか?」


 俺の問いに、


「余裕」


 と返す雛子。俺は苦笑しつつ、


「そうか、凄いな――真夏もありがとう。迷惑を掛けたな」


「なっ、兄さん!」


 雛子が頬をふくらます。

 真夏はその様子を見て笑うと、


「そんな事は無いよ。妹さん――ヒナコちゃんは良い子だったよ」


 と返す。つまり、俺の前だとフザケタ言動を取る――という事だろうか?

 勘弁して欲しい。雛子は――どうだ、偉いだろう――と胸を張る。


「なぁ、雛子」


「何だ? 兄さん――だが断る」


 ――まだいてもいないのに! まぁ一応、いてみるか。


「アイドルになりたいか?」


 高校に進学出来るのか分からないし、雛子の容姿なら――特定の層に――人気が出そうだ。


「兄さん! この『秋瀬雛子』が最も好きな事の一つは、あたしを『可愛い』と思っている奴に『奉仕』させてやる事だ……断じて他人に『奉仕』する事ではない!――ロリコン共にびを売り、愛嬌あいきょうを振りまく事など断じてない! あたしは『奉仕』する側ではなく、『奉仕』される側の選ばれし人間だ! 兄さんこそ、『雛子旅団』に入れ!」


 何たる気迫、何たる信念――将来は引き籠りのニートになると思っていただけに驚きだ。だが――


 だったら何でその気持ちを少し……ほんの少しでいいから、真面目に生きる事に、何で分けてやれなかったんだ!


「あ、はいはーい! ボクはね……興味あるよ」


 と真夏。何だろう?

 彼女と話すと、少しホッとする自分が居る。


 ――普通って素晴らしい。


「でも、小さい事務所はダメだよ……大きい事務所じゃないとね」


 いきなり現実的な事を言い出す。


「そう考えると、コネでも無い限り難しいよね……」


 うんうん――と真夏は一人で頷いた。


「真夏は歌も上手いし――『声優』って手もあるんじゃないか? 『声優アーティスト』……」


 などと俺は言ってみたが――正直、それ程詳しくは無い。


「そうだね☆ まずは専門学校に行ってから、養成所だったけ?」


 真夏は意外にも、話に乗ってきた。

 少しは興味があって、調べていたようだ。


「そのためにはオーディションを受けて……ゲームアプリのキャラの声をいくつかやって、一つでも人気が出れば……そこから行けるような気もする――コサメが言ってたよ」


 情報源は時雨ヤツか――


「流石に人気声優は無理だろうし、アニメに出る事自体、難しいだろうけど――ユーキはどう思う?」


 真夏なら出来ると思うぞ、頑張れ――と言って遣りたいところだが、下手な事を言うと彼女の場合、本気で目指してしまいそうだ。


「真夏はゲームやアニメの事、詳しいのか?」


 俺が質問すると、


「うんん、そんなに詳しく無いよ」


 と真夏。彼女は首を横に振った後、


「でも、ユーキは詳しいんだろ。リノから聞いてるよ」


 そう言って、真夏は――あはは――と笑った。

 アニメオタクの設定か……この分だと、色々と広まっていそうだ。


 勿論もちろん、莉乃を責める気は無い。

 悪いのは、その元凶だろう。


 莉乃の過去を詮索するつもりは無かったが、やはり、後で確認した方が良さそうだ。


 ――それはそれとして。


 真夏には、その元凶である専門家の相手をして貰おう。

 彼女の人生にも関わる。


「真夏、俺は雛子を休ませてくるよ。悪いけど――」


 そう言って、俺は別の方向へ視線を注ぐ。

 その先には、莉乃と確保された小鳥ちゃんの姿があった。


 小鳥ちゃんは莉乃にズルズルと引きられている。


「マユちゃん、お帰りなさい。ヒナコちゃんが迷惑を掛けてゴメンなさい」


「リノ――お前もか……」


 真夏に対し、俺同様、謝る莉乃を見て、雛子は威嚇いかくする。一方で、


「姉よりすぐれた妹なぞ、存在しないにゃ……しくしく」


 と小鳥ちゃん。目が死んでいる。


「えっと、この人は『春野小鳥』さん――莉乃の姉で、芸能関係の仕事をしている」


 俺は真夏に紹介した。


「ユーキ……この女性ひと、突っ込みどころが満載なんだけど?」


 当然、困惑する真夏。俺は両手を合わせると、


「相手を頼むよ――アイドルの事もいてみてくれ」


「えっ⁉」


 真夏にジト目でにらまれたが、俺は目をらす事しか出来なかった。

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