第33話 だから、急いでくださいね
「あら、お帰りなさい」
と姉さん。どうやら、お酒は入っていないようだ――感心、感心。
俺は浮き輪と水鉄砲を置く。
「で、どうだったの?」
姉さんは手招きをして、雛子を呼び寄せると耳打ちした。
雛子は首を左右に振る。すると姉さんは、
「それでも男ですか! 軟弱――」「それ……さっき、雛子がやった」
姉さんの場合、本気のビンタが飛んでき兼ねないので、俺は言葉を
消化不良なのか、姉さんは少し考えた後、
「私の弟、諸君らが愛してくれた勇希は振られた!
――いや、振られてないから……。
「ふっ、坊やだからさ……」
と雛子――何? 俺、振られたの?
まだ告白もしてないのに――
「縁起でもない事、言わないでくれ……」
「あれれぇ? ユッキー、リノに振られたにゃん? 可哀想にゃん――小鳥ちゃんが慰めてあげるにゃん」
そう言ったのは小鳥ちゃんだ。今日は、そのキャラらしい。
誰も突っ込まない。当然、俺もだ。
姉さんの友達で莉乃の姉――性格はこの通り、姉さんの友達に間違いない。
しかし、外見はあまり莉乃に似ていない。
別に胸の話――という訳ではない。小鳥ちゃんのサイズは至って普通だ。
そんな彼女はビーチベッドに横になったまま、両手を広げる。
――多分、そのまま抱き着いても、この人は怒らないだろう。
「ふ、振ってません! ユーキくんに変な事しないでください」
と莉乃。慌てて、俺と小鳥ちゃんの間に入り、
そんな事をしなくても、俺は小鳥ちゃんに抱き着いたりはしない。
「ちぇーっ」
小鳥ちゃんは口を
正直、姉さんの相手だけでも大変だからだ。
俺はバッグからタオルを出すと、一つを莉乃に渡し、もう一つで雛子の身体を拭いてやる。
いや、単にあんな事を言った後のなので――莉乃の顔を見るのが恥ずかしい――というのもあった。
「何……喧嘩?」
姉さんの言葉に、
「逆だ……お互いの気持ちを再確認して――今、恥ずかしくなっているところだ」
と雛子が返す。
「ヒ、ヒナコちゃん!」
莉乃が雛子の口を慌てて
「何々、詳しく聞こう」
と姉さん。続いて、
「ユッキー、お金あげるから、お昼買って来てにゃん」
と小鳥ちゃん。姉さんとの連携プレイ――やれやれだ。
俺はお金を受け取ると、パーカーを莉乃に渡す。
そして、莉乃の手を取ると、
「行こう、莉乃!」
雛子には悪いが、そう言って、この場から逃げ出した。
▼ ▽ ▼
「あ、あのっ!」
と莉乃。ちょっと強引過ぎただろうか? 反省する。
「ゴメン……莉乃」
握った手が痛かったのかも知れない。
そう言って、俺が慌てて手を離すと、
「い、いえ……いいんです。その――ですね……振った訳ではないので、その……」
どうやら、別の事を考えていたようだ。
俺はあの二人に
別に振られようが振られまいが、俺の遣る事は変わらない。
だが、この様子だと言っておいた方が良さそうだ。
「いつか、きちんと言うから、待っていて欲しい」
「へ……な、何でしょう?」
「俺が莉乃の事を嫌いになったりしないって事さ」
「はわわわわっ」
莉乃は
「出来れば、顔以外を隠して欲しいかな……」
と呟く。は、はひ――と莉乃は急いでパーカーを羽織った。
俺が急に手を引いたため、どうやら、タオルも持ってきていたようだ。
俺はそのタオルを受け取ると、一度広げ、莉乃の首に掛ける。すると、
「ユーキくんも、濡れたままですよ」
雛子が水鉄砲で俺と莉乃を撃った所為だ。
まぁ、見詰め合ったまま返事をしなかった俺達も悪い。
莉乃は首から掛けたタオルで俺の顔を
――距離が近い。
そして、彼女は真っ直ぐ俺を見詰めたまま、
「わたしは待つよりも、行動するタイプなんです。だから、急いでくださいね」
と微笑んだ。夏の日差しの所為だろうか?
身体が熱で沸騰しそうになる。
▼ ▽ ▼
「あれ、リノにユーキだ」
とは真夏だ。
――何でここに居る?
一瞬考えたが――確か、親戚の経営する『海の家』で、泊まり込みのバイトする――という話をしていた事を思い出す。まさか、ここだったとは……。
軽音部も名ばかりの部活で部費は
ほぼ、自腹での活動となる。
今後のイベントに向けて――稼ごう――といったところか……。
真夏は容姿がいいので、ウェイトレスを担当させられているようだ。
その方が時給も高いのだろう。彼女は、
「デート?」
と訊いてくる。莉乃は顔を真っ赤にする。
「残念ながら、家族旅行だ」
俺が首を横に振ると、
「いや、もうデートでしょ……それ?」
と返された――そういうモノなのか?
俺は莉乃に視線を向けると、莉乃も首を傾げた。
――可愛いな。
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