第32話 こ、高級感があるという事でしょうか?


「ふんっ、リノはいいな――そんな大きな浮き輪が二つもあって」


「こ、これは浮き輪ではありません」


 雛子の言葉に、莉乃は両手で胸を隠すような仕草をする。

 だが、胸を寄せる事で、より強調している形となった。


「くっ、狙い撃つぜ! よう、お前ら、満足か?」


 こんな世界で――雛子は俺から水鉄砲を奪い取ると、莉乃の胸目掛けて発射した。

 その台詞だと、兄の俺、死んでそうなんだが……。


「きゃっ、ヒナコちゃん! 止めてください――わたしは……嫌です」


「さぁ、兄さん、逃げるぞ!」


 やれやれだ。仕方が無いので浮き輪ごと引いてやる。


「あ、待ってください。ユーキくん」


 待ってください――と言われたら、待ってあげるが世の情け。

 世界の平和を守るため、俺が振り返ると、


「きゃっ」


 バランスを崩した莉乃が俺目掛け倒れて来る。

 どうやら、胸に重りを付けているため、急に止まるのは苦手なようだ。


 俺は受け止める。


「大丈夫か? 莉乃」


「は、はい」


 抱き合う形になったが、これは仕方が無いだろう。

 プカプカと大きな胸が浮いている。


「……」


「…………」


「……………………」


「おい、何時まで見詰め合っている」


 そう言って、雛子が再び水鉄砲を構えた。

 はわわわわっ、と莉乃は慌てるが、俺は莉乃を離さなかった。


「落ち着け、海だと危ない」


「はひ……」


 俺はちゃんと莉乃が立った事を確認してから手を離す。


「ユーキくん……」


 と莉乃。恥じらっている様子だが、いつもと雰囲気が違うような気がする。


「あの――向こうの岩場に行きませんか? い、今ならわたし……ユーキくんになら、何をされても大丈夫な気がします」


 莉乃が上目遣いで、俺を見詰める。

 潤んだ大きな瞳。赤く染まった頬。艶のあるピンクの唇。


 だからそれ、俺が大丈夫じゃないんだが――



 ▼    ▽    ▼



 ――ザッパーン。


 岩に波の当たる音と、チャプチャプと水の引く音が聞こえる。


「ユ、ユーキくん……す、好きにしてください――で、でも、最初は優しくしてくれると嬉しいです」


 人気ひとけの無い岩場に来ると、莉乃はそう言って目をつぶり、祈る様に両手を握る。


 本来なら、キスの一つでもしたいところだが――


「えっと――雛子、説明してくれ」


ぜん食わぬは男の恥――本能のおもむくままに……」


「真面目に答えないと、明日からお前の食事はすべて野菜料理になる」


「リノが男性恐怖症を克服こくふくしたいそうなので、原因を聞いたところ、どうやら男子に胸の事を揶揄からかわれたのが起因しているようだ。他の男ではダメだが、兄さんに胸の事をいじるような台詞を言って貰えば、少しは免疫がついて、大丈夫になるのではと提案した――何たる知略……あたしは自分の才能が怖過こわすぎる」


 人が急に流暢りゅうちょうに話し出す時は、大抵、やましい事がある時だ。


「本音は?」


「顔を赤くして、リノに言葉攻めをする兄さんの可愛い反応が見たかったのと、言葉攻めをされて、恥ずかしがるリノのエロい顔が見たかったです」


 ――コイツ……もう、ダメかも知れない。


「まぁ、正直に言ったから良し」


「やったぜ! 兄さん……あたし、兄さんのそういうところ大好きだ!」


 ――はいはい。


(なんだ……いじって欲しいって、そういうことか)


 期待してしまった自分がバカみたいだ――いや、雛子がいる時点で察してはいた。

 さて、問題は莉乃をどう説得するかだが――


 ビクビクと怯えながら、我慢している莉乃。

 彼女を見ると、真面目に付き合った方がいい気がしてきた。


 ――折角、覚悟を決めたようだしな。


「大きい」


「はい」


「綺麗だ」


「はい」


「柔らかかった」


「はひ!」


 うーん、こんなモノだろうか?――と思っていると、雛子のキックが飛んで来る。

 まぁ、痛くはないし、岩場で転ぶと危ない。受け止めておこう。


「それでも男ですか! 軟弱者!」


 それ、言いたかっただけだな――きっと。


「何の真似だ……後、危ないから止めなさい」


「あなたみたいな人、セブンなサイドに一人で残っているといいんです!」


「はいはい……はしゃぐのはいいが、転ぶといけないから、手――つなごうな?」


「うん、分かった――兄さん」


 えっと――つまり、真面目にヤレという事だろう。

 やれやれ……。


「あー、ビーチバレー出来そうなくらい大きな胸だな」


「そ、そこまで大きくは……」


 莉乃はそう言って、自分の胸を持ち上げる。


 ――ぽよよん。


 十分過ぎる程大きいと思うが、それも二つ――いや、言わない方がいいだろう。

 俺が次の言葉を思案していると、


「うるせぇー、スイカみたいな胸しやがって!」


 と雛子――そんな不良みたいな口の利き方お止めなさい。

 ジャンプすると雛子はペチンッと莉乃の胸を叩いた。


「ちょっ、ヒナコちゃん、叩かないでくれますか⁉ それにスイカじゃありません!」


 何をやっているのやら――いや、ここは乗っかっておこう。


「そうだな……メロンだな」


「こ、高級感があるという事でしょうか?」


 ――ポジティブだな。


 いや、俺が言ったからか? 確かに、言われる相手にもよるか……。


「メロンの網目は、傷が出来た後の修復したあとなんだぞ!」


「ちょっと、ヒナコちゃん! 黙ってて貰えますか?」


「手伝ってやってるだけだろうが! 兄さんも、もっと口汚くののしってやれ!」


 雛子はそう言って、フンッとそっぽを向いた。

 完全に役に入っている様子だ。付き合うのも、ここまでだな――


「えっと、莉乃は十分に魅力的な女の子だよ。俺はその……アニメオタクでリアルな女の子には興味ないけど、莉乃はどんな女の子よりも可愛いと思う……だから、自分を大切にして欲しい」


「ユーキくん♥」


「莉乃……」


「――って、想像していた展開と違うぞ! 兄さん! リノ! おーい……ダメだ……聞こえていない」

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