第31話 何だか苦しそうです。


「ゴメン……ちょっと、俺も休憩」


 その場にうつ伏せになる。


「ぐ、具合が悪いのですか?」


 莉乃が心配そうに尋ねた。


「いや、むしろ健康そのモノ――というか元気だからこうなったというか……」


 最近、走っているので体力がついた。それに加えて、腕立て伏せ、腹筋、背筋スクワットを三セット――これを朝昼晩とやっている。


 学校の昼休みにやっていると、植田と梅田の二人から――夜のお仕事頑張って――と言われたのだが……。


 ――こういう事だったのか……完全に誤算だ。


 単純に体力をつけたかっただけなのだが、体力がついたお陰で、どうにも収まる気配がない。


「せ、せめて、ビーチベッドの方に移動しては――」


「いや、今は動けそうにない――それは莉乃が使ってくれ……」


「はわわわわっ! どうしましょう……ヒナコちゃん⁉」


 俺が苦しそうにしていると思ったのか、慌てた莉乃が雛子に助けを求める。

 雛子は首だけを動かし、


「フフフ――どうやら、兄さんのプログレッシブ的なナイフが収納出来なくなったようだ」


「何だか苦しそうです。さすったりした方がいいのでしょうか?」


「それはいいな……あたしも興味がある!――おい、兄さん、あの岩場に行こう。連れて行け!」


 と横になりながら、雛子は嬉々として岩場を指差す。


 ――くっ、後で覚えていろ。


「莉乃……心配しなくていい。取り敢えず、姉さん達が来るまで待とう」


「そうですか……あ、何か買って来た方が――」


「い、いいからここに居てくれ!」


 おっと、思わず強く言ってしまった。

 いくら家族連れが多い海水浴場でも、変なのも一定数いるだろう。


 莉乃みたいなのを一人でフラフラ歩かせる訳にはいかない。


「大丈夫ですよ。ユーキくんのお陰で男の人も――少しは大丈夫になりました」


 莉乃は――任せてください――と胸を張る。

 そういう意味で言った訳ではない。


 大きな胸がたぷたぷと揺れた――これは絶対、ナンパや盗撮にうな。


「単に兄さん以外の男に興味がないだけだろう……」


「ヒ、ヒナコちゃん⁉」


 ボソっとつぶやく雛子に、莉乃が慌てて反応する。

 一方で――仕方が無い――と俺も覚悟を決めた。


「莉乃……」


「は、はい」


「莉乃の水着姿を他の男に見せたくない」


 ――嘘ではない。


 嘘ではないが――こんな台詞を使う日が来るとは……。


 ――恥ずかしい。


 だが、そのお陰で頭に血が上り、大分だいぶ治まってきた。


「莉乃は可愛い。凄く可愛い――だから、自覚を持ってくれ……少なくとも今は、俺の目の届く場所に居ろ!」


「は、はひ! わ、分かりました」


 莉乃は慌ててパーカーを羽織ると、同時に顔を真っ赤にして、その場にうずくまった。


「兄さん――暑いのに、これ以上暑くしないでくれ」


 雛子は口の端を吊り上げて、ニヤリと笑った。



 ▼    ▽    ▼



「雛子水鳥拳――ウゥ〜シャウッ!」


 ――パシャパシャ。


 弾いた海水が空中で煌めく。


「きゃ、冷たい……やりましたね。ヒナコちゃん――しかし、その技は足場の悪いここでは、真価を発揮しませんよ! えいっ」


 ――バシャッ。


 莉乃は両手で海水をすくうように掛ける。


「何を――っ、リノのクセに生意気だぞ! 雛子御剣流――土竜閃」


「きゃ、よくも……でもその技では、攻撃力が足りませんよ! えいっ、えいっ」


 ――バシャッ、バシャッ。


 キャッキャッ――と海で水を掛け合う二人。

 何か俺の知っている海の遊びと違うが……まぁいい。


 ――というか雛子……お前の使う技は莉乃の水着が破れそうだから止めてくれ。


「兄さん――疲れた」


 ――早いな!


 体力無さ過ぎだろう……サメの浮き輪の上に乗せてやる。

 今日は風が弱く、波は穏やかなようだ。


 家族で来ている客が多いようで、子供の姿が目立つ。

 波も高くないため、どうやら大人はビーチでゴロゴロしているようだ。


 俺達の荷物は、合流した姉さん達に見て貰っている。


 そんな二人の様子が気になり、一度ビーチへ視線を戻すと向こうも気が付いたのか、手を振って来た。こちらも手を振り返しておいた。


「い、息をするのもめんどくせぇ」


 とは雛子。現状、息も絶え絶えといった感じだ。

 この夏の間に、もう少し体力をつけさせよう。


「莉乃の方は大丈夫か?」


 雛子と一緒にするのは失礼だが、一応、聞いておく。

 まぁ、北海道育ちだし、俺よりもアウトドアに強そうだ。


 聞いた話だと、海に山、川に畑――そして、雪も大丈夫のようだ。

 俺ももう少し頑張らなければならない。


「はい、問題ありませんよ」


 と莉乃。両手をグッと握り締め、笑顔でガッツポーズをする。


 ――ぷるん。


 揺れる大きな胸――くそっ、エロ可愛いな。


「そうか……なら、混んできた事だし、もう少し深いところに行ってみるか?」


 雛子の足が付く場所で――と考えていたが、浮き輪があるのなら、もう少し深い場所でも問題ないだろう。


「わたしは構いませんよ。ヒナコちゃんは大丈夫ですか?」


「あたしには兄さんがいる――泳げなくても問題ない」


 そう言って、目をらした雛子に、


「泳げないんですね……」


 莉乃は――仕方がありませんね――と苦笑した。

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