処方3.用法用量を守って妹キャラをお使いください。

第29話 誘拐してもいいですか?


「か……」


「め?」


「は……違います。可愛いです!」


 ヒナコちゃんにも困ったモノですね。

 わたしの事を何だと思っているのでしょうか?


 おっと、今はそれどころではありません。

 中学校の制服に着替えたヒナコちゃん。


 あまりの可愛らしさに、我を忘れるところでした。

 こ、これはユーキくんでなくても心配になるでしょう。


「ゆ、ゆ、ゆ、誘拐してもいいですか?」


「お前がするのか? 落ち着け――リノ」


 はうっ、ヒナコちゃんにさとされてしまいました。

 これでは頼れるお姉さん失格です。


 ここは式衛宅の玄関前。いつもより、早めの登校です。

 それというのも――


「で、ですが――ヒナコちゃんの制服姿を見る事が出来る日が来るとは……」


 ヒナコちゃんも一緒に登校する日なのです!

 一人では危険なので、きちんと送り迎えしてあげなければいけません。


「お前はどの立ち位置なんだ? 娘の花嫁姿を見た父親か?」


 まったく――とヒナコちゃんが溜息を吐きました。

 はて? 可愛い妹の心配をする優しいお姉ちゃんの立ち位置ですが?


「そもそも、あたしは気が向いた時は学校に行っていた。最近、兄さんがリノに掛かり切りだったから、行かなかっただけだ」


「はわわわわっ――わ、わたしの所為でヒナコちゃんがニートに……略してヒナニートに――」


「おいっ」


 とヒナコちゃん。ヒキニートみたく言うな――と怒られてしまいました。


「だいたい、あたしはまだ中学生だ。やり直しはいくらでも利く……聖女として異世界に召喚されるとか、悪役令嬢に転生するとか、異世界の魔王に花嫁として選ばれるとか――」


 それはダメです。完全に現世の未練を断ち切り、人生を終わらせる気です。


「じょ、冗談だ。そんな顔をするな――今はパソコンがあればリモートで授業が受けられるし、アプリで勉強も出来る――って何故、頭をでる⁉」


「ヒナコちゃんは偉いなぁ――と思いまして」


 止めろ――とヒナコちゃん。手を払われてしまいました。

 ユーキくんみたいに上手くは行きませんね。


「ま、リノには礼を言っておく――ありがとう」


 はて? 特に何かした記憶はありませんが――


「どういたしまして」


 と答えておきましょう。それと、


「頑張ったのはヒナコちゃんですよ」


 手を握ります。これくらいならいいでしょう。


切欠きっかけをくれたのはお前だ……兄さんも変わった」


「ユーキくんが?」


 大変に興味があります。詳しく教えて欲しいモノです。


 その思いが伝わったのか、ヒナコちゃんが少し嫌そうな顔をしつつ、答えてくれました。


「リノが来てから、玉子焼きが甘くなったし、カレーの野菜が大きくなった」


 はい、わたしの好きな甘い玉子焼きに、野菜ゴロゴロのカレーですね。


 カレーについては、辛いのが苦手と言ったら、ユーキくんはジャガイモの代わりにサツマイモを入れてくれましたね。甘くてホクホクです。


 この間の夏野菜カレーも美味でした。辛いカレーは苦手ですが、食欲が無かったので、スパイシーに作ってくれたヤツです。


 ターメリックライスだったので、多少辛くても、美味しく食べる事ができました。

 普段、食べる機会が無いので、わたしにとっては新発見です。


「以前はメールだったのに、今はメッセージアプリを使うようになった」


 はい、ちょっとした連絡なら、この方が便利で経済的です。

 ユーキくんは心配性ですからね。こまめに連絡してあげる必要があります。


 ――世話が焼けるので、わたしがしっかりしないといけませんね!


「全部、リノが大食いで、そそっかしい所為せいだな」


 あれ? お礼を言われていた筈では……いつの間にかダメ出しされてしまいました。それにわたし、大食いではありません。


「まったく、本当にしょうがないヒナコちゃんですね」


「リノ――あたしのことはお姉ちゃんと呼ぶがいい」


「へ?」


「お姉ちゃんに任せなさい!」


「そ、それはあんまりです。ヒナコちゃん!」


 ――バタン。


「おいおい、二人だけで随分ずいぶんと楽しそうだな……」


 ――ガチャ。


 戸締りをして、お弁当を用意してくれたユーキくんが出てきました。

 突然、学校に行っても、ヒナコちゃんには給食がありません。


 きっと、今日はヒナコちゃんの好きな肉尽くしのお弁当なのでしょう。

 その所為せいでいつもより、時間が掛かったようです。


「遅いぞ、兄さん!」


 とヒナコちゃん。本当は――ありがとう――と言いたいのに素直じゃありませんね。でも、ユーキくんなら、ちゃんと分かってくれてますよ。


「悪い――」


 ユーキくんは謝ると、わたしにお弁当を渡し、ヒナコちゃんの通学リュックにも、お弁当を仕舞いました。そして、ヒナコちゃんと手をつなぎます。


 うらやましいですが、今日はゆずるとしましょう。


「何をしている」


 ヒナコちゃんが、空いているもう一方の手をわたしに差し出してくれます。

 これは――握ってもいい――ということですね。


 わたしは急いでお弁当を仕舞うと、


「はい、一緒に行きましょう!」


 ヒナコちゃんと手をつなぎます。


「ふんっ」


 照れているのでしょうか? やっぱり、ヒナコちゃんは優しいです。


 ――さぁ、梅雨も終わり、今日から本格的な夏が始まりました。

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