第24話 協力してくれるって言っただろう


 俺の名前は『式衛しきもり勇希ゆうき』――水着はまだ、買えていない。


 ――というか、何故なぜっ、増えている⁉


「これなんて、リノに似合うんじゃない?」


「えー、ちょっと派手じゃないですか……そ、それとも、ユーキくんはこういう大人っぽい方が好きなのでしょうか?」


「あはは、ボクは式衛の趣味、知らないけどね……まぁ、リノが着ていれば、何でも可愛いって言いそうだよね」


「は、はう~、嬉しいような、恥ずかしいような――」


 莉乃と真夏がそんなことを話している。

 何だろう? ――早く離脱したい。その一方で、


「兄さん、あの大きい浮き輪が欲しい」


 と雛子。サメの浮き輪だ。

 他にもワニやらシャチなど、獰猛どうもうそうなのがそろっている。


 確かに、雛子なら乗っていても問題ないだろうが――


「冷静になれ、雛子。お前は海やプールに何度も行くのか?」


「行かない。行く訳がない……」


「それにアレをふくらませるのは誰だ? 洗って干すのは誰だ?」


「兄さんだ。兄さんしかいない……」


「他に欲しいモノがあるんじゃないのか? お前は本当に、アレが欲しいのか?」


「兄さん、あたしはどうかしていたようだ」


「そうだな――ああいのうは、レンタルすればいい」


「分かった……兄さん――バイバイ、サメジマ」


 サメジマ(?)とはここで別れた。


「ちょっと、式衛! どれが似合うと思う?」


 真夏が莉乃の身体に水着を交互に当てて見せてくる。

 そういうの――想像してしまうから止めて欲しい。


「まぁ、待て……折角だから、雛子とお揃いにする――というはどうだ?」


 今の俺に、あまり時間を掛けて選ぶ余裕はない。

 二人には悪いが、一回で済ませてしまおう。


 しかし、雛子は途端とたんに嫌そうな顔をする。


「格差社会……これが、格差社会というヤツか……」


 ざわ……ざわ……ざわ……。

 ざわ……ざわ……ざわ……。


 胸の大きさの話だろうか?

 莉乃の場合は規格外だから、気にする必要はないと思う。


 だから、その貧乏人は二度といが上がれない――みたいな顔を止めて欲しい。


「分かった……まずは雛子の水着を先に選ぼう。確か赤――鮮血のような深紅の水着があったな」


「うむ、それにしよう」


 見てもいないのに決めていいのか? まぁ、莉乃も反対しないし……いいだろう。

 目立つ色の水着を着せておけば、迷子になっても直ぐに見付かるはずだ。


 ――雛子は賢いけど、素直だな。


「あ、あのっ! ユ、ユーキくん……わたしは――」


 と莉乃。俺はあごに手を当て、莉乃が持っている水着を確認する。


「白い水着がいいと思うよ。莉乃の純真なイメージにピッタリだ」


「はい! 早速、試着します!」


 あまり際どいのを着られるよりは、無難な感じの方がいいだろう。

 勿論、莉乃なら全部似合うに決まっている。


 ふー、これで水着の問題は片付い――


「ねぇ、ボクは?」


 ――て無かった。


「えっと、何で俺がお前の水着を選ばないといけないんだ?」


 真夏に問う。


「協力してくれるって言っただろう……キミ、あの後、皆にバレたけど、ボクが約束を破った訳じゃないから協力する――って言ってくれたよね」


 いや、確かに言ったが――こういう意味ではない。


 部室で二人っきりにするとか、学園祭で当番を代わるとか、さり気無く先輩の好みをくとか――そういう意味だ。


 決して『水着を選ぶ』という意味で言った訳ではない。


「こういうのは男性の意見も大事だよね」


 まぁ、言っていることは間違っていないし、本人が気にしないのであれば、俺がかたくなに否定するのも可笑しな話だ。


「分かった――えっと、俺のイメージだと……真夏はこの青い水着が似合うと思う」


 青と紺のコントラストが効いたデザインの水着を選ぶ。


「それって、ボクが真夏だから、夏のイメージってこと?」


「いや、歌っている時の真夏はカッコイイからな――」


 と俺は否定する。


「お前の声は、突き抜ける夏の青空のような爽快さを感じる。だが時として、聞いていて息苦しくもなる。あれは包み込むような深い海を感じさせる――でも、何処か優しい……そんなイメージだ」


「……」


「えっと、真夏?」


「……」


「真夏さん?」


 あまりにも反応が無かったため、思わず『さん』付けをしてしまった。


「ああ、ゴメン」


 と真夏。続けて、


「そんな風に言われたのは初めてだったから、少し驚いた――いや、感動した!」


 そう言って、俺の手を握ると、


「ねぇ……今度、ボクのために歌詞を書いてみない?」


 笑顔でそう言われると、悪い気はしないが――話が飛躍し過ぎだ。


「いい曲があったらな――それより、水着はどうするんだ? 正直、ここに居るのも限界なんだが……」


「うん、これにするよ。うんん、これがいい! 着替えるから、待っていてくれ!」


 真夏は試着室に向かった。


「だから――俺はもう限界だと……」


 まぁ、莉乃と雛子に水着の感想を言わなければならない。

 ついでと思うことにしよう――って無理だろう!


 同年代の女子に水着の感想を言うとか……どんな罰ゲームだ。


 ――今日、今日だけ頑張るんだ!

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