第23話 無理しなくていいですよ


「選ぶのが大変ですね――もう少し待っていて……はひ? ヒナコちゃん、泣いているのですか!」


 莉乃は手に取って選んでいた水着を戻すと、雛子の前で屈み、視線を合わせた。


「な、泣いてなど――強者など何処にもいない。人類すべてが弱者なんだ!」


 と意味の分からない強がりを言う雛子。だが、左目から涙が零れ落ちる。

 俺と莉乃は一度、視線を交わす。


 ――頼んでいいか?


 ――はい、任せてください。


 そして、莉乃は雛子を抱き締めた。

 きっとそれは、雛子が忘れていた感情だろう。


 誰しもが持っているモノだと、俺は思っている。

 誰かの事を思って行動する事――莉乃が雛子の事を思って行動した結果だ。


 その誰かは、大切に思われる事で――また、他の誰かにその思いを伝えて行く。


 雛子と距離の近い俺では、きっと当たり前の事過ぎて、伝えられなかった人間らしい感情だ。


 ――ユーキくんと一緒だと、遣りたい事と出来る事が、どんどん増えて行きますね。


 以前、言われた莉乃の言葉を思い出す。

 どうやら、それは俺の台詞でもあるようだ。


 ――莉乃と一緒だと、遣りたい事と出来る事が、どんどん増えて行く。


 ただ……どうして、ここ――女性用の水着コーナー――でそれに気が付いたのだろう。少々複雑な心境だ。俺はどうにも――間が悪い。



 ▼    ▽    ▼



 結局、休憩する運びとなった。

 別に本気で泣いていた訳では無いので、雛子は最初から落ち着いていた。


 ただ、感情が呼び起こされ、涙が零れただけだ。

 むしろ、落ち着きが無いのは莉乃の方か……。


「新しい精神コマンドは何を覚えたんだ?」


 俺がくと、


うるさい……」


 と雛子が答える。普段、冷静なキャラを装っている分、人前で泣いたのが恥ずかしかったのだろう。俺としては、その普段の可笑しな言動をつつしんで欲しいところだ。


「ヒナコちゃん、無理しなくていいですよ。そうだ、帰ったらオムライスを作ってあげます!」


 莉乃はバイト以来、オムライスを作ることにまったようだ。

 余程、美味しかったのだろう。


 お陰で、最近はオムライスばかり食べている気がする。


「もう飽きた……」


 雛子の素直な回答に、しゅんとする莉乃。そこへ――


「あ、式衛とリノだ。奇遇だね――あ、妹さんも居る」


 と聞き覚えのある声。


「あ、マユちゃん」「ヤッホー、リノ」


 莉乃に対して、笑顔で手を振って近づいてくる。


 いつの間に仲良くなったのやら――女性はコミュ力が高い――いや、クラスメイトなら普通なのか……。当然、俺の反応は、


「げっ――真夏……」


「キミ、本当に失礼だよね。ボクのこと嫌いなの?」


「別に嫌っている訳では無い――いつも変な所で会うから、こういう反応になってしまうんだ」


 俺は正直に答える。それはこっちの台詞だよ――と真夏。

 腰に手を当て、不機嫌な態度を取るも、直ぐに興味は俺ではなく、雛子へと移る。


 気配を感じたのか――雛子はおびえ、席を立つと俺の後ろに隠れた。


「あはは、可愛い――でも、嫌われちゃったかな?」


「いや、人見知りなだけだ……雛子、この人は俺と莉乃のクラスメイトで『真夏まなつ真由まゆ』さん――一度、会ったことがあるだろ。挨拶をしろ」


 そう言って、雛子をうながした。


「ふん、『秋瀬あきせ雛子ひなこ』だ――どうやら同じリアル系らしいな」


 リアル系? 真夏は首を傾げる。


 雛子の視線から、どうやら胸の大きさで判断している事がうかがえるが、説明する必要はないだろう。


 実際、当人に気にした様子は無く、


「わぁー、綺麗……お人形さんみたいだね――ボクは『真夏真由』、よろしね☆」


 と喜んでいる。

 しかし、不意に動きを止めたかと思うと、急に俺に顔を近づけ耳打ちした。


「ちょ、ちょっと……苗字が違うんですけど――」


 打って変わって、何とも気不味そうな表情になる。

 さて、どうしたモノか――説明するのも面倒だが……。


「ふん、苗字が違っても、兄さんはあたしの兄さんだ」


 と雛子。真夏は何かを察した様子で、


「そ、そうだよね……雛子ちゃん。優しくてカッコイイお兄さんだよね――うん、仲が良くてうらやましいよ」


 そう言って取りつくろった。当然だ――と雛子。

 どうやら俺がめられた事が嬉しいらしい。


 俺としては、家族で買い物をしている所をクラスメイトに見付かってしまい、恥ずかしいのだが――


「で、何の用だ?」


 これ以上、詮索せんさくされても面倒だ。

 用件をさっさと聞いて別れよう――すると、


「え、水着を見に来たんだけど……」


 と返す。あー、想像した? 式衛のエッチ――と要らない台詞付きだ。


「奇遇ですね。わたし達もです!」


 とは莉乃。コミュ力が高いのはいいが、後先考えて発言して欲しい。

 真夏は、へぇーと納得したかと思うと、


「じゃ、ボクの水着も選んで貰おうかな?」


 などと言い出した。


 ――何故そうなる?

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