第22話 男性の役目です!


「俺はそっちで休んでいるよ」


「兄さん――あたしを見捨てるというのか……」


 休憩用の椅子を指差した俺に、雛子は恨めしそうに言う。

 やれやれ、今日は随分ずいぶんとご機嫌斜めだな。


 ――我が愛妹よ、安らかに眠れ……。


「もう、何でそんなに嫌なんですか?」


 莉乃の問いに、


「バカか? 水着を買ったら、次は海かプールに連れて行かれるに決まっているだろうが!」


 と返す。続けて、


「あたしは引きもる――あたしには、この生き方しか出来ない……」


 雛子よ――それでは唯のニートになってしまうぞ。


「ユーキくんも来てください……か、彼女と妹の水着を選ぶのが、男性の役目です!」


 やれやれ、今度は莉乃だ。そういうモノなのか……。

 初めて聞いた――というか、恥ずかしいので大声で言わないで欲しい。


 家族連れのお客さんがこちらを見ている。ほら、子供に指を差された。

 最初は水着が欲しいと言うので――いや、俺に下心があった事は否定しない。


 莉乃の水着姿を見たかったので、連れて来たのだが……。

 また、あの時と同様の作戦にめられるとは――


(俺もつくづく甘いな……)


「バ、バカな――パワーでこのあたしが負けている。あたしの機体性能では、リノに勝てないというのか⁉」


「人を機械みたいに言わないでください! 三つの心が一つになれば百万パワーです!」


「やはり、リアル系ではスーパー系に勝てないのか……」


「それは精神コマンド次第です。ヒナコちゃんの精神コマンドでは『集中』と『ひらめき』はあっても、『必中』と『熱血』がありません!」


「くっ……リノだって、『愛』とか持っていても使わないだろうが……」


「今日のわたしは既に『気合』を二回使っています!」


「必殺技でも出す気か――」


「ヒナコちゃんこそ、マップ兵器を使っているじゃないですか――」


 そろそろ止めさせよう。周囲の視線が痛い。

 この戦いに何の意味がある……? 俺への被害も大きい。


 ――俺なりの騎士道、貫かせてもらう!


「はい、そこまでだ」


 俺は二人の間に割って入る。


「莉乃……悪いが雛子に無理をさせないでやってくれ」


「はい……」


 しゅんとする莉乃に対し、フンッと勝ち誇る雛子。


「感情のままに行動するのは、正しい人間の生き方だ」


 とドヤ顔まで決める始末。まったく困ったモノだ……。

 だが俺は――敢えて悪魔となろう。


「雛子、良く聞け――これから買うのは、海での専用装備だ」


「なっ!」


「独自の装備換装機構――それを使う時が来た」


「なるほど、そうだったのか――リノ、すまない……あたしが間違っていた。運動性を高め、汎用性の高い戦闘を行うための装備――確かに今のあたしには必要だ」


 雛子は自分のあやまちを認め、莉乃に頭を下げる。


「何と戦う気なのか知りませんし、色々と間違っている気がしますが……分かってくれたのなら嬉しいです」


 と莉乃。どうやら仲直り出来たようだ。

 地上に居る者には、地球の真の美しさは理解出来ない――


 しかし、まだ何も買っていないどころか、見てすらいない。

 それなのに酷く疲れたのは、俺だけだろうか?



 ▼    ▽    ▼



 正直、莉乃に合うサイズがあればいいが――そもそも、女性の水着など詳しくない。まぁ、今日急いで買う必要も無いか……。


「可愛いのがあるといいのですが……」


 と莉乃。通販という手もあるが――どの道、莉乃が探しているモノは早めに買わないと無くなりそうだな。


「兄さん、ストライカーなユニットはあるかな?」


 ――無いよ。


 あったとしても、水着の特設会場には無いだろう。

 やる気になったのはいいが――いったい、雛子は何と戦う気なのやら……。


「後で『おもちゃ売り場』、見に行こうな」「うむ」


 雛子の頭を撫でる。今回は百貨店なので、家族連れも多い。

 前回のランジェリーショップよりは難易度が低いので気が楽だ。


 ――いや、それでいいのか……俺?


 何だが、慣らされて行っているような気もする。


「気が変わるとイケない……先に雛子のモノを選ぼう」


 俺の提案に莉乃も頷く。着せ替えタイムの始まりだ。

 雛子にはビキニよりも、ワンピースの方がいいだろうか?


 あまり試着させても嫌がりそうなので、莉乃と相談し、三着に絞ることにした。


 雛子は肌の色が白いから、淡い色合いよりも、モノトーンや柄の入ったモノの方がいいかも知れない。


 また、迷子になるとイケないので、目立つように大きなリボンも頭につけよう。


 ――そんなことを相談する。


「雛子はどんなのがいいんだ――って、何だ……その顔は⁉」


「へ? いや――何でもない!」


 ボーっとしていたようだが……。


 まぁ、雛子の親は基本的に彼女を放置している。

 こういう風に買い物をしに来たことがないのだろう。


 俺も雛子の両親と直接会ったことはほとんどない。

 会ったとしても、事務的な会話のみだ。


「はうー、ヒナコちゃんは可愛いので、どれも似合いそうです!」


 そんな事を言って、自分の水着を選ばずに、他人である雛子の水着を楽しそうに選ぶ莉乃。果たして、雛子には彼女がどう映っていたのだろうか?


 ――いや、考えるまでもないか……。

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