症例3.気が付くと付き合うことになっていた!

第20話 似合うでしょうか?


 カフェ『アルカンジュ』には――その名が示す通り、一人の天使が降臨していた。


「あ、あの……似合うでしょうか?」


 専用にカスタマイズされたメイド服に着替え、恥じらう仕草の莉乃――尊い。


 スタイリッシュな喫茶店でも時折、メイド服をアレンジしたあざとい制服はあるが、今、莉乃が着ている制服からは、この店の雰囲気にマッチした洗練さと上品さを感じる。


 ――しかし、その胸の大きさだけは、どうしようも無かったようだ。


 強調される形状になっているため、どうしても視線が誘導されてしまうが――致し方ない。変な客が増えないことを祈るばかりだ。


「白雪さん――俺、明日から毎日ここに通います……」


「ダメよ、勇希くん――キミ、バイトでしょ……うふふ」


「そうでした」


「通うのは私よ……後はよろしくね」


「何言ってるんですか、白雪さん――貴女、店長ですよ」


「あらあら、そうだったわね」


 今、俺と話をしている、この掴み所がないフワフワした感じの女性は店長の『ひいらぎ白雪しらゆき』さん。


 姉さんの知り合いで、その伝手つてでバイトをさせて貰っている。


 柔らかい物腰の癒し系のお姉さんだが、同時に何処どこかあどけなさを残し、ついそばに居て守りたいと思ってしまうタイプだ。


 色白で人形のように可愛らしいさまは雛子の持つ雰囲気に近いのかも知れない。

 だが、愛想が良く、女性らしい身体つきは、客商売向きだろう。


 実際に彼女目当ての客も多いようだ。


 もしかして――と思っていたが、莉乃の姉である『小鳥ことりちゃん』とも知り合いだったので、話が早くて助かった。


 莉乃はお試しも兼ねて、このゴールデンウィークの間、短期のアルバイトとして採用されることとなった。


「はわわわわっ! ふ、二人とも――そ、その反応は止めてください……」


「うふふ、可愛いわね……しかし、大きいの分かっていたけど、ここまで成長していたとは――『小鳥ちゃん』には、後でお礼をしなくちゃね♥」


 しっかりとカメラ片手に、この人は何を言っているのやら――


(おっと、俺もきちんと言わなくては……)


「莉乃、似合ってる――凄く可愛い……」


「ほ、本当ですか⁉ ユ、ユーキくんのウェイター姿も凄くカッコイイです!」


「そう? 白雪さんの手作りだからかな……」


 言われ慣れていないので、反応に困る。一方で、


「手作り?」


 莉乃は首を傾げた。


「そうなのっ!」「はひっ!」


 突然、声を上げた白雪さんに莉乃が驚く。

 白雪さんの趣味は裁縫で、特にメイド服を作ることが大好きだ。


 ――私は趣味でメイド服を作っている者よ。


 と明言する程だ。自らもメイド服を着て、また他人にも着せる。

 それこそが至福なのだろう。


 私を讃える声や喝采なんて欲しくはないの――といったところか。


 多分、先程の発言から推測するに、莉乃が知らないだけで、ローカルアイドルだった頃の衣装も、いくつか作っているのかも知れない。


(今度、それとなく聞いておこう)


 しかし、改めて考えると、お爺さんの代からの常連客がいなければ、このお店もどうなっていた事か……。


「聞いて聞いて!」


 と白雪さん。やんわりとした物腰なので、莉乃も断り難いのだろう。

 怒涛どとうの勢いでメイド服の説明が始まってしまい、莉乃が困っている。


 ――彼女のメイド服は本気の趣味だ!


 参上! 必勝! メイド最強!! 彼女は止まらない。

 俺は適当な所で、白雪さんを莉乃から引き離した。

 

「落ち着いてください」


「あらあら、ゴメンなさい……うふふ」


「い、いえ……」


 莉乃が答える。

 しかし、この人は何でも『あらあら』とか『うふふ』で済ませてしまうな……。


「で、どうします? 少し早いけど、お店開けますか?」


 連休なので、常連さんが混んでいる時間帯を避け、いつもと違う時間に来るかも知れない。白雪さんは少し考えた後、


「そうねぇ……連休だから、いつもより早く来るかも知れないわ――悪いけれど、お願いしていいかしら……莉乃ちゃんには私から色々と説明しておくね」


 と両手を合わせ、顔の横に持ってくると微笑んだ。


「はい、よろしくお願いします!」


 莉乃はペコリと頭を下げる。気合も十分のようだ。

 俺は開店準備のため、店の外へと出た。



 ▼    ▽    ▼



 住宅街に近いカフェなので、壮年の客よりも高齢者が多い。お昼になると子供連れの主婦が多かったが、莉乃は上手く対応出来ている様子だった。


 普段から家の手伝いをしてくれているし、親戚が多いのか、子供の扱いにも慣れている様子だ。苦手な男性の客に対しては、俺が対応する。


「二人とも、そろそろ休憩していいわよ」


 と店長。いつの間にか、客足もパタリとんでいる。

 時計は二時を回っていた。通りでお腹が空く訳だ。


「ふー、お客さんが多くて驚きました」


 とは莉乃。俺は、


「連休前に駅前とスーパーの前で、チラシとコーヒーの割り引券を配ったからな……」


 と説明した。


「勇希くんの案なの……うふふ、助かったわ♥」


「いやいや、店長の絵が可愛かったからですよ。子供連れのお客が多かったじゃないですか」


「あらあら、ありがとう」


 白雪さんが微笑む。俺は莉乃を連れ、店の奥へと移動した。

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