第13話 一緒がいいです


 春野さんと少々気不味い雰囲気の中、朝食をとっていると、


「ふぁ~、おはよう……」


 と姉さんがリビングに現れる。


(今頃、起きてきたのか……)


 今日は平日、俺達は学校が休みだからいいが、姉さんはそうではない。

 フレックスタイム制とは実に羨ましい。


「おはようございます!」


 と春野さんが返したので、仕方なく俺も――おはよう――と言う。


「あらぁ~、二人とも眠そうね……ゆうべはお楽しみでしたね――ムフフ」


 理由を知っているのだろう。嫌らしい笑みを浮かべる姉。

 はひっ――春野さんが顔を真っ赤にして、うつむいたまま黙ってしまう。


 折角、落ち着いてきた所なのに蒸し返さないで欲しい。

 俺が姉さんに文句を言おうとすると――手で制された。


「お姉ちゃん、分かっているから……当てて上げるね」


 妙に自信満々に言う。悪い予感しかしない。


「昨日の夜は勇希がスタンドアップ! そして、莉乃ちゃんがライド――ドライブチェック! 一発逆転のオーバートリガーをした――そんな所よね?」


 新しいカードゲームの世界の話だろうか?

 勝手なイメージを押し付けないで欲しい。


「でも、大体合ってるでしょ?」


 ――ダメージチェック……トリガーなし。


 ぐぬぬ――言い返せない自分がいる。


「オーバードレスは何回発動できたの? 貴方たちに『夜の遊園地』は早かったかしら?」


 何故だろう?――姉さんが言うと卑猥ひわいに聞こえる。


「あれ? カードゲームをしてたんじゃないの? まさか……未来は歌と共に解き放たれちゃった――」


 このままでは姉のイメージの世界に侵食されてしまう。

 俺をリバースファイターにでもしたいのだろうか?


「何を言っているのか分からないけど、もう黙っていてくれない?」


「そうね、勇希を揶揄からかうのは楽しいけれど、莉乃ちゃんが限界みたい――どうやら、ヒールトリガーは発動しなかったみたいね……」


 こっちはオメガロックされた気分だ。打つ手がない。

 俺がにらむと、姉さんは――はいはい――とキッチンへ向かった。


 いや、それよりも――


「えっと、春野さん……大丈夫?」


 あまりにも反応が無かったので心配になる。俺が顔をのぞき込むと、


「はひっ! す、すみません……昨夜はどうかしていました」


「呼んだ?」


 と姉さん。キッチンから顔を出す。サクヤ違いである。

 だが、どうかしているのは確かだ。


「呼んでないよ……」


「大丈夫よ、すべてが――お姉様は此処に居るから」


「大丈夫じゃない! 心に温かさがあるのなら、もう少しそこで満ち続けてくれ……」


 取り敢えず、あしらっておく。完全に調子が狂った。

 でもだからこそ、俺から一歩踏み出さなければ、始まらないだろう。


 素朴で純粋な思いは、大事にしたいからこそ揺れ動くのだ。


 ――イメージしろ!


「あのっ、春野さん……今日は天気もいいし、散歩がてら――この辺を案内するよ」


 これだけのことを言うのに、何を緊張しているのだろうか――俺は?


「わ、わたしでいいんでしょうか?」


 と春野さん。何を言っているんだか……。


 ――そんなの、いいに決まっている。


「俺は春野さんだから――り、莉乃だから言っているんだけど……」


「……」


「…………」


「……………………」


 何だろう?――この沈黙。やがて、莉乃は言う。


「わたしも、ユーキくんと一緒がいいです♥」


 どうやら、イメージは俺を裏切らなかったようだ。

 春休みが永遠ならいいのに――そう思わずにはいられない。



 ▼    ▽    ▼



「ユーキくん、いよいよ学校ですね」


「そうだな――」


 緊張している莉乃に、俺は不愛想に答えたモノの、初めて見る彼女の制服姿に朝から興奮していた。


(うちの学校の制服って、こんなに可愛かったのか……)


 改めて気付く。


「あの……」


「どうした?」


「名前を――いえ、何でもありません……」


 彼女からしてみれば、慣れない場所で、苦手な男子達と一緒に過ごさなければならない最初の日だ。俺は初めて、自分の名前が勇希で良かったと思った。


 うつむき、顔を赤らめる彼女に対し、俺はをあげることにした。


「莉乃……」


 名前を呼ぶと、途端に彼女の表情が笑顔になる。


「はい、ユーキくん!」


 まるで花が咲いたようだ。


「莉乃」「ユーキくん」「莉乃」「ユーキくん」


「貴方達……仲が良いのは結構だけど、玄関で――いつまでそれ、やってるつもり?」


 いつから見ていたのだろう?

 姉さんの言葉で互いに冷静になり、顔を真っ赤にする俺達……。


「姉さん――こ、これは……」


 言い訳をしようとしたが、言葉が出て来ない。諦めて、


「行ってくるよ――」


 俺は莉乃の手を取った。


「はわわっ、ユ、ユーキくん……サ、サクヤさん、それでは行ってき――」


 ――ガチャッ。


 莉乃を手を引くと、逃げるように家を出た。

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