第12話 いい匂いがしますね


 ――ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!


 セットしていた目覚まし時計のアラームの音で目覚める。

 いつもの調子で手を伸ばし、アラームを止めると――


 ――むにゅん。


 同時に、顔に柔らかな圧迫感を感じた。


 温かく、嫌な感じではない――いや、むしろ、ずっとこうしていたい。

 目覚まし時計へと伸ばした手に、何かが触れた。小さくて細い――指だろか?


 寝起きである事も要因だが、寝不足のため、思考が働かない。

 だが、その指が触れたことで、意識は急速に覚醒かくせいした。


 ――『おっぱい』だ。


 どうやら身長差があるため、腕を伸ばすだけで目覚まし時計に手が届く俺に対し、ベッドから身を乗り出す必要がある春野さん。


 つまり、その差が俺の顔に――『おっぱい』が押し付けられる――という結果につながったようだ。


 ――って、冷静に分析している場合ではない。


 俺は驚き、離れようと体勢を崩す。

 だが、狭いベッドの上だ。そのまま、下に落ちた。


 しかし痛みよりも、今の俺には、顔に残ったその柔らかい感触の方が重要だった。

 ベッドの上では、春野さんがスヤスヤと寝息を立てていた。


(こんなことなら、慌てる必要は無かったな……)


 勿体もったいないことをした――いや、そうじゃない。

 意識の無い女の子にそういう行為をするのは、人として最低だろう……。


「完全ガードです……むにゃ」


「いや、全然ガード出来てないよ!」


 ――どんな寝言だ。思わず、突っ込んでしまった。


「はひ?」


 朝から混乱している俺に対し、ベッドの上で上半身を起こすと、春野さんは腕を伸ばし――んーっ――と唸った。


 パジャマの胸元のボタンを開けている事と、パジャマが着崩れているため、その大きな胸が無防備な状態でさらされている状態になっていた。


 ――そうか、寝る時はブラを着けないよな……うん。


 いや、納得している場合ではない。


「あれぇ? 何でユーキくんが……えへへ♥」


 寝不足の所為せいなのか、低血圧が理由なのかは分からないが――とろん、とした瞳で四つんいになり、俺に近づいてくる。


 ――たゆんたゆん。


 その姿は妖艶ようえんで、あまりにも無防備だったため、思わず彼女を抱き締めたい衝動しょうどうらてしまった。


 だが、ここで俺がそんな事をすれば、彼女の男性恐怖症が治らない可能性もある。


 彼女を『好きだ』と自覚してから、どういう訳か分からないが、よりいとおしく思えるようになった。


「春野さん、おはよう」


 彼女はちょこんとベッドの上に座ると、


「はひ、おはようございます……ふぁ~」


 可愛らしく欠伸あくびをする。

 流石に目のやり場に困るので、俺ははだけたパジャマを正す。


「ユーキくん……えへへ♥」


 何を勘違いしたのだろうか、春野さんは俺の首に手を回すと抱き着いてきた。


「きゅんきゅんライド……です」


 どうやら、寝惚けているようだ。


「まだ、寝ててもいいけど……どうする?」


 俺の質問に、


「…………」


 春野さんは少し考えた後、


「はひ、もう少し寝ます!」


 パタンと横になった。


「ここは――いい匂いがしますね……」


 と言って、俺の枕に顔をうずめた。


 ――正直、勘弁して欲しい……。


 これ以上、彼女を見ていると俺の理性がリミットブレイクし兼ねない。


「じゃ、朝食の準備が出来たら起こすよ」


 そう言って着替えを持ち、俺は部屋を出る。

 静まり返った廊下。姉さんはまだ寝ているようだ。

 雛子も毎日が日曜日なので、朝は遅い。


 俺は顔を洗い、着替えを済ませると、キッチンへ向かいエプロンを身に着ける。

 姉さんは朝食をあまり食べない。最近はサラダとヨーグルトだけでいいようだ。


 春野さんは好き嫌いが無いようだし、今日はパンで簡単に済ませよう。

 野菜スープとプレーンオムレツを作る。


(同じ材料でサンドイッチを作って、後で雛子へ持って行ってやろう……)


 ――チーン。


 オーブントースターでパンが焼ける。一応、両親の写真の前にもおそなえする。

 手を合わせていると――二階の俺の部屋から春野さんの悲鳴が聞こえた。


(どうやら、起きたようだな……)


 短いと思っていた春休みが、更に慌ただしいモノへと変わってゆく――

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