第11話 こんなに好きになるなんて


 ――一緒に寝てください.


 春野さんは、確かにそう言った。

 はっきり言って、頭がどうにかなりそうだ。


 でも彼女は――俺が考えているような意味で言った訳ではない。


 この手口を考えたのは、恐らく雛子だろう。

 いいように遊ばれてしまったようだ。


 残念だと思う反面、安堵する自分もいて――俺は困った表情かおをした。


 ――そして、時は動き出す。


「ダ、ダメですか?」


 不安そうに、彼女が聞いてくる。


(そりゃ、ダメに決まっている……)


 やんわりと断る方法を考えていると、


「あ、あの――わたし、凄くすっごーく恥ずかしいので……断られてしまうと、し、死んでしまいます!」


 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなモノでは断じてない。


 恥ずかしさで死ぬことはないと思うが、いったい誰に何を吹き込まれたのやら……。


 枕をぎゅっと抱き締め、その場にうずくまる春野さんはうつむいたまま、すがる様に俺のパジャマの裾を掴んでいた。


 昼間の下着事件といい、先刻のお風呂事件といい――何を考えているのか、さっぱり分からない。


 正直、何か途轍とてつもなく恐ろしいモノの片鱗を味わっている気分だ。


 ここで選択肢を間違うと、取り返しのつかない事になりそうな気がする。


「莉乃が死んでしまったら、俺も生きていく自信が無いよ……」



 ▼    ▽    ▼



 ――という訳で今に至る。


「はわわ~、ふ、不思議な感覚です。ユーキくんの顔がこんなに近いなんて……」


 何だか、凄く嬉しそうだ。

 俺も嬉しい――いや、違う――いや、違わないか……。


 ただ、彼女の顔を見ていると、先程までの激しい劣情は嘘のように消え――ずっと、このままでいいか――と思えてしまう。


 しかし、同時に恥ずかしく、それ以上に言葉が続かなくなる。

 俺は電気を消すことにした。


 再び暗い中でも向かい合い、横になっていたのだが、柔らかいモノが俺の身体に当たる。


 ふよん――とした素晴らしい感触だ。

 だが同時に、それが原因で俺のモノも元気になってしまう。


 生命エネルギーが作り出しているパワーあるヴィジョン。

 やはり、同じベッドというだけでも問題なのに危険過ぎる。


「莉乃を見ていると、ドキドキして眠れそうにないや――」


 流石に今回は春野さんも同意見だったのか、俺の言葉に同意し、互いに背を向けて寝ることに頷いてくれた。


 しかし、また名前で呼んでしまった。彼女の前だと調子が狂う。


 よし、一旦落ち着こう。別の事を考えるんだ。

 そう……例えば――どうして女の子っていい匂いがするのだろう。


 確か科学的に解明されていた筈だ。女性には若い頃特有の甘いニオイがあって、それを売りにしたボディソープもある。


 いや、そんな蘊蓄うんちく――今はどうでもいい……。

 というか――全然、別のことを考えられていない!


(寝ることに集中しよう。集中だ……集中――)


 互いの重みでマットが沈み傾くため、自然と身体が近づく。

 それを避けるため、少しでも動くとベッドが軋み音を立てる。

 その度に、心臓の鼓動が高鳴った。


 背中が触れる度、伝わる彼女の体温ぬくもり

 男である自分の方が体温が高い――いや、熱いくらいだ。

 彼女は嫌では無いのだろうか?


 そんな心配をする度、手や額に汗をく。

 女の子相手に緊張とは俺らしくない――そうだ……これは俺らしくない。


「春野さん、起きてる?」


 俺は振り向かず、声を掛けた。すると、


「はひっ!」


 思ったよりも大きな声で彼女は返事をする。緊張しているのか、少し裏返っているようだ。つい、肩を震わせ笑ってしまった。


 酷いです――と春野さんは言ったが、俺と同じように肩を震わせ笑い出す。


「一緒に行きたい場所が……沢山あるんだ――」


 キミに見せたい景色がある。

 キミが喜びそうなお店を知っている。

 キミと同じモノを感じたい。


 それは凄く、素敵な事だ。


「だから、付き合って貰えると嬉しいんだけど……」


「はい、ユーキくんのアニメオタクが治るまで、わたしはお付き合いしますよ」


「ありがとう」


 どうにも、俺はアニメオタクを続けなればならないようだ。

 会ったばかりの他人を、女の子を、こんなに好きになるなんて――

 

 アニメオタクになることがこんなにも大変なことだったなんて!

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