症例2.気が付くと君の名前を呼んでいた!

第10話 今夜は一緒に……


 いったいどういう事なのか、誰か説明して欲しい――いや、分かっている。

 自分の『性欲』に負け、強く断れない俺が悪いのだ。


 あ……ありのまま今起こっていることを話そう。


 時間は夜の十一時を回ったくらいだろうか?

 既に明かりは消しているため、真っ暗な状況だ。


 だが、その所為で自分の心臓の鼓動と彼女の息遣いだけが、妙にハッキリと聞こえる。


 ――今、俺は春野さんと同じベッドの上で寝ていた。


 どうしてこうなったのか分からないと思うが、俺もどうしてこうなったのか分からない。


 始まりは約一時間ほど前にさかのぼる。



 ▼    ▽    ▼



 俺は休みの日だからといって、部屋でゴロゴロするタイプの人間ではない。


 むしろ、休みの日だからこそ、早寝早起きを心掛け、まとまった時間を有意義に使うべきだと考えている。


 それは普段から、だらしない姉やニート予備軍の雛子を見ていて学習したことだ。


 先刻は、俺の入浴中に春野さんが乱入してきて大変だった。

 つい『莉乃』と名前で呼んでしまったが、嫌がってはいないだろうか?


 ただでさえ、男性が苦手な彼女のことだ。

 嫌な思いをしていないか、つい心配になる。


 今日もランジェリーショップで彼氏の真似事をしてしまったばかりだ。

 馴れ馴れしい人ですね――と嫌われていなければいいのだが……。


(あれ……俺の日本語、可笑しくないか?)


 ――ダメだ。正常な判断が出来ていない気がする。


 そんな訳で、雛子にメールを入れて、確認しようとしたのだが――こんなことを寝る前に考えていると知られたら、何と言われるか……。


 下手をすると、春野さんに伝わってしまう可能性もある。

 それこそ――気持ち悪い人ですね――と幻滅されそうだ。


 ――ダメだ。やはり、今日の俺は可笑しい。ここは楽しいことを考えよう。


 今日は春野さんと一緒に買い物が出来たので、彼女の好みも分かった。

 収穫の多い一日と言える。バイトで給料が出たら、また連れて行ってあげよう。


 しかし、下着を選ぶのは流石に想定外だったな――


(本当は黒い下着の方が好みなのだが、雛子もいる手前、あまりエッチな感じのを選ぶ訳にも……)


 瑞々しく、肉感たっぷりの彼女。豊満な乳房が今に零れ出そうだ。

 北国特有の白い肌。その肢体に黒い色は良く映える。


 耳まで真っ赤にして恥ずかしそうな莉乃……。

 だけど、その表情はあどけなく、色っぽくて――


 ――いや、止めよう。寝る前に俺は何を想像しているのだろうか……。


 今日は色々あって疲れた――もう寝よう。

 そう思い、電気のスイッチに手を掛けた時だった。


 ――コンコン。


 ドアがノックされたので――はいっ――と躊躇ためらいなく開ける。

 我ながら、驚くほど素早い行動だ。


 因みに姉さんがドアをノックする筈ないので、春野さんであることは明白だった。


(こんな時間にどうしたのだろう?)


 そこには、ピンクのパジャマ姿の春野さんがいた。

 姉さんのパジャマを貸したため、少し大きいようだが、そこまでサイズに問題は無いようだ――胸以外は。


 ――前のボタンを開け過ぎだ。春野さん。


 どうしても、その柔らかそうな肌色の肉塊に視線を奪われそうになるが、俺は平静を装う。


 こんな時間に、態々わざわざ尋ねて来たのだ。何か理由があるのだろう。

 彼女は枕を抱き締め、頬を赤らめ、少し恥ずかしそうにしていた。


 本来なら可愛いと思うべきなのだろうが、昼間の下着事件や先刻のお風呂事件で、どうにも煽情せんじょう的に映ってしまう。


 このまま彼女の手を取って部屋に引き摺り込み、そのままベッドの上に押し倒す。

 後は彼女が驚いている隙に馬乗りになって、着ているパジャマを引き裂き、その大きな胸に顔をうずめる――いや、唇を奪うのが先か……。


 ――って、何を考えているんだ⁉ 俺は……。


 如何いかがわしい妄想をしてしまった自分にショックを受け、その場にうずくまる。


 ――最低だな、俺……。


「はわわわ……大丈夫ですか? ユーキくん」


 心配そうに春野さんが屈んで声を掛けてくれた。


(そんな純粋な目で、今の俺を見ないで欲しい。俺は汚れている)


 ――たゆんたゆん。


(そして、ありがとう)


 目の前で揺れる、柔らかそうな大きな二つの膨らみ。

 今にも零れ落ちそうなその胸の実りに俺は感謝する――いや、ダメだろう。


(全然反省していないな……)


「大丈夫、ちょっと立ちくらみが……で、春野さん……何の用? 信用してくれるのは嬉しいけど、こんな夜に一人で男の部屋に来ない方が……」


「はひ? ユーキくんは、わたしにとって特別……い、いえ、信じているので大丈夫です!」


 だから、その考え方が危ないのだが――今も彼女をベッドに押し倒そうと考えてしまった訳だし……。


 春野さんは、真っ直ぐに俺を見詰めている。


(う~ん、どうしよう……)


 取り敢えず、少し前の俺を廊下に正座させて殴りたい。

 いや、それよりも思っている事を言葉にして伝えよう。


「ありがとう。俺にとっても春野さんは特別だよ」


『……』


『…………』


『……………………』


 互いに見詰め合ったまま、謎の沈黙が続く。

 短い時間の筈だが、途轍とてつもなく長く感じる。


 誰かに時を止められたのだろうか?

 やがて――


「あはは」「えへへ」


 と意味のない笑みを浮かべた後、


「ユ、ユーキくん! こ、今夜は一緒に……寝てください!」


 ――無敵の能力が発動した。

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