第8話 これが勝負下着というモノですか


「げっ――人違いです……」


 俺は慌てて視線を逸らす。

 まぁ、そんなことをしても、見逃してはくれないだろう。


 真夏は腰に手を置き、やや前屈みな姿勢をとると――げっ、とは失礼ね――と言ってくる。続けて、


「で……何でこんな所に?」


 と聞いて来る。当然の質問だが、言い訳出来る状況でもない。

 更に追い打ちを掛けるように――


「ユーキくん、早く選んでくださーい♪」


「兄さん、紐だ……これ、紐なんだが⁉」


 と春野さんと雛子。どうやら、俺の学園生活は早くも試合終了ゲームセットのようだ。

 いや、あきらめたらそこで試合終了ですよ――と昔誰かが言っていた。


「「「え?」」」


 三人が互いの顔を見合わせ、疑問の声を上げる。


「真夏、今は黙って見逃してくれないだろうか?」


 駄目だと分かっていても、先ずは正攻法だ。

 最初に嘘を吐くと、後が続かなくなる。


「いや、ランジェリーショップに男子って……どういうこと?」


 と真夏。別に特別仲が良い訳でもない。

 ただ何故、今日、この時、会ってしまったのだろうか?


「あのー、お知り合いですか?」


 春野さんは首を傾げる。

 いや、今は俺の評判よりも、彼女の評判を守ろう。


「ああ、同じ学年の『真夏まなつ真由まゆ』だ。こっちは『春野莉乃』さん。転校生だ。後は『おまけ』だ」


「おい、兄さん、失礼だぞ!」


 『おまけ』とは何だ! ぷんすこっ――と雛子がむくれる。


「じゃあ、初対面の人と、お前は話せるのか?」


「そんなの無理に決まっているだろう。あたしを何だと思っている」


 そう言って、雛子は俺の後ろに隠れた。


 ――だよな。


「変態……」


 そう呟いたのは真夏だ。 

 OK、落ち着くんだ俺――まだ、慌てるような時間じゃない。


「ユ、ユーキくんは変態ではありません。わたしの下着を選んでくれる約束なんです!」


 と春野さん。はい、試合終了ゲームセットです。

 真夏が――それって……――といぶかしむ表情で俺を見た。


「はうっ、間違えました! わたしとヒナコちゃんの下着でした」


 春野さんは――ふぅー――と息を吐き、言い直せたことに安堵の表情を浮かべる。


 ――終わったな。


「えっと、何……妹の下着を選ぶのを彼女に手伝って貰っている――てこと?」


 はい、まだセーフでした。延長戦です。

 こちらの都合のいい勘違いをしてくれて助かった。


「そ、そんな所だ」「はわわわっ(////)」


 春野さんには悪いが、彼女のフリをして貰おう。

 腕を回し、肩を抱き寄せた。

 案の上、春野さんは顔を真っ赤にして俯き、黙り込む。


 雛子が――何やってんだか――という視線を俺に送った。


「ふーん、仲良いんだ……」


 真夏はそう言って、何やら考えている様子だ。


「そう、俺の大切な人なんだ。だから、まだ皆には内緒にして――」


「うん、いいよ」


 と真夏。


 ――いいのか⁉ 言ってみるモノだ。


「助かる」


 俺の言葉に、


「でも、貸し一つね。実は頼みたいことがあったんだけど……これで頼みやすくなったわ♥」


 そう言って、アッハッハ……と真夏は笑った。

 もしかして、更に厄介事に巻き込まれてしまったのではないだろうか?


 一抹の不安を覚えつつも、その場はそれで別れた。


 本当は彼女も下着を買いに来たのかも知れないが、男子が居る前で買ったりはしないだろう――それが普通だ。


 これ以上、ここに居ると――更なる厄介事に巻き込まれる可能性がある――と判断した俺は早々に下着を選ぶことにした。


 肩を抱き寄せたことを春野さんに謝ると――だ、大丈夫です。気にしてませんから――と言った後――た、大切な人――と呟く春野さん。


 ――いや、その顔はかなり意識している顔だ。


 雛子と店員さんが、ニヤニヤとこちらを見て来るのが腹立たしい。

 だが同時に、俺は吹っ切れた。


「さっさと下着を選ぶぞ!」


 そう言って、下着を真剣に選ぶ。


「兄さん、カッコイイ――」


 と雛子。


 ――いや、絶対カッコ良くはないだろう。


 まず、雛子には明るいイメージのする可愛らしい黄色の下着を選ぶ。

 お前に『セクシー』はまだ早い。


 春野さんにはちょっと大胆な赤だ。

 何となく、今の心境に合っている気がした。


「こ、これが勝負下着というモノですか……」


 何やら、感慨深かんがいぶかいモノがあるご様子だ。

 何と勝負する気なのかは分からないが、俺の方は限界だった。


 いけない――とは思いつつ、どうしても彼女の下着姿を想像してしまう。

 これ以上、ここには居られない。


「後、サイズが変わったのなら、新しいのをいくつか買った方がいいよ。お金は俺が出すから……一応、これ――じゃあ、外で待っているから、ゆっくり見てていいよ」


 そんなことを言って、荷物を受け取り、俺は店から出た。

 多分、顔が真っ赤なのだろう。自分でも分かる。


 ――心臓がドクドクいっている。


 恥ずかしい――という感情ではない。

 多分、俺は彼女のことが好きなのだ。


 『好き』と『性欲』――その気持ちを履き違えていなければ――の話だが……。


「莉乃……」


 彼女の名前を呟いてみた。

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