第5話 兄さん、着替えさせて


「おい、姉さん!」


 他人からしてみれば笑い話かも知れないが、本人にとっては辛いことだってある。

 性的な嫌がらせや、物理的な攻撃を受けた訳では無いようなので、良かったとも思うが、やはり心配になる。


 俺は春野さんの手を取ると、


「大丈夫、気が済むまで、ここに居ていいから!」


「後、主に男子に揶揄からかわれていたから、男の子が苦手なんだって――」


 姉さんが面白そうに笑う。


 ――そういうのは早く言って欲しい。


 だったら、もっと気を遣ったのに……。


「ご、ごめん!」


 俺は慌てて、彼女の手を離した。しかし、


「うんん、ユーキくんは平気です」


 春野さんは首を横に振り、そう言った。


 ――何故だろう?


「だって、重度のアニメオタクで、現実の女性に興味が持てない可哀想な人なんですよね」


 ――結局、話はそこに戻るのか……。


 姉――いや、魔王の笑い声が部屋に響く。



 ▼    ▽    ▼



「え? 惚気のろけ……」


 俺の話を聞いて、隣の家に住む幼馴染の『秋瀬あきせ雛子ひなこ』が首を傾げた。


 ――いや、何処にそんな要素があったのだろうか?


「つまり、兄さんがその春野さんを養うということだね。これは――養われている先輩として――色々と面倒を見なければ……」


 せめて、その長い髪をまとめるくらいはして欲しいモノだが、顔が隠れて、何だか『お化け』のようになっている。


「頼みたかったのはそういうことだが、養っているつもりはないぞ」


 今、俺は雛子の部屋に居る。

 まだ外は明るいというのに、閉め切った部屋は薄暗い。


 女の子の部屋というよりは、ただのオタク部屋だ。

 たまに俺が来て掃除をしてやっているから、汚部屋にはならずに済んでいる。


 学校へはほとんど行かず、引きこもってばかりのこの幼馴染も、早くどうにかしたい所だ。


 雛子はベッドの上で胡坐あぐらいている。

 パンツが見えるから止めろ――と言っているのに聞きやしない。


「分かっているよ、兄さん。将来、あたしが――二人の養子になる――という話だろ(キュピーン☆)」


 分かってない――というか、不良債権なら既に一人居る。


「姉さんだけで手一杯だ……雛子は可愛いんだし、普通に彼氏を作ればいいと思うんだが――」


「あ、あたしに他人と同じ空間で暮らせと……何て酷いこと言うんだ。兄さんは……」


 その人でなしを見るような視線を止めて欲しい。

 付き合うって、そういうことじゃないと思う。

 お互いに助け合ったり、妥協したり、『愛』を育てていくモノなんじゃないのか?


「家事とか、子育てとか、無理ぃ~。ゲームして、アニメ観て、ネットやって、ゴロゴロして過ごすんじゃい!」


 ばふっ――と音を立て、ベッドの上にうつ伏せになってしまった。

 何処で育て方を間違えてしまったか……。もう、このは手遅れかも知れない。

 そう思うと少し悲しくなった。俺は溜息を吐くと、


「――という訳で付き合ってくれ」


「え? 兄さん、あたしのこと好きだったの……うーん、ちょっと考えさせて――」


 ――理由は分からないが腹が立つ。


「そういう意味じゃなくて……買い物だ。明日、春野さんと買い物に行くから、付き合ってくれ」


「ああ、そういうことか……てっきり、あたしに欲情したのかと――冗談です。ごめんなさい……えっと、春野さん――男性恐怖症だったっけ? 確かに、兄さんだけだと不安だね」


 恐怖症――という ひどくはないが、駅から何処も寄らずに帰って来たのは、人が多いことが理由だ。

 知っていれば、タクシーでも拾ったのに、無理をさせてしまった。


「――だが、断る!」「拒否する」


 ぐぬぬ――雛子が悔しがる。


「夕飯、食べに来るだろ?」


 雛子の両親は、ほとんど家に帰って来ない。


「行くわい!」


 雛子は上半身を起こすと、クッションを抱き締める。

 最近はスライムのキャラクターのクッションがお気に入りのようだ。


「じゃ、準備しろ」


「え? この格好じゃ……ダメ?」


 ダメではないが、今日から春野さんも一緒だ。

 『男はATM』と書かれたそのシャツで来るつもりなのだろうか?


「最初くらい、きちんとしておけ」


 俺は電気を点けると、クローゼットから適当な服を選ぶ。

 雛子は同級生と比べると身体の発育はお世辞にもいいとは言えない。

 だが、その容姿は人形のように綺麗で整っている。


「兄さん、着替えさせて――」


 雛子は目をつぶり、両手を前に出した。

 普通なら――ドキッ――とする場面なのだろうが、残念ながら、その幼気いたいけな身体では、女性らしさが微塵も感じられない。


 仕方なく、俺は彼女を着替えさせるのだった。

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