第4話 いや、魔王でした。


「え⁉ 美しいお姉様、結婚してくださいですって!」


「いや、まったくもって言っていない……むしろ、早く結婚して、この家から出て行って欲しいと常々思って――何故か目の前が急に真っ暗になって、蟀谷こめかみの辺りに指が食い込むような痛みが走るぅ――痛い! 痛いですお姉様っ……ア、アイアンクローは止めてください。マジで頭が潰れそうです(パンパンパン)」


 俺はタップアウトする。家に帰るなりこの仕打ちとは……。

 悪魔――いや、姉の『式衛しきもり咲夜さくや』にも困ったものだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 姉から解放されたがダメージが抜け切らず、膝を折り、床に手を突く俺を心配して、春野さんが寄り添ってくれる。


 ――天使か⁉


 そして、俺の目の前で大きな膨らみが二つ揺れている。


 ――たゆんたゆん。


「ありがとうございます――いや、違った。いつもの事だよ……まぁ、大丈夫かと聞かれると、あまりだ丈夫じゃないけどね――主に姉の頭の中が……」


 俺は心配してくれた春野さんに、そう返した。


「ちょっと、リノちゃん。そこを退いてくれるかな? 今からその愚弟に『地上に舞い降りた美しき女神の一撃』を食らわせるから――」


 ――早い話が『飛び蹴り』である。


 この姉は可愛い弟に異世界転生でもさせる気なのだろうか?


 意味は理解出来ていないだろうが、何やら危険な雰囲気を感じ取ったのだろう。

 春野さんは俺を守るように抱き締めてくれる。


 ――ふにゅん。


 弾力があり、心地良い柔らかさの双丘が俺を包み込む。

 恐らく、俺が今まで、姉にしいたげられて来たのは、今日という日を迎えるためだったのだろう。


 ――もう、ゴールしてもいいよね。


「ダ、ダメです! 退きません! ユーキくんをいじめないでください!」


 春野さんが姉に言い返す。


(何だか、もう少し頑張れそうな気がしてきた……)


「もう、嫌ねぇ……いじめてなんかいないわよ。いい? 姉にはね、弟を好きにしていい権利があるの――そう、弟に人権など無い!」


 ――悪魔め!


 どうやら本性を現したようだ。


「ただ弟は姉の言う事を聞いていればいい。姉をたたえ、ただ姉を美しいと思い、姉の命令には絶対服従――それだけで幸せな生き物なのよ」


 ――いや、魔王でした。


「そ、そんな! ひ、酷いです!」


 春野さんが姉をにらんだ。俺は、


「いや、もういいんだ」


 そう言って、立ち上がる。『おっぱい』で大分回復出来た。

 男って単純だね――いや、あれ以上接触していると別の個所が元気になりそうだ。


「ユーキくん! 大丈夫ですか?」


「ああ、話が進まないからね」


 俺は春野さんを心配させまいと笑顔を作る。

 それに、早く話を切り上げるのが正解だろう。


「あら、まだ姉に逆らうと言うの? ならば、真の恐怖とやらを教えて上げましょう」


 ノリノリだな――いや、そういう話では無かった筈だ。


何時いつからこんな展開になったんだ?)


 仕方が無い。このままでは収拾つかない。


「いいから、ふざけていると『夕飯』作らないよ」


 俺の言葉に、


「うん、お姉ちゃん良い子にする。だから、夕飯作ってね♥」


 直ぐ様、ちょこんとソファーへ座る。


 ――何て切り替えの早さだ。


 春野さんも驚き、言葉が見付からない様子だった。

 身内の恥とは――こうも恐ろしいモノだったのか――という事を改めて実感する。


 俺は春野さんの手を引き、姉と向かい合うように腰掛けた。

 そもそもの始まりは、家に帰り、姉を問い詰めたことに起因する。


「急な話で、まだ少し混乱しているけど――春野さんが今日からここで暮らす――というのは本当なの?」


「本当よ。リノちゃんがイジメられてるって相談を受けて――だったら、ここで暮らせば――って提案したの。勇希が驚く顔が見たくて、お姉ちゃん、内緒にしてたの♪(てへっ☆)」


 ――腹立たしい――いや、それよりも、


「イジメって――」


 聞いていいモノなのだろうか……俺が逡巡しゅんじゅんしていると、


「お、お恥ずかしながら……わたし――」


「地元でアイドル活動していたのよね!」


 春野さんの言葉をさえぎり、姉が口を出す。


「お祭りなんかのイベントで歌ったり、野菜が良く育つからって、畑に歌を流されたり――そりゃ、同年代の連中には揶揄からかわれるわよね」


「う~(////)」


 ――『ローカルアイドル』というヤツだろうか?


 話の雰囲気から、あまり本格的なことはしていなさそうだ。


 あはは――と笑う姉に対し、春野さんは色々と思い出したのか、恥ずかしさから両手で顔を覆った。

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