第17話 祭りのあと
先生と先輩に挨拶し、最後の片づけが終わる頃には二時を回っていた。結局一番年下なので、役回りは最後の鍵閉めまでやらなくてはならない。
「おなかがすいたわね。どこかで祝杯あげましょうよ」
「賛成。どこに行こうか」
そう言い合いながら外へ出たところに、悠が校門に寄りかかって本を読んでいた。
立ち止まった万智子に早苗は機嫌よく耳打ちした。
「祝杯は後日ゆっくりやりましょう。あんみつ一杯おごりよ!」
早苗は万智子と悠にも手を振って先に帰った。
万智子は悠に日傘を差しかけた。
「日射病になるわよ」
悠は髪をかきあげた。
「終わったと同時に追い出された」
万智子は思わず吹き出した。
「もう、びっくりしたんだから。どうやって入ったの」
「べつに、そのまま。制服なんてみんな似てるし」
悠はぺこりと頭を下げた。
「おつかれさまでした。さすが、全甲」
思いがけない言葉だった。嬉しかった。万智子は頬が赤くなるのが自分でわかった。
「恐れ入った?」
「まあね。それで心置きなく健さんのところへ行く気?」
どうしてこうひとを射すくめるようなことを悠は云うのだろう。万智子は先ほどまでの自信が急速にしぼんでいくのを感じた。
「そういうことになるわね」
だが、悠は容赦がなかった。
「さっき自分で云ってた事はうそかよ」
「うそなんていってないわ」
「好きでもない裁縫をやりにいくわけだろう。それが自分を発揮することなのか」
悠の云うことはいちいち胸に突き刺さる。万智子は懸命に言い返した。
「いっておきますけど、わたし、お裁縫は甲です」
「裁縫より古文が好きなくせに」
万智子はどきりとした。つい先日早苗にそう云った。まるで聴いていたみたい。
悠は一歩前に出た。万智子は後ろに下がりたかったが、背後は校門である。持っている風呂敷包みを胸に抱えるしか出来なかった。悠の薄い茶色の瞳がまともに見下ろした。どうしてだか目をあわせていることに耐え切れず、万智子は胸まで顔をふせた。
すぐ耳元で悠の低い声が云った。
「横浜に行くのはよせ」
思いがけない言葉だった。万智子は思わず眼をあげ、悠の瞳とぶつかった。その瞬間、頬が熱くなった。自分で自分が赤面したのがわかった。万智子はぎゅっと眼をつぶると、腕を思い切り前に突っ張った。
「大きなお世話!」
そのまま風呂敷包みを投げつけると、脱兎の如く逃げ出した。
その夜、万智子の発表成功を祝って佐代は尾頭付きを用意してくれていたが、万智子は具合が悪いと言い訳して部屋に閉じこもった。悠と顔を合わせたくなかった。せっかくひとつのことをやり遂げて、気持ちを据えたつもりだったのに、結局何一つ変わっていない。期待したような成長はやっぱり三週間では遂げることはできなかったのだ。
悠のせいだ、と思った。
思えば、これまでのささやかな自信を打ち砕いたのも悠だった。
どうして悠といるとこんなふうになるのだろう。
負けたと思ったり、悔しいと思ったり、がんばろうと思ったり、やっぱりがっかりしたり。
これ以上かき乱されるのはいやだった。
万智子は横浜へ立つ準備を始めた。
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