第9話 説得

そうと決まったら、いやなことは早く済ませるに限る。法事はもうあさってなのだ。

 万智子にとって気合と装いは相乗効果を生むものである。朝から慎重に着物を選んだ。その日、紫の袴と藤色の単をあわせた。袖に白い小花が散っており、少々大人っぽい雰囲気を醸し出したつもりだ。髪もたらさずに、結い上げることにした。

 学校帰り、万智子は悠の通う高等学校まで出向いた。校門が見渡せるところで立って待っていると、下校する学生服が一様に見返っていく。

 男子校の目の前に女性がいるだけでも目立つのに、派手な女学生がいるとくれば、そこだけ光り輝いているようなものだ。しかし万智子はそんなことなど頓着せずに悠を待っていた。

 これでも看板娘なので、見られることは慣れているのだが、いざ、ガタイのいい三人組に目の前に立たれた時は正直少し腰がひけていた。無論そんなことはおくびにも出さない。

「こんなところでなにかご用ですか」

 親切というよりはからんでくるような云いまわしである。万智子は思い切りつんとすました。

「あなた達には関係有りません」

「冷たいなあ。だれか待っているんですか」

 万智子は無視をした。

 しかし、にきび面のひとりが、一歩近づいた。

「捜しているひとでもいるんですか? 僕達でよければ手伝いますよ」

 ちょんと袖をひっぱった。

「結構よ!」

 万智子はその場を離れようと踵を返した。が、坊主頭に阻まれた。

「ちょっと、まだ用事は済んでないんじゃないの」

「そこをどいて、あなたたちにはそれこそ用はないの」

 相手は学生だし、学校のまん前だし、からかわれているのだ。だいじょうぶ、毅然とした態度をとれば、と思ったのは甘かった。

 もう一度にきび面が袖をひっぱった。その隙に一番からだの大きな出っ歯がいきなり万智子のカバンを取り上げたのである。

「ちょっと、返してよ!」

 しかし、カバンは坊主頭に放り投げられた。

 通りすぎる学生たちは、面白そうにはやし立てた。

 さすがに万智子は青くなった。

 カバンは宙を舞い、今度はにきび面の手におさまる。

 どうしよう。捨てて逃げる? でもそれは悔しい。どうしよう。

 にきび面から出っ歯へ、カバンはさらに高く放り投げられた。

 出っ歯の手に届く寸前で、さっと横から腕が伸びた。バチっという音がして、カバンはその人の手におさまった。

「悠君!」

 悠は横取りしたカバンを掲げてみせ、出っ歯に向かってにっこりした。

「なに、あんたら、女のカバンに用があるのか?」

 集まっていた野次馬がどっと笑った。

「関係ねえよ!」

 三人組はあっさり引き上げていった。同時に人の輪もばらけていく。

 悠はさっさと歩き出した。万智子のカバンを抱えたままである。万智子は慌てて後を追った。しばらく行った川沿いの通りのあたりでようやく悠は足を止めた。

 例によって仏頂面である。万智子は怒られる、と思った。なんでこんなところに来たんだよ、とかなんとか絶対に云われる。謝るべきか、まず礼を云うべきか。

 しかし、悠は不機嫌は不機嫌でもぽいっとカバンを返してよこしただけだった。

「で、こんなところまで来て、何か用ですか」

 悠はつったたままである。仕方なく万智子もそこで悠に向き合った。

「そうです」

「法事の件?」

すっかり見透かされているようだった。仕方がないので、万智子は単刀直入に尋ねた。

「本当に行かないつもりなの?」

 悠は軽くため息をついた。が、いつもの感じの悪いやつではなく、困っているような横顔である。

「行きたくない」

「それでも行かなくちゃ」

「どうして」

「体裁のためよ」

 万智子はきっぱりと云った。

「はっきり云うんだな」

 悠はあきれたような顔をしたが、次には万智子を押しのけるように歩き出した。

「お気遣いは無用。この件は放っておいてくれ」

 万智子は追いかけた。 

「放って置けないわよ。あなたを桐島家からお預かりしている以上」

 桐島家、が逆鱗に触れたらしい。悠はきっとした顔で振り返った。だが、おかげで追いついた。

「理由はそれ? 健さんから頼まれた?」

 万智子は目を合わせて否定した。

「違います。真田家代表としてお話しているんです」

 悠は心底いやそうなため息を吐くと、あさってのほうを向いて話した。

「法事は本当は俺がひとりでやるつもりだった。それをよってたかって口出ししてくる。親父だけならともかく、ぞろぞろ、ぞろぞろ親戚一同出てきやがる。内縁の葬式なんて本家には関係ないだろう? 本音は厄介物扱いなら放っておけばいい。だれも何も要求なんてしていない。どうしてあの家の人間は万事目の届くところにないと納得しないんだろう」

 万智子から表情は見えないが、学生服の肩の辺りが張りつめている。時折ため息を挟むのは、感情を殺しているのだろう。

「でも、おかあさまのことを考えたら」

 針のような声がすかさず跳ね返ってきた。

「みんなそう云う。ひとり息子が席にいないなんて悲しむってね」

 悠の言葉は容赦なかった。

「関係ない連中が自己満足に寄り集まるほうがよっぽど母を辱める。どうせ俺には決定権はない。だから行動で示すしかないんだ」

「だったら、勝手にやらせておかないで、出て行かなくちゃ」

 悠はきつい目をして見返ったが、万智子はやめなかった。

「だって仕方がないじゃない。結局わたしたちはまだ子供なのよ。決定権は大人にあるのよ。いろいろ口出しされるのはどうしようもないことよ。でも、それを拗ねて反抗して従わないのは子供のやり方だわ」

「わたしだったら行くわ。行って堂々と喪主を務めるわ。そうして誰よりも立派に務めて見せるわよ。文句のいいようがないくらいにね」

 そこまで云うと、万智子は悠の反応を待った。

 悠はまじまじと万智子の顔を見つめた。そして、一言。

「見栄っ張り」

「は?」

 万智子はきき返した。精一杯はっぱをかけたのに、返す言葉が「見栄っ張り」とはどういうことだ?

 しかし、悠はそれきりぶらぶらと歩き出した。

「ちょっと、どういう意味?」

 法事に行くの、行かないの?と訊きたい。だが、悠は長い足でさっさと先に行くばかりで万智子は小走りについていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る