第8話  損な役回り

桐島悠は二重人格に違いない。

万智子はいよいよそう思っている。父や佐代には極めて友好的なのだが、万智子に対しては、実に感じが悪い。それも外面は礼儀正しいから始末に悪い。文興堂の連中にも評判がいいし、佐代なんて完全に悠ひいきになってしまった。

「まあ、悠さんはおやさしいですよ。こないだも漬物石をおろそうとしていたら、さっと手を貸してくだすったんですよ。やっぱりあれでしょうかね。母ひとり子ひとりでお育ちだと、女性にやさしくすることが慣れてらっしゃるんでしょうね」

 こんな時万智子は内心で思い切り「あかんべえ」をしている。

 その前に外で万智子が白菜を切っているときはなんと云った?

「手を切るなよ」だった。それも例の小ばかにしたような顔である。

 この差はなんなのよ?

 父も悠を気に入っている。悠の勉強が済んでいる時を狙っては将棋に誘っている。昔は万智子も相手をしたが、最近じゃすっかりのけ者だ。

「万智子の将棋は気が短くてな」

 そんなことを云っていて、悠もまた意味ありげにうなずいたりしていて腹が立つ。

 なんとなく真田家内の人気度が悠に負けているような気がしてならないこのごろであった。

 それでも、懸案事項となると、父はやっぱり万智子に声をかける。

「このあいだ、健君がちらっと云っていたのを覚えているか?」

 万智子は健の台詞ならすべて憶えている。

「悠君のおかあさまの法事のことですか」

 父は娘の勘のよさに満足そうに頷いた。

「そうなんだ。今度の日曜に四十九日をやるそうなんだが」

 云いさして、父は茶を飲んだ。

「どうも悠君は行くつもりはないような感じなんだ」

 それはなんとなく理由が察せられるので、万智子もため息を合わせた。

「その法事は桐島家がなさるんですか」

 うむ、と父は頷いた。

「先方は親戚筋がいないらしくてな。葬式も悠君が喪主を務めたので、今回もそういうことだ。だが、今回は当人がやらないと云っている」

「え? では誰が? ご隠居様ですか」

 悠の実の父親は健在である。だが、どんな親子関係なのだか想像がつかない。

「そうだ。だから法事は行う。あれだけの家だからな。名代もなんとでもするだろう。だが、そうはいってもひとり息子が欠席というわけにはいかんだろう。母ひとり子ひとりのうちだったんだ」

「そうでしょうね」

「そこでだ、万智子。ひとつ悠君に話をしてみてくれないか」

「わたしが話を?」

 万智子は思わずきき返した。

「頼む、うちも出席しなければならんし、我々だけが行くわけにいかんだろう」

「でも、それならお父様のほうが」

 万智子は粘った。悠が万智子の話を素直に聞くとは到底思えない。しかも、こんな込み入った話では、けんもほろろに突っ返されるのが落ちである。

「いや、おれはこういう話は苦手だ」

 父はきっぱり云う。万智子は慌てた。

「そんな。大事な話こそお父様がおっしゃったほうが、悠君も耳をかすんじゃないでしょうか」

「いや、おまえなら年も近いし、角が立たないと思うんだ。ひとつ頼む」

 半ば強引に説得役を仰せつかってしまったのであった。

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