第4話 下宿人

「遅かったな、万智子。ばらばらに帰ってきたら意味がないじゃないか」

 今、悠は届いた荷物を持って離れに行っている。客間には父とふたりである。

「そんなこときいていませんもの」

「健君にきかなかったのか?」

 そんなヒマはなかった、とはいいにくかった。というよりも、健と悠がすり替わったわけが今わかった。

 父は腕組みをした。

「実はな、急な話なんだが。まあ、それより、おまえ、悠君と会ってどうだ?」

 万智子は唸りたかった。第一印象は幻、実際は最悪、が本音だが、悠は桐島家の人間だ。腐ってもなんとやら。我慢我慢。

「どうっていわれましても。礼儀正しい、かしら」

 少なくとも挨拶は聞いたことがある。

「ふむ。それはわしもそう思う。親御さんがしつけには厳しかったそうだ」

「親御さん?」

 微妙な言い回しに万智子はきき返した。

「悠君ってどちらの息子さんなのですか」

 父は含みのある目をして云った。

「桐島壮介氏だ」

「え? 桐島壮介氏ってそれは健兄さまのおじいさまでしょ?」

「悠君は桐島壮介氏と内縁との間にできた息子さんだ」

 今度は万智子は声を出さなかった。

茶々を入れていい内容の話ではなさそうだった。

万智子はただじっと父が説明するのを待った。

「桐島壮介氏はまだご健在だ。長いこと内縁がいることは周知のことだった。でも、子供がいることは大奥様と長男の親父殿しかご存知なかったらしい。この三月に内縁が病気でお亡くなりになったそうなんだ。それで桐島の家では悠君を引き取ることにしたんだよ。しかし、まあ、なんだ、何しろまだ十六歳だ。親父殿にしても、自分の子供より若い兄弟ってわけだ」

 万智子は頭の中で逆算した。壮介氏は確か去年古希をお祝いしたから、ということは五十五の時のお子さんだ。健兄さまより若いおじさん、ということになる。しかし、十六歳とは自分より年下だったわけだ。それにしても一体あの態度はどうだろう。またしても万智子は憤慨したが、それは押さえた。

「悠君は今までどこにいらしたんですか」

「鎌倉だ。母ひとり子ひとりの生活だった。まだ未成年だし、誰か世話するものが必要だろう」

「そうでしょうね」

「そこでだ。ひとまずうちで預かることになった」

 万智子は驚きを眼で表現した。さすがに父も気まずい顔をする。

「おまえが反対なら無論断る。だがな、桐島の方も困っていてな。当の悠君が桐島家には行きたくないと云ったそうなんだ。だが、内縁殿が東京の大学に進学させてほしいと今わの際に遺言したそうだ。それは壮介氏としても責任もって面倒みたいとおっしゃる。だが、なんといってもまだ十六歳だ。ひとりで生活するなんてできないだろう」

「それでお父さまにお話がきたわけですか」

「そういうことだ」

 父は腕組みしたまま頷いた。

 これは多分、このとおりになるだろう。万智子は内心で思っていた。

「お父様、うかがってもいい? そのお話、いつきたの?」

 万智子は一応最後の抵抗を試みた。

「きいて驚け、一週間前だ」

「一週間前ですって! どうして話してくださらないのよ」

「だっておまえ、試験でねじり鉢巻だったじゃないか」

 そうだった。万智子は肩を落とした。第一印象は最悪だけど、そういう事情をきけば少しはやさしい気持ちで接することができるかもしれない。とはいえ、感情が表に出やすい性質だと自分でわかっているので、少々覚悟がいる。

「わかりました。わたしにできることならお手伝いするわ」

 万智子の言葉に父は頭を下げた。

 こんなとき、万智子は母を思い出す。家の中の問題を一番に相談されるのって楽じゃない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る