第19話 決戦に向けて

『レイザーを殺したい。』


 そんな物騒な願いを口にしたリアから、事情を聞いた。

 それにより、リアがレイザーに強く執着する理由もわかった。


 レイザーはリアの家族を陥れた張本人だった。

 先ほどの剣戟までの合間に、余裕しゃくしゃくとレイザーはリアに自分の事を語って笑ったらしい。その話を聞かされるだけでも、本当に腹が立つ。


 5年前の誘拐事件。

 当時、レイザーは奴隷商の頭目であった。誘拐奴隷の売買を生業として、成果を上げていたという。誘拐奴隷と言うのはもちろん犯罪で、かなりの重罪である。本来ならば、そのような業者は早々に調査されて潰される。


 だが、レイザーは国家間の軋轢を利用して、すり抜ける様に奴隷売買を行った。

 カティスを見れば分かる通りに、亜人は迫害されている。カティスで人族を攫って奴隷として売れば問題になるが、イルトリスで仕入れてカティスで捌けば問題になる可能性は少ない。たとえ、イルトリス側が問題を主張して、捜査を申し出てもスムーズにカティスの協力を得る事は難しいだろう。


 そんな奴隷売買を続けていくうちに、その中でリアの両親がターゲットになる事があった。

 イルトリスには人の良い亜人の医者がいる。そんな情報から端を発した物。


 そこでレイザーは偽の病人をでっちあげ、手下を使ってリアの両親を往診に誘い出した。

 ダメもとの計画だったらしいが、リアの両親の慈悲深さによって計画は驚くほど簡単に成功。レイザーは医者の奴隷を手に入れて、莫大な利益を叩きだした。医者が奴隷になる事はほとんどない事で、各所から声がかかり売値はうなぎ登りだったとか。


 そして、リア一家を買い上げたのが新興勢力のアルタイル商会。

 アルタイル商会は当時、今ほどには名前が知れ渡っておらず、とある盗賊の一味が副業的に始めた商会だったという。先見性のある盗賊の首領は、盗賊業にある程度の見切りをつけて、表の顔としてアルタイル商会を立ち上げていたようだ。


 盗賊業で荒稼ぎした資金で、魔鉄の加工品を作る商会を運営。

 だが、魔鉄が眠るガインゴッツ炭鉱を入手し、そこで働く奴隷を買い入れても、次々に倒れ逝く奴隷のせいで商売は軌道に乗るどころか、このままいけば遠くない内にとん挫する未来が見えた。そこに医者の奴隷が現れたとなれば、死に物狂いで手に入れようとするのは必至。


 医者の参入により、アルタイル商会は息を吹き返した。

 ガインゴッツ炭鉱に活気が宿り、良質な魔鉄を次々に掘り出して加工し、一躍有名となったアルタイル商会。今では確固たる地位を築いて、表舞台に堂々と顔をさらしている。


 レイザーは、アルタイル商会に奴隷を売る際に条件を付けた。

 それは自分にアルタイル商会の幹部の席を用意すること。当時のレイザーは奴隷商として頭角を現しており、数々の残虐非道な奴隷売買を行っていたが、奴隷商としての限界も感じていたらしく、アルタイル商会に乗っかって表舞台に参入する事を画策したようだ。


 こうして、レイザーはアルタイル商会の幹部となった。

 だが、レイザーの野心は留まるところを知らず、アルタイル商会はレイザーによってすさまじい発展を遂げると、ついにはアルタイル商会の頭目を殺して、自分がアルタイル商会の頂点に立ってしまう。表の世界と裏の世界を牛耳るレイザーに怖いものは無かった。


 レイザーが次に目指したのは公的な世界。

 今のギルドマスターの地位がそれだった。表と裏の支配者たるレイザーにとっては、ギルドに入り込む程度の事は造作も無かったという。即座にギルドマスターの椅子に座ったレイザーは圧政でギルドを自分好みに染め上げてしまった。確かにカティスのギルドは酷いものだった。ギルドでの嫌な記憶は忘れようもない。


「実はレイザーと言う名前には聞き覚えがあったんです……。わたしたちを捕まえた人が、レイザーさんという言葉をしきりに口にしていたので、その名前だけは忘れられなかったんです。」


「なるほど……、ルーナとの会話でレイザーの名前が出た時に反応したのはそのせいか……。」


「はい……まさかとは思ったのですが。」


 本当にまさかの話だ。

 ギルドマスターであるレイザーが奴隷商であり、アルタイル商会の頭目であり、リアの仇だったなどと誰が思うものか。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。


 リアの身体には消えない傷がある。ガインゴッツ炭鉱でつけられた無数の傷だ。両親が回復魔法を失った時につけられた古傷は爪痕を今もしっかりと残している。それに心の中にも……。


 俺は決意を新たにする。レイザーを殺す。その考えに諸手を挙げて賛成する。リアが味わった苦痛、悲しみ、負の連鎖の全ての元凶であるレイザーは許してはおけない。


 ガシャンッ!


 突如、何かが割れる音がして、地面を炎が走る。

 上を見れば、小さな炎が落下してくるのが見えた。火炎瓶だ。続けざまに音が響き、次々に新しい炎が生まれる。


「いたぞっ! 生きている。射殺せ。」


 上から声がして、矢を放つ風切り音がする。うっとうしい奴らだ。


「リア、走るぞ。」


 俺はリアの手を引いて、走り出す。幸いにも少し走れば横道に入る事ができる。身体は回復魔法でしっかり治療済み。出血のせいで少しふらつくが、問題は無い。


 それに明るくなった事で、リアの剣が落ちているのを見つけた。

 おそらくレイザーとの戦いのときに弾き飛ばされて落下したのだろう。それもしっかりと拾っておく。


「くそっ、おまえら回り込んで下に行け。」


 そんな言葉を背中越しに聞きながら、俺は横道へと駆けこんだ。

 取り巻きの誰かの言葉の様だったが、回り込んで下に行けという事は、逆に考えれば上に上がれるルートがあるという事だ。


「リア、炭鉱内の道は分かるか? この周辺だけでも分かるとありがたい。」


「ごめんなさい……わたしがいた頃は、ここまで深くなくて。」


「いや、いい。気にするな。むしろ、こんな場所のことなど知らない方が良いんだ。」


 仕方がないから、手探りで進む。

 直感……というか、五感と経験則を頼りにする。空気の流れがある方へ、魔力のよどみの少ない方へと歩いていく。


 周囲は相変わらず、ゴツゴツとした地形ではあるが、人工的に彫られた感じではない。むしろ自然に出来た洞窟と言った感じで、道具で彫られた跡は無かった。おそらく掘り進むうちに偶然に地下空洞とぶつかったのだろう。


 人工的に作られた道と違って歩きづらい。地面の凹凸が激しいし、道が人を阻むように所々狭くなっている。正直、この道を進んで良いのか迷いが生まれてくる。たぶん、この道は炭鉱の奥へと続く道だ。直感がそう告げている。


 なのに、どうして奥の方から風が吹くのだろう。

 もしかしたら、どこかに抜け道があって外に出られたりするのだろうか。だとするなら、この窮地を離脱する事ができるかもしれない。そうすれば安全に逃げられる。


 ……ダメだ、何を考えているんだ。

 俺はリアと約束をしたのだ。レイザーを殺して脱出すると。たとえ首尾よく出口を見つけてこのまま出られるとしても、それでいいはずがない。リアに約束をつきつけた俺がリアとの約束を破って良いはずがないのだ。


 とはいえ、地形を確認しておくのは悪くない。

 どの道、レイザーたちは俺たちを追いかけて、下に降りてくるのだ。奥へと進めばそれだけ時間が稼げる。時間があり、地形を把握できれば勝機も見いだせると言うもの。


 何も正面から打ち合ってレイザーを倒さなければならないわけではない。要するに勝てば良いのだ。卑怯であろうと何だろうと、レイザーの息の根を止めることが俺たちの勝利条件となる。


 ピンと張りつめた糸のように、俺たちは緊張しながら洞窟を進む。

 リアを安心させるために何か話しでもしてやりたいとも思うが、こんな時にどんな話をすれば良いのかよく分からなかった。それにそんな心の余裕も無い。


「あの、アルテ様。」


「なんだ?」


「ありがとう……ごさいます。」


 リアがぽつりと呟く。

 突然のことで少し驚いて、足を止める。


「何を今更。それに何のお礼だ、それは。」


「だって、わたしまだありがとうって言えてなかったですから……。」


「俺が勝手にやっている事だ。言うなれば、俺のわがままってやつか。」


「ううん、そうだとしても。アルテ様がいなければ、わたしは今頃……。だから、助けてくれてありがとうございます。」


「気にするな、俺たちは家族だ。助け合えば良いんだ。」


 家族、それは便利な言葉だ。

 俺がリアを助けることに理由はいらない。それでも、つい理由を求めてしまう。そんな時に家族だからと言う言葉はしっくりくる。


 まだ、俺たちは社会的に家族という枠組みでは無いが、俺とリアの心は通じている。だから、この繋がりを家族と呼ぶのは気恥ずかしさこそあるものの、間違いだとは思わない。


「リア、少し話しておきたいことがある。」


 俺は歩く足はそのままに、話をする。

 大事な話だ、雰囲気に流されて忘れてしまいそうになるが、俺たちがやろうとしている事は困難を極める。


「なんですか、アルテ様。」


「俺とレイザー、どっちが強いと思う。」


「それは……。」


「遠慮しなくて良い。間違いなくレイザーの方が強い。リアもそれを分かっているから、俺を戦いから遠ざけたかったのだろう?」


「アルテ様……。」


「そんな顔をするな。俺がこんな話をするのは勝つ為だ。真正面から正々堂々と戦っては勝てないかもしれないが、策を練って、不意をつければ、倒せない相手ではない。」


「はい!」


「レイザーの弱点は何だと思う?」


「弱点……弱点、うーん。」


「俺は奴の慢心にそれがあると思う。」


「慢心ですか。」


「さっきもリアを殺し損ねただろ。俺を殺すチャンスでもあったのに。俺たちにとってはありがたい事だがな。奴は強いからこそ、相手を見下して油断してしまうんだ。」


「なるほど。」


「それに奴の性格だ。レイザーは相手を痛めつけたり、精神的に屈服させたりすることを好む。さっきリアが言っていたが悠長にリアの事について語ってきたと言っただろう。最悪な性格ではあるが、それによって足元をすくわれている節がある。」


「でも、それは弱点なのですか? 強いから余裕があるのは普通なのでは……?」


「うっ、まあ、そうなんだけどな。実際のところ、俺もそれをどう作戦に利用できるかの目処はたってないよ。」


「…………。」


「そんな顔するなって。そんな場面があれば、攻撃してみるのも手って事でだな……ははは。」


 リアの冷ややかな目線が痛い。

 そんな場面になるって事は、既に相当に追い込まれてピンチな状態という事を理解しているのだろう。その辺りをいちいち指摘せずに生易しい視線で返してくるのはリアの優しさだろうか。かえって胸が痛い。


 そう言えば、作戦と聞いてある事を思い出した。


「リア、そう言えば毒薬は持っているか?」


「えっ……?」


 リアがぎょっとしたような顔をする。

 これは俺の想像だが、リアは俺に薬を盛った。おそらく魔法屋で入手した物だろう。当時、既にリアは復讐の決意を固めていたのは間違いない。ならば、購入するのは俺に盛る為の毒だけとは考えにくい。リアなりにレイザーを倒すための手段を用意していてしかるべき。


「俺の勘だがな。リアは俺に毒を盛ったじゃないか。おそらくその時に対レイザー用の備えもしているのではないかと思ってな。」


「アルテ様……ごめんなさい。」


「いいさ、もう済んだ事だ。それより、持っているのか、いないのか。」


「持っています。」


「何がある。毒以外にも何かあるなら教えてくれ。」


「えっと、リュテシアの麻痺薬と衝撃式の炸裂弾です。」


「純粋な毒薬は買わなかったのか?」


「はい、欲しかったのですが、即効性の致死毒は高くて……安い毒なら買えるのですが致死ではない上に効果も遅効性だったので。」


「なるほど、確かに上級の毒薬は結構高いからな。だが、リュテシアの麻痺毒は良い選択かもしれない。」


「本当ですか?」


 リアが嬉しそうな表情を見せる。確かに良い選択ではある。相手がレイザーでなければだが……。


「ああ、即効性の強い麻痺毒だからな。リュテシアはかすっただけでもその部位が麻痺して動きを鈍らせる。そしてすぐに身体中に回って動けなくなる。近距離戦で使うにはこれ以上ない。当然、武器に塗布して使ったのだろう?」


「はい、アルテ様が買ってくれた剣に塗ってあります。」


「そうか。何も考えずに突っ込んだわけではないのだな、少し安心した。」


「もう……わたしだって、ちゃんと考えてます。」


「バカか。レイザー相手にこの程度の作戦で突っ込んだのは無鉄砲この上ない。結局のところ一撃も当てられずにこの様じゃないか。誇るより反省をしろ、反省を!」


「むうぅ……。」


 俺はリアから麻痺毒の小瓶を受け取ると、自分の武器にも塗布した。麻痺毒は俺の剣に塗布しても幾らか余った。たった一撃入れられれば勝てる、そう思うと幾らか気が楽になる。


 だが、この考えは危険だ。

 気の緩みは勝敗に大きく左右する。こと真剣勝負においては特にそうだ。毒は活用するが、毒があるから有利だなどと言う甘えは捨てよう。格上との戦いなのだ、この程度のアドバンテージで有利に立てるなどと思ってはいけない。


 俺たちは再び奥へと歩き出す。

 少し進むと、通路からひらけた場所へと躍り出た。


「……これは!」

「綺麗……。」


 そこそこの広さの小部屋だった。20m四方程度だろうか、狭い通路とのギャップのせいか随分と広く感じる。しかし、何より俺たちが目を奪われたのはーーー


 中央で光り輝く極大の魔鉄。


「リア、それは魔王鉄だ。絶対に触るなよ!」


 興味津々に近づいていくリアに警告する。魔王鉄は危険な代物なのだ。


「魔王鉄……?」


「ああ、魔鉄の亜種にあたる。綺麗な見た目をしているし、魔鉄のように毒々しい魔素を垂れ流さないから分かりづらいが、とんでもない劇薬だ。」


「触ったら……ダメなの?」


「触れると内部に溜め込まれた膨大な魔素が流れ込んできて、一瞬で重度の魔黒病を発症すると聞いている。それも耐えられればの話で、あっという間に生気を吸い取られて廃人になると言う話も聞くな。」


「ええぇぇ……。」


 リアが恐る恐る後ずさりをする。

 俺も原石を見るのは初めてだ。加工された品はオークションで数回見たことがある。いずれも、俺では手が出ないほどの高値で落札されていた。


 これほど巨大な原石は文献ですら見聞きした事が無い。仮にこれを売却するとなれば、そこそこの国の国家予算にも匹敵するレベルになるのでは無いだろうか。


 レイザーがガインゴッツ炭鉱に入れ込むのも頷ける。これは金の卵だ。いや本物の金の卵よりも貴重なもの。おそらく、今夜ここを訪問したのも魔王鉄に関する何がしかの事なのだろう。


 改めて部屋を見回してみると、他に通路はない。

 どうやら最深部のようだった。奥から絶え間なく吹き続ける風の正体は魔王鉄。魔王鉄は空中でゆっくりと回転しながら浮遊する。どう言う原理かは知らないが、その魔王鉄から風が流れてくる。


 カンカンッ!


「えっ……アルテ様、なにを?」


 剣を魔王鉄に打ち付ける。

 数回打ち付けるも、魔王鉄は全く欠けることはなかった。


「持って帰れば、一攫千金だなと思ってな。」


「も、もお、こんな時まで……。」


 リアが呆れながらも笑う。

 少し気の抜けた感じ。良いな、こう言う笑顔が見たいんだよ、俺は。


「まあ、本当のところを言うと、削りカスを剣に付着させられないかと思ったんだ。」


「あ、なるほど!」


「ああ、こいつは麻痺毒よりもタチがわるい。一撃必殺ってやつだ。だが、硬すぎるな、傷一つついていない。」


 それに魔王鉄を削り出せるなら、削りカスを風に漂わせてやるだけで、うまくいけばレイザー達は全滅するかもしれない。とは思ったものの絵に描いた餅でしかなかったな。


 ――いや、待てよ。


 確か、麻痺毒はまだ残っていたな。

 あれを風に乗せてやれば、レイザーの力を削げるんじゃないか。薄まってしまうから効果は低くなるかもしれないが、動きが少し鈍くなるだけでもありがたい。


「リア、名案があるぞ!」


 俺は通路を少し戻り、狭くなっている足場に炸裂弾と麻痺毒の小瓶を仕込んだ。これで、ここを踏みつけるだけで炸裂弾が爆発し、麻痺毒が空中に散らばる。


 それに落石による一網打尽も見込める。俺たちも閉じ込められてしまうが、後からゆっくり掘り返してやれば問題はないだろう。


 それから広間に戻って、周囲の壁を魔法で破壊する。

 天井が崩落しないように慎重に、全方位を満遍なく。その様子をリアが不思議そうに眺めている。


「隠れ蓑ってとこだ。」


「……すみません、意味が分からないです。」


「リアにはこの瓦礫のどこかに隠れてもらう。」


「嫌です! 」


「……即答かよ。」


「わたしにも戦わせてください!

 これはわたしが始めた戦いです。アルテ様を一人で戦わせて、わたしだけ何もしないなんて嫌です。アルテ様がわたしを心配してくれるのは、嬉しいですけど、これはダメです!」


「そう言うだろうとは思ったさ。まあ聞いてくれ。リアは勘違いしているようだが、俺はリアを戦力として当てにしているんだ。」


「ほぇ……?」


「まず考えてみろ。俺とレイザーが戦っているところにリアは入って来られるか?」


「…………うー、厳しいかもしれないです。」


「かもじゃない、足手まといだ。しかも、人質にでもされたら、その時点で詰む。遊びじゃ無いんだ、事実は正しく認識しろ。」


「はい……ごめんなさい。」


「よし。レイザーも同じ認識だろう。加えて、俺がリアを守ろうとしていることも知っている。だから、リアがいないと言う事をどう考えると思う?」


「……足手まといだから……わたしを守る為にどこかに隠した?」


「そうだ、だが実際は違う。奇襲する為に隠れてもらう。奴はリアを戦力とは見ていない。それがさっき言ったレイザーの弱点である慢心だ。」


「なるほど!」


「だがな、普通に奇襲したところで、レイザーを仕留めるのは難しいだろう。さっきリアも言ったが、強いからこそ余裕かあるのだからな。」


「……じゃあ、どうすれば。」


「俺が隙を作り出す。その隙にリアが攻撃して欲しい。合図は俺が出す。」


「合図?」


「ああ、これを覚えているか?」


 パン、パパパーン!

 景気の良い音が響く。


「あ、それ!」


「そうだ、俺がリアに成人を祝う時に使ったものだ。この魔法は音を連続で鳴らすだけの初級魔法だが、発動が凄まじく早く、魔力消費もゼロに等しい。しかも、リアが瓦礫から抜け出して攻撃する音もかき消せる。つまり、合図にはピッタリってことだ。」


 今回のプレゼントはレイザーの命ってところか。

 リアが望むものとはいえ、俺たちの幸せの魔法にこんな負の思い出を付け足したくはなかったが。


「あの……アルテ様。」


「なんだ?」


「アルテ様は、本当にレイザーの隙を作り出せるのですか?」


 リアの鋭い目がこちらを見る。よく見れば、鋭さの中に心配してくれる優しい気持ちが見て取れる。そこに覚悟が乗っかった目だった。


 俺は嬉しくなる。

 この質問はリアが現実を直視し、冷静に立ち向かおうとするからこそのもの。楽観的に物事を考えていては出てこない。リアは真に俺のパートナーであろうとしてくれいる。


「当然の質問だな。それを聞いてくれた事が嬉しいよ。」


 リアは沈黙を破らない。

 それははぐらかすのを許さないと言う姿勢。だから、俺もはっきりと答えてやる。


「出来るさ。」


「根拠は何ですか?」


「まず、俺がレイザーより弱いとする根拠についてだが、俺が奴に負けたのは素手での戦闘においてだ。俺が得意なのは剣であるからして、剣を使う勝負となれば話が変わる。」


 事実ではある……だが、素手では勝てないけど、剣でなら勝てると言う論法はひどく幼稚だ。リアも同じ事を思ったのだろう、いささか表情が引きつっている。


「次に、さっきの麻痺毒だ。あの罠でレイザーを倒せれば御の字だが、倒せなかったとしても、あれで奴の動きはかなり鈍る事だろう。麻痺を患っているレイザーならば、勝機はある。」


 これに関しては、ある程度説得力があるのではないだろうか。おそらくレイザーは部下を先行させるから、爆発と落石によるダメージは与えられないだろうが、土煙に混じる麻痺毒を吸引する可能性はそれなりにある。リアの顔もさっきよりは納得した感じだ。


「最後に、リアの命がかかっているのだから、絶対に俺は負けない。必ず隙を作り出してみせる!」


「……なんですかそれ。遊びじゃないんですか―――」

「ああ、遊びじゃないからな。」


 俺はリアの言葉を遮った。


「ぶっちゃけ、最後のが一番大事なんだよ。遊びじゃないんだ、リアの命がかかっている。だから、絶対に失敗はできない。これは覚悟なんだ。覚悟のある奴とない奴では、絶対に覚悟のある奴が勝つ。」


 これは嘘じゃない。

 命のかかった戦いにおいては気持ちが大きく戦況を変える。俺は覚悟の決まった奴の強さを嫌という程見てきた。


「……分かりました。」


 リアが渋々ながらも納得した。

 はっきり言って、必ずなんて保証はどこにもない。根拠なんてものは可能性だ。可能性って奴は絶対じゃない。だから、可能性で絶対を説明しろと言われたって完全にはできっこない。


「よし、今度は逆に俺の方から一つ良いか?」


「……なんですか?」


 俺の改まった態度にリアが重苦しい返事を返す。


「俺の合図があるまでは、絶対に出てこないと約束してくれ。」


「分かっています。」


「本当に分かっているのか? 負けそうになったからって出てきたらダメだぞ。例え死にそうになってもだ!」


「うっ……わかったますよ。」


「おい、目が泳いだぞ! しかも、言葉がおかしいじゃないか。」


 俺はリアの両肩を掴んで、真っ直ぐに目を見つめる。このままではダメだ。こんなあやふやな信頼関係のままでは、俺たちはきっとこの局面を乗り越えられない。


「リア、良いか。

 この作戦はリアが俺を信じてくれないと成り立たない。リアが俺の足を引っ張って飛び出してきた時点で負けてしまう。」


「アルテ様……。」


「それに、俺が安心して戦えなければ、全力を出せなくなる。そうなれば、レイザーを倒すことは難しい。俺はリアの為に強くなれるが、弱くもなるのだ。」



「…………。」


「それに……俺たちは結婚するって言っただろ。だったら、俺たちはもっと先の関係に進まなくちゃいけないと思う。」


「先の関係……?」


「そうだ、お互いを心から信頼しあえるパートナーにならなければいけない。俺はリアを信じる。絶対に裏切らないと決めた。リアもどうか俺を信じてくれ。」


「あ……う……アルテ様。」


 リアの中に逡巡が見える。

 それは当然の反応。これまでの安っぽい半ば上部ばかりの信頼とは違う。本物の信頼を求めている。俺だって本音を言えば、まだリアをそこまで信頼できていない。逆の立場になれば、なりふり構わずに飛び出してしまうと思う。


 だからこそ、努力するのだ。

 ここで、一緒に、レイザーを倒して生きる為に。


 少しの沈黙の後、リアの目が座ったのがわかった。覚悟を決めてくれたらしい。


「アルテ様、わたしアルテ様を信じます。合図があるまで決して飛び出したりしません。」


「ありがとう。」


 俺はホッと胸をなでおろす。ただの口約束と言われればそれまでだが、この重みを伴った言葉は信じるに値するだろう。後は精一杯、俺が役目を果たせばいい。


「でも、アルテ様。」


「ん?」


「もし……もし、アルテ様が死んでしまったら、その時はわたしもその場で喉を切って死にます。覚えておいてくださいね。」


「…………。」


 本気の目だった。

 あの凄味のある目。深淵を覗いた者だけが持つ有無を言わさぬ瞳がそこにあった。


「言っただろうが、絶対に勝つって!」


「はい!」


 良い笑顔でリアが頷いた。

 もとより負けられぬ戦ではあるが、更なる覚悟が加わった事を喜ぶべきだろうか。俺は何とも言えない気持ちになった。ともかくこれでやれる事は全てやった。人事を尽くして天命を待つといったところか。

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