第18話 決意

 ズシャッ――――!


 俺の身体は、これまでで一番激しい衝撃に貫かれて動きを止めた。


「リア無事か!」


 痛みに呻くことも忘れて、リアの様子を確認する。

 顔は血まみれ、髪の毛にも血がべっとりとついている。切られたのだろうかと思って、傷口を確認するも存在しない。返り血だった。骨も折れていない、擦り傷は幾らかあるが、大丈夫だ。問題ない……間に合った――――ホッと胸をなでおろす。


「あ……アルテ様がっ、アルテ様っ!!」


 リアが俺を悲痛な目で見つめる。

 リアの頬から手を引くと、血がべっとりと糸を引いた。……血まみれなのは俺だった。


「……っぐぅ。」


 意識を自分の身体に向けると、突如として襲い来る激痛に声を漏らす。

 右腕は完全に折れているし、背中にはぱっくりと切られた傷口が開いて血を流していた。しかも転げ落ちるときに負ったであろう全身打撲の跡まである。


 慌てて、自分に回復魔法を展開しようとするも、痛みで集中できない。

 ハッキリ言って生きているのが不思議なレベルの傷だ。崖が傾斜を描いており、転がり落ちてダメージを分散させたことは幸運だったとはいえ、致命傷である。精神力だけで動いていたような状態だった。


「はぁ……はぁ……。」


 薄れゆく意識に鞭をうって、何とか呼吸を整えようとする。集中……集中するんだ。今死んだら意味がない。リアは再びここで死を迎えることになる。俺の使命は終わってはいない。ここで死んでは…………。


 次の瞬間、痛みがスーッと引いていくのを感じた。

 俺はまだ回復魔法を発動していないというのに、どうして……と思ったら、リアが回復魔法を発動していた。俺の記憶では、リアの回復魔法は初級クラス。とてもこんな致命傷をどうにかできるレベルには無かった。きっと俺の知らないところで、たくさん練習したに違いない。


「頑張ったのだな……リア。」


 集中しているのだろう、リアは返事をしない代わりにニコリと笑った。

 たったそれだけの事で、胸が高鳴ってしまう。治療が途中だが、どうしようもない気持ちになってリアを抱きしめる。


「あっ、アルテ様、まだ途中……。」


「ダメだ、どれだけ心配したと思っているんだ!」


「ごめんなさい……。」


「バカリア! 大バカリア!!」


「そんな、変な名前みたいになってますよ……。」


「うるさい、バカリア!」


「ううっ……、また……。」


 リアは観念したのか、抱擁を受け入れて俺の腰に手をまわした。

 温もりが広がる。柔らかな臭いに包まれて、周りの醜悪な何もかもが隔絶されていく。どんなところでだって、リアがいれば、それだけで良いんだ。リアがそれを俺に教えてくれる。


「心配したんだ……。本当に、心臓が止まるかと思うくらい。」


「ごめんなさい……。」


「嫌だ、許してやらない。勝手にどっかに行くなら、もう絶対に離すものか。」


「はうぅ……。」


 リアは可愛らしく困惑の声を上げる。可愛くても許してなどやらない。この手を離せば、リアはまたどこかに行ってしまうような気がする。


「リア、もう帰ろう。」


「……。」


「この洞窟は広い。うまくやればレイザーを出し抜いて外に出られるはずだ。そうしたら、そのまま街を出てしまおう。すべて忘れて、何もかも捨て置いて。」


「……それは。」


「それで、イルトリスへ行こう。リアの生まれた街を俺に見せてくれ。」


 リアが言葉に詰まる。欲しい返事を返してくれない。ついさっきまで一緒に行くと言ってくれていたのに。


「……リアは俺の事が嫌いになったのか。」


「違います!」


 リアが強い口調で否定する。

 知っている。リアが俺を本当に好いていてくれること。いつも俺の事を気遣ってくれていたこと。嬉しそうに俺の食事を作り、楽しそうに俺の隣を歩き、安心したように俺の隣で眠る。そんなリアを見て、俺も嬉しくて、楽しくて、安心したんだ。あの日々が、嘘だったとは思えない。だからこそ、俺はここに居る。


「わたしはアルテ様の事が好き―――――んっ」


 熱を帯びる唇にキスをした。

 リアに抵抗の意思はない。そのまま瞳を閉じて俺に身体を預けた。

 誰もしゃべらない。静かな闇の中で、確かな温もりがそこにあった。世界が闇だとしても、俺の光はここにある。光が照らしてくれるからこそ、俺は俺でいられるんだ。


「もう……そういうのずるいです。」


 しおらしくなったリアが照れ臭そうに言う。リアを全身で感じて、少し落ち着きを取り戻した俺は腹をくくる。俺の希望ばかり言っていても仕方がない。


「もう、嘘もごまかしもやめよう。教えてくれ……リアはどうしたいんだ?」


「……アルテ様。」


「遠慮も無しだ。悔しいが、俺はリアがいないと生きて行けそうもない。何をするにも一緒だ。もし、俺の事を心配して復讐を諦めてくれるのなら、それが一番いい。けど、そうじゃないんだろう? リアが一人でここまで来たのはなんでだ?」


「それは……そうですが。これはわたしのわがままです……わたしのわがままでアルテ様に迷惑をかけたくないです。」


 バチンッ!

 俺はリアの額にデコピンを叩き込んだ。


「痛いです……アルテ様。」


「リア、俺の心の痛みを知れ。その言葉はな、他人である貴方には関係がないので、迷惑はかけられませんって意味だぞ。そんなデコピン程度の痛みじゃないんだ。」


「……ごめんなさい、でも。」


「もう一発欲しいのか?」


「はうぅ……ごめんなさい。」


「俺はリアが好きだ。リアは俺の事は好きか?」


「そんなの……当たり前です。大好きです。」


「なら、俺たちは……そのなんだ……こ、こ、こ、」


「こ、こ、こ?」


 ニワトリの真似事みたいになっていて恥ずかしい。復唱されるとなおさらだ。ここで照れている場合じゃないな……。


「恋人! ……なんじゃないだろうか。」


「恋人……。」


 リアが目を見開いて驚き、頬を染める。そこに悪感情は読み取れない。俺たちの関係を客観的に見た状況を言い表しただけなのだが、お互いに恋人であるという認識が無かったために恥ずかしくなる。


「ってことはだ。いずれ、俺とリアは……結婚して家族になる。」


「家族……。」


 強引な話だ。恋人だから、必ず結婚するというわけではない。

 だが、家族というワードにリアが反応する。そこに、様々な感情がよぎっているのが分かった。リアにとって家族は大切なものだ。俺もリアの家族になりたいと思っている。


「そうだ、家族だ。家族は他人なのか?」


「家族は……家族です。」


「そうだ、家族は家族だ。他人じゃない。」


 俺はここで言葉を一度区切った。


「よし、もう一度聞くぞ。リアはどうしたい?」


「……………………レイザーを殺したい、です。」


 復讐したいという言葉よりも直接的な言葉が出たことに少し驚く。

 だが、それだけじゃ足りないだろう。リアには先を見て欲しい。この場を乗り切るためにもそうだが、これから先を生きる為にも必要な事だ。


「それだけか?」


「えっ……?」


「違うだろ。レイザーをぶっ殺して、一緒にイルトリスに行って幸せに暮らすだろ!」


「あ、はい、そうですね! わたし、アルテ様と結婚したいです。」


 良い笑顔でうなずいてくれる。結婚したいとリアに言われると照れる。自分で言いだしたことだが、リアも考えを同じくしてくれるとたまらなく嬉しくなる。よくよく考えると、これはプロポーズってことになるのだろうか。説得するための方便のつもりだったのだが。


「よし、腹は決まったな。」


 何にせよ、どうするかは決まった。

 あとは…………。

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