第14話 はじめてのギルド

『領収証 アルテッサ様 金貨2,807枚 ご飲食代として

ギルド経由にて上記の通り領収いたしました。 神の舌トングルーエ』


翌朝配達された1枚の紙きれ。

それを見て、俺は眩暈がした……。


「え、なにこれ……」


昨日のレストランの領収証。問題はその金額。

それは一般の生涯賃金をはるかに超えて、数人分に達しており、そこそこの家を新築で買えてしまうくらいの金額だった。下手したら、今借りているこの家ですら買えてしまうかもしれない。さすがにこの家は新築では無理だろうけど、少し痛んだ現状なら余裕で射程圏内だろう。


つまるところ……


「ちょっと使いすぎたな……」


とは言え、後悔はない。

リアの成人祝いなのだから、金額なんかにケチをつけるつもりはない。トングルーエは最高の時間を提供してくれた。そのおかげで、リアの幸せそうな笑顔が見られた。


ちなみに内訳を見てみると、2割が飲食費で、8割がリアの振袖だった。

そういえば、リアには振袖をプレゼントしたのだった。あれは綺麗だったな。振袖と言えば、そもそもが高級品。そして、その中でも選りすぐった最上の品なのだから、金額も最上級と言うのはうなずける。内訳をみて領収証の額に納得してしまった。


きっと、リアは値段のことなど知らないだろう。

そんなにも高い物だと知ったら、きっと意地でも着ないと言い張ってしまうだろうから。あの店ではいちいち値段の話などしないし。しかも、俺が最高の品を好きに選べと言っているのだから、なおさら値段の話をするのは無粋だ。


……リアは知らないままの方が良いな。


とは言え、金がない。

これは由々しき事態である。


金が無ければ、生きていけない。

金が無ければ、飯は食えず、家に住めず、服を買えず、靴も買えず、本も買えない。

金が無ければ、病になっても、医者に診てもらう事はおろか、薬も買えない。


金が無ければ、人づきあいはできない。

付き合いは出費だ。外食、買い物、祝い事、贈り物。金が無ければそれらはできない。

結果、心が荒み、嫉妬に燃える。不安に蝕まれ、悪事にも手を染める。


何より、金が無ければリアを幸せにしてやれない。

金があるだけでは幸せになれないが、金が無ければ幸せにはなれない。

悲しく世知辛い因果である。



……いや、まあ、本当に無いわけではない。

多少心許ないが手持ちはまだ幾らかあるし、ギルドには特別預金もある。

特別預金と言うのは、高ランクの冒険者向けの定期預金で、一定額を一定期間預けると高い利息が付くと言うもの。ギルドの資金調達の一環だ。利息は預ける金額と期間によって変わる。


俺はその特別預金でかなりの額を預けていた。

満期になるまであと一ヶ月と言ったところ。ちなみに、途中解約はできるが利息は付かず、違約金をとられてしまうので、できれば満期まで待ちたい。特別預金の解約は最後の手段だな。


……とまあ、深刻そうに話したが、実は大した問題ではない。

何故なら、その莫大な預金を作ったのは俺なのだ。要するに俺が稼げばいいだけの事。だから、ギルドに行っていくらか実入りの良い仕事をすれば、問題は無いだろう。


一番の問題は……。



「リア、俺はギルドに行く。今日は留守番――――」

「わたしも行きます!」


分かっていた、リアは黙って留守番などしやしない。

俺とて遊びに行くのであれば、喜んで連れて行ってやる。

だが、ギルドに行くのは遊びではない、仕事をこなしに行くのだ。

とは言え、それを正直に言うわけにはいかない。何故、仕事をしなければいけなくなったのかという所に繋がってしまう。


「いや、大した用事ではないから留守番していてくれれば良い。面白くも無いだろうしな。」


「なんですか、それ。わたしはアルテ様と一緒ならどこでも楽しいですよ?」


「うっ、本当に大した用事ではないから……大丈夫だ。」


リアの可愛らしい返答に思わず言葉が詰まる。可愛いからこそ、連れていけないのだが……。


「……アルテ様、何か隠していますね。」


リアが怪訝な視線を俺に向けてくる。自分でも分かる程に、言葉に詰まっていたのだ……リアが受ける違和感は想像以上だろう。もともと、リアは勘が鋭いのだから、気づかないはずがない。


「いや、隠してなど……」

「いますよね!」


リアが俺の消えそうな語尾を補完するように、強い口調でまくし立てる。


「うっ……。」


「じぃ―――――」


怪訝な視線はピークに達し、口からも漏れ出る始末。いや、それはそれでとても愛らしくはあるのだけれど……。


「はぁ……分かった。正直に言う、金が減ってきたのだ。ギルドに行って依頼を受けてこなければいけない。」


「やっぱり……。」


「いや、違うんだ。それだけじゃない。そろそろ、そういう時期だったのだ。」


「……じゃあ、なんで隠すんですか。」


「いや、それは、えっとだな……すまん。」


「いえ……わたしの方こそ、ごめんなさい。」


俺とリアが連鎖的にしょぼくれる。けれど、リアは落とした視線を上げて、俺を見つめる。泣きそうな瞳で唇をかみしめていた。そして「でも―――」と言葉をつづける。


「優しい嘘は、やめてください。」


真っすぐに射抜かれたような気がして、本当に言葉が出なくなる。

その言葉は、亡き両親との想い出から来ているという確信が胸を突いた。リアの両親は最後まで、リアの事を案じていたと聞く。きっと、たくさんの優しい嘘でリアを守ってきたのだろう。けれど、最後は……。


「分かった、すまなかった。昨日の飲食代で結構金が減ってしまったのは事実だ。」


俺は頷き、リアの目を見てハッキリと、確かな言葉を口にした。リアはそれを汲みとると微笑んだ。自然と手が伸びて、リアの頭を撫でていた。


「さて……、では、俺はギルドに行ってくるよ。」


「わたしも行きます!」


……何故だ。最初と全く流れが変わっていないのだが。


「リア……遊びではないのだ。」


「分かっています。だから、お手伝いさせてください。」


「嬉しいが、気持ちだけでは金は手に入らない。

仕事を達成するためには、相応の実力と言うものが必要になる。」


「わたしでは、まだアルテさまの役にたてませんか……?

毎日、あんなに頑張っているのに、わたしはそんなに弱いのですか?」


「う……いや、そんな事は無い!

リアは強いぞ……その辺の冒険者なんかよりもずっと、だが、そのな?」


「では、行きましょうアルテさま!」


最近、この流れがお決まりになっている。

この流れに飲まれて、しかも慣れていく自分が少し悲しい。

というか、これも優しい嘘に入るんじゃないのだろうか?


それに、俺がリアをギルドに連れて行きたくない理由は他にもあった。

それは足手まといだからと言う理由ではない。実力だけで言えば、リアは本当に初級冒険者の域を超えている。慢心せず、適切な依頼を受ければ、不足なくこなせるだろう。


俺が心配しているのは、リアが実戦経験を積むことについてだ。

ギルドの依頼には魔物の討伐や、素材の採集と言ったものがある。


たとえ相手が魔物であっても、命を奪うという行為は本物だ。

普段は何とも思わない生活の営みでしかないが、

今の俺には、それがリアの復讐への道に通ずるような気がして怖かった。


とは言え、金が無くてはどうしようもない。

魔物を狩ることなど、冒険者の誰もがやっている事である。

俺の考えは杞憂でしかないかもしれない。

そもそも、リアの自立を考えるのならば、稼ぐ手段くらいは教えておかなければならないだろう。

そう考えて、俺はリアの同行を許した。


リアは俺が選んだワンピースとジャケット姿で颯爽と街中を歩く。

すると、あっという間に視線が集中する。亜人だからというのもあるだろうが、リアの美しさ可愛さは尋常ではない。俺が贔屓目に見ている事は認めるが、それを差し引いてもレベルが高いと思う。加えて今日の服装だ。鼻歌交じりにスキップする様な足取りのリアは、気にした風もないが……。


「リア、少しゆっくり歩け。」

「―――?」


小首をかしげるリアの仕草が可愛い。

だからこそ、注意せねばなるまい。


「……裾がめくれるのだ。少し気を付けろ。」


リアは笑って頷いた。

次は絶対にズボンをはかせよう、これでは心労が絶えない……。


目指す冒険者ギルドは、街の中枢にある。

ギルドに近づくにつれて、街並みはどんどんと華やかで活気の溢れる姿を見せた。

多くの通行人が行き交い、両脇には色とりどりの店が立ち並ぶ。

様々な商店に、様々な飲食店、何だかよく分からない店も入り混じる。


商店では品定めをする客や、難しい顔で店主と交渉する客。

カフェでは楽しそうに食事を楽しむ客、バーでは昼間から酒をかっくらう客まで。

まさにカティスの繁栄ここにありと言った感じだ。


リアは瞳をキラキラと輝かせてはしゃいだ。

俺ですら心躍るのを抑えられない景色、リアの興奮も致し方ないだろう。


「仕方がないな。せっかく来たのだ、少し見ていくとしよう。買わなければ金は減らないからな。」


俺の言葉でリアは、興味のある店へと足を揚々と踏み出した。

服屋、靴屋、雑貨屋、金物屋など。次々に湧き上がる好奇心で、リアは俺の手を引いていく。

俺もそんなリアの様子を見ながら、ウィンドウショッピングを楽しむ。

買ってやれたら良かったが、今はあまり散財できない状況。


リアは魔法店にも興味を持った。

ここは魔道具を取り扱う一方で、魔術書なども取り扱う店。

棚に広がる魔術書を見て、リアが歓声をあげる。

思えば、リアが魔術書らしい魔術書を見るのはこれが初めてだった。

魔法に随分と精通してきたリアだが、主に俺の口頭と実技によるところが大きい。

普通は魔術書を読み解きながら、訓練をすすめるもの。

そんな事もあってか、リアは興味津々で魔術書に没頭し始めた。


俺はリアが魔術書を読んでいる間、店内を見て回る。

さして広くない店内、少しくらいリアの側を離れても問題はないだろう。

魔術を学ぶためのブースには、他にも杖やローブなどが陳列されている。

なるほど、ここに来れば魔法使いとして一通りのものが揃うようになっているのか。

品質もまずまず、高い物は当然として、安い物でも価格の割には品質に妥協が無い。

先ほどの魔術書のラインナップも悪くない、ここは中々の優良店と言えるだろう。


魔法使いの為のブースから少し離れて、一般向けの雑貨が並ぶ。

いずれも魔法の力が込められていて、特殊な効果を持っている。

飲み物を冷やすコップなどの実用品から、絵が動き続けるタペストリーなどの装飾品まで。

実に多様なもので、見ていて楽しくなる。


ただし、魔法の道具と言うものは、とてつもなく高価。

とても一般庶民が手を出せるような類のものではない、この店に魔道具が陳列してあるのは店主の趣味か、もっぱら客寄せの為だけの目的で売れなくても構わないと言った目的のものかもしれない。

その証拠に、価格設定は非常に強気で、しっかりとガラスケースに収納されており、客が触れられないようにしてある。教材のブースとはまるで別世界だ。


こうした魔法の道具は、魔鉄を使っているものが多い。

ちょうど今みている品も魔鉄を使った光を放つ照明用の魔道具だった。

魔鉄はリアの両親の死に深く関係している。未精製の魔鉄は人を侵す。


しみじみと魔道具を見ていたら、アルタイルの刻印が目に入る。

リアの両親を奴隷として使役し、死に追いやったアルタイル商会の品だ。

小さな小物入れで、天板から上の空間に星々が浮き上がり、ゆっくりと流れていく。

星々の瞬きは美しく、見る者を幻想に誘うだろう。

とても丁寧なつくりで、価格は良心的ときている、客観的に言えば良い品と言える。


何も知らなければ、リアと出会わなければ、素晴らしい品だと賞賛しただろう。

だが、今の俺は、この品の全てに激しい嫌悪感を覚えた。


小物入れから視線を外すと、美しいリボンの髪留めが目に入った。

紫色の細いリボン、リアの銀色の髪に良く似合いそうだ。

七色羊と呼ばれる魔物の毛を編み上げて作ったもので、魔鉄は使われていない。

しかも、イルトリスで作られたものだと書かれているではないか。

これをプレゼントしたら、リアはきっと喜んでくれるに違いない。成人のプレゼントを結局贈れていなかったから、ちょうどいいな。懐事情が気になるが買えない事は無い、減ったものは稼げばいいのだ。


しかし、特殊効果を見て手が止まる。

それは、寝ぐせなどの乱れた髪を魔法の力で隠すというもの。

清楚で上質なリボンでありながら、真逆の性質を持っているとは恐ろしい。


こんなズボラご用達の様な品をリアに送ったら、大変なことになりそうだ。

いつも、俺が髪を洗って、拭いてやらなければ、雑にしてしまうのだから。

リボンがあるのを良い事に、ズボラを加速させてしまう。


……いや、まてよ。

これは人族用の魔道具、寝ぐせを幻影で隠すというのなら、あるいは……。


俺は店主にそれを確認して、リボンを購入した。

随分と目減りした所持金だが、後悔はない。

このリボンはリアの将来に必ず必要なものになる。


リアの喜ぶ顔を思い浮かべながら包みを受け取った。

別料金で特別に包装してもらい、そのままだとバレてしまうので適当な袋でカムフラージュしてもらった。ギルドで依頼を終えたら、ご褒美とでも言って渡してやろう。そんな俺の心をよそに、リアは今なお熱心に魔術書を読みふけっていた。


「リア、その辺にしておけ。もう昼時だ。」


「あ、はい、アルテさま! あれ、それは何ですか?」


「秘密だ。後で教えてやる。」


「むーっ!」


俺たちは、適当に昼食を済ませて、冒険者ギルドに訪れた。

本当のことを言えば、午前中にギルドを訪れておきたかったが。


ギルドのある一角は、それまでの商店立ち並ぶ中央通りとは一線を画す。

この区画にあるのは冒険者ギルドの他に、役所や商業ギルドなど。

街の運営を担う組織がずらりと並んでいる。

当然、この冒険者ギルドも街の運営を担う重要な役割を負っている。


“冒険者よ 万人の良き隣人たれ”

それが冒険者ギルドの精神。

簡単に言えば、街の何でも屋さんと言ったところか。

役所をはじめ、他のギルド、果ては個人まで、様々なところから依頼が持ち込まれる。

それらを解決して、街に貢献していくのがギルドのあり方だ。


そして、冒険者はそんなギルドに属し、依頼を達成することで対価を得る。

ギルドに所属する事は依頼を得るという以外にも様々なメリットがある。

冒険者としての階級が上がれば固定給ももらえるし、

ギルドが身分を保証してくれる上に、依頼中のトラブルにおいては仲介役にもなってくれる。


いいことづくめのようにも思うが、デメリットもある。

それはギルドのルールに縛られること。

依頼は階級に応じて一定数を毎月こなさなければならないし、

ギルドが発令する緊急招集令には、絶対に応じなければならない。

他にも、あまりに素行が悪かったりすると除名されることもある。

いずれにせよ、きちんと依頼をこなし、あまりに無茶な事をしなければ取り立てて問題はない。

だから、ほとんどの人がギルドに所属して冒険者になるのである。


ギルドの扉を開けて、中に入る。

午後のギルドは人がまばらだった。


「アルテさま……、なんだか思っていたより人が少ないんですね。」


リアが素直な感想を述べる。


「依頼は早い者勝ちだ。だから、朝以外はこんなものだ。

今いるやつらの大半は、もう依頼を終えて報告に来ている手合いだろう。」


「ええ?じゃあ、もっと早く来た方が良かったんじゃ……。」


「その通りだ、誰かがさんが偉くはしゃいだので、時間をくったな。」


「アルテさまだって、絶対はしゃいでました!!」


「俺は高ランク冒険者だから、良いのだ。

高ランク冒険者しか受けられないような依頼は、この時間でも大体残っている。」


「むー……、なんだかずるいです。」


リアのすねる顔を横目に依頼表に目を通していく。

確かに俺が受けられる依頼は多いが、難しい依頼を受けるつもりはない。

難しいという事は危険も付きまとうという事。

リアがいるのに、そんな危ない事をするわけにはいかないのだ。


依頼表は、ギルドの入り口付近のボードに張り付けられている。

ここから好きなモノを選んで、受付に持っていくと受理してもらえる。

これまでの功績から考えて達成が危うかったり、適性が無いと判断されると

稀に断られることもあると聞く。幸いな事に、俺にそのような経験はない。


依頼表には、魔物の討伐、植物の採集、護衛任務、荷運びなど雑多な依頼が並ぶ。

簡単な依頼も残ってはいるが、割に合わない作業量の本当に安い仕事だった。

やはりこの時間の依頼表には、残り物たるゆえんがある。


その中に、いくつか危険な依頼を見つける。

紛争地域への護衛、盗賊の討伐、不法占拠者の掃討などなど。

こういった依頼はあまりリアに見せるべきではない。

とりあえず、受ける依頼は俺がさっさと見繕ってしまうおう。


「リア、適当なものを見繕って持っていくから。

あっちで座って待っていてくれないか。」


「……。」


「リア?」


「あ、はい、すみません。」


呼んでもすぐに気づかないほどに、リアは依頼表をじっと睨んでいた。

何を見ていたのかは分からないが、嫌な予感がする。

俺はリアの視線を遮って、強引に休憩スペースの方へとリアを追い出した。

リアは不満そうだったが、とりあえず何かを言う節は無かった。


改めて依頼表を見る。

難しい依頼を避け、危険な依頼を避け、生き物を殺める依頼を避ける。

消去法で受けられる依頼は1件しかなかった。


それは薬草の採集。

至極簡単な依頼ではあるが、残っていたのにはやはり理由がある。

報酬が恐ろしく安い、これは安すぎる。

ギルドに薬草を渡して報酬をもらうよりも、

道具屋や薬屋に売り付けたほうが高い値が付く、そんな依頼だ。

この依頼を出したやつは、相当に世の中の事を知らない愚か者なのであろう。


だが、俺には好都合だ。

実のところ、俺は受ける依頼は何でも良かった。

と言うのも、最高峰であるSランク冒険者の俺には固定給が出る。

その条件と言うのが、月間一つの依頼達成というゆるいものだからだ。

俺はこの依頼を達成すれば、報酬の他に高額の固定給を手にする事ができる。


不思議なシステムだと最初は思った。

だが、これはある種の契約料の様なものだと考えると納得がいった。


高ランクの冒険者ともなると、ギルドに属さずとも仕事には困らない。

確かな実力がある上に、積み上げてきた実績がある。

そこに至るまでには様々な人脈が作り上げられる。

そうしてギルドから独立する土壌が整ってしまえば、ギルドにいる必要は無い。

ルールに縛られるのを嫌って、皆さっさとギルドを離脱してしまうのだ。


それを少しでも防ごうという苦肉の策が、固定給制度ということ。

月に一回、顔を出して依頼を達成すれば、それなりの額が貰えるとあれば悪くない。

野心のない者は、それでギルドに腰を落ち着けてくれるという算段。俺もそのクチだ。


顔さえ出しておけば、それなりの額が貰えるとあれば悪くはない。

だが―――


「嫌です!」


リアは俺が選び抜いた依頼を突っぱねた。

分かっている。何を反論してくるかは、分かっているのだ。


「討伐依頼が良いというのだろう?」


「ですです!」


「ダメだ! 何故か分かるか?」


「アルテさまが、ケチで心配性だからです。」


「ケチは余計だ!」


だが、今回は引くつもりはない。

やはり、討伐の類は、相手が魔物であってもリアにやらせたくはない。


俺はリアを強引に説得した。

納得しないなら、このまま家に帰るつもりであるし、

後日、リアを留守番させて、俺一人で依頼を片づけるだけの事である。

俺の態度が揺るぎないと見るや、リアは渋々ながらも納得した。


「まあ、そうむくれるな。

今日はリアが冒険者になる日なのだから。」


「え、わたしがですか!?」


「何を驚くことがある? リアはもうしっかりと実力を備えているのだから、当然だ。」


「いえ、そうではなくて、えっと、そうではあるのですが……わたしは奴隷です。」


「なんだ、奴隷が冒険者になれないことは知っていたのか?

だが、リアは公的に見れば、自由市民だ。ほら、この通りに証書もある。何の問題もないではないか。」


胸の内ポケットから、リアの自由市民の証書を出して見せてやった。

これは俺がリアを助けた日に、対価として受け取ったものだ。リアは一転して、嬉しそうな顔を見せた。


「どうだ、少しは元気も出ただろう?」


「はい! アルテさま、大好きです!」


なんとも現金なやつだ。

だが、この反応を楽しみにしていた俺も俺である。


そのまま、二人で受付に行き、依頼表を提示する。

対応したのは、懐かしい顔ぶれの受付嬢だった。

名前は、確か―――なんだったか、忘れたな。


「おー!テッサさんじゃないっすかー!」


「あ、ああ、えっと……お久しぶりです。」


「ふぅーん、あっしの事忘れるくらいにお久しぶりっすねー!

あっしの名前はルーナっす、今度はちゃんと脳みそにすり込んどいてほしーっす。」


「はは、善処するよ。」


さすが、冒険者ギルドの受付嬢。

荒っぽい冒険者に負けず劣らず、元気で察しが良い。


「てか、珍しいっすねー?

テッサさんが一人じゃないなんて珍事っす。

しかも、奴隷と一緒とかマジでびっくりっすね。女に目覚めたっすか?」


リアを見るなり奴隷と言ってくるルーナに少し苛立ちを覚える。

とは言え、俺も奴隷としてリアを迎え入れている以上は何も言えない。

カティスでは亜人と見れば、まず間違いなく奴隷であるのだから仕方がなくもある。


「彼女は自由市民です。

今日は依頼をうけるのと、彼女の冒険者登録をしようと思ってね。」


俺がそう言うと、ルーナの顔色が変わる。


「給料泥棒の方はおーけーっすけど。

亜人の登録はうけつけられねーっす。」


「なぜだ、証書もこの通りにあるぞ。規定上は問題はないはず。」


「そーなんすけど……、うちもここ数年で色々あったんすよ。

だからもうしわけねーっすけど、うけつけられねーです。」


「なっ―――、なんですか、その言い分は!!」


「わ―――――ッ、怒らねーでください!

あっしみたいな下っ端にはどうしよーもねーんですー!」


釈然としない返答に苛立つ。

確かに末端の受付嬢に、ギルドの決まりに対する権限はないだろう。

だが、これではあまりにひどいではないか。ルール上は良いはずなのに。

さっきまで喜んでいたリアの顔が、淀んでしまっている。


「汚いものを見せないでくれるかな。」


汚いボロ切れが、リアの頭にかぶせられて尖った獣の耳を覆う。

リアの頭を抑え付ける様に、ぼろ切れを押し付けて、男が割り込んできた。


「なっ、おい、その手を離せ!!」


俺は男の手を払いのけ、胸倉をつかんで睨みつけた。

眼鏡をかけたほっそりとした優男だった、

顔にはリアを見下すような嫌な笑みが張り付いている。

優男は俺が掴みかかっているのに、全く動じる事は無い。


「君は随分と乱暴者なようだ。僕がギルドマスターだと分かっているのかな?」


「おまえがギルドマスターか! どうして、リアが冒険者になれないんだ。」


「分かり切った事を聞くね。

亜人だからさ、奴隷のような卑しいゴミを冒険者になどできるはずもないだろう。

冒険者は人間でなければいけない、君も良く知っているはずだ?」


「ふざけるなよ。

リアは立派な自由市民だ。ギルドマスターならルールを守れ。」


「分かっていないようだ。

僕がギルドマスターだから、僕がルールだ。

それにルールで言うならば、ギルドは冒険者に適さない者の登録を拒むことが出来る。」


「リアが不適格だとでもいうつもりか?」


「もちろんだとも。

ゴミであることを恥じることなく、その汚らしい耳を露にして

僕のギルドを闊歩するような振る舞いは風紀を乱す。不適格だ。

さあ、そろそろ手を放してくれ。さもなくば、君も冒険者でなくなる。」


「このやろ―――――!?」


殴りかかろうとした瞬間、身体が宙を浮いた。

そのまま天地が逆になり、訳も分からぬまま激痛が身体を襲う。

地面にたたきつけられた……のだろうか。

高い位置から男の見下す冷たい目が俺を刺す。


だが、痛みよりも怒り。俺は男が許せない。

再び殴りかかろうとするが―――


「やめて!」


リアが声を上げた。

反射的に動きを止めてリアを見る。

リアは払いのけられて床に落ちたぼろ布を拾い、

あろうことか、自分の頭にかぶせた……。

そして、悲しい笑顔を見せて、俺に微笑んだ。


「やめてください……。

わたし、大丈夫ですから、ほら、こうしたら耳見えないですから。」


「リア、何を馬鹿な事を!」


「ほう、感心な事だ。ゴミが、ゴミであることをきちんと自覚したか。」


「―――っ!? このっ!!」


「アルテさま!」


リアの懇願するような瞳が俺を止める。

自分のせいで、俺に迷惑をかけたくない……そう顔に書いてある。

かまうものかと思ったが、これ以上はリアが泣いてしまいそうだった。

……また、俺の代わりに泣かせてしまうのか。


俺は魔法店の袋から、リボンの入った包みを取り出す。

丁寧な包装を乱暴に破り捨てる、リアを喜ばせるための綺麗な包装が今は煩わしい

ぼろ布を奪う様に掴んで地面に叩きつけ、紫色のリボンで髪を結んだ。


すると、狙い通りにリアの獣耳は、リボンの特殊効果で消えた。

その姿は、どこから見ても普通の人間だった。


こんなはずではなかった。

もっと大切に、幸せな気持ちでリアに送ってやりたかったのだ。

…………ただただ、それが悔しい。


「……これで、文句ないだろ?」


「勘違いしているね?

君は僕に乱暴を働いた、これは除名するに足る不始末なわけだが。」


「好きにすればいいだろう!」


「ハハハ、まあいいさ、許してあげよう。

僕は寛大だ、その寛容な精神で君を許してあげよう、ついでに、そっちのゴミもな。

君は高ランク冒険者のようだし、ゴミがゴミを自覚して僕の為に働きたいというのならばそれも悪くないさ。」


「…………。」


「ただし、今後一切そのリボンを外すことは許さない。

ギルドの外でも、だよ。そうしてきちんと分を弁えるのならば飼ってやる。

ただし、ギルドの後ろ盾も、昇格も期待するなよ。」



最悪な気持ちでギルドを後にした。

結果だけ見れば当初の予定通り、

依頼を受けて、リアを冒険者として登録することが出来た。


リアを冒険者にするかどうかは悩んだ。

ギルドの後ろ盾も、昇格も無いというのなら、ギルドに所属する意味はない。

だが、ギルドは世界規模の組織、カティスを離れれば、きちんとしたギルドのルールが適用される。

あのギルドマスターが偉そうにできるのも、カティスの中でだけ。


それに、リアの冒険者になりたいという希望もあった。

だから、今回は煮え湯を飲む形となった。


その代償、リアは耳を隠さなければいけなくなった。

凛と尖った獣耳は、リアが亜人である証拠。

迫害を受ける原因になることが多いが、リアは隠そうとはしなかった。

そこにはリアの亜人としての誇りのようなものが感じられた。


俺は常々、トラブルの元になる耳を隠して欲しいと思っていた。

露出することでリアが要らない傷を負って涙する。

そんな想いをして欲しく無いし、そんなリアを見たくなかった。

だから隠して欲しかった。

だけど、こんな形でリアが耳を隠すことになるのを望んだわけではない。

こんな屈辱にまみれて隠すなんて……。


憤りが肩を震わせる。

抑えきれない程の怒りがとめどなく溢れ続ける。

しかし、当のリアはニコニコと笑っていた。


「バカにされて笑うな!」


俺はたまらなくなって、リアを怒鳴りつけた。

すると、リアは一瞬驚いた顔をして、もっと笑った。

本当にうれしそうだった。


「アルテさま、わたしと同じこと言ってますよ。」


「なっ……あっ。」


俺はハッとする。

かつて、リアが俺に言った言葉。

不甲斐ない俺を見てたまらずに言い放った言葉だった。


「わたしが笑っていられるのは、アルテさまのおかげです。」


言葉が出なくなる。

俺はその気持ちを知っている。


「たしかに、ギルドでの事は、本当に嫌でした。

一人だったら最悪な気持ちで、今も泣いていたと思います。


だけど、アルテさまが怒ってくれたから。

わたしの代わりに、アルテさまが必死になって怒ってくれたから。

冒険者じゃなくなるかもしれなかったのに。


嬉しかったです、それにカッコよかったです。

あんなステキなアルテさまをみたら、嫌な気持ちなんてどっかに行っちゃいますよ。」


リアは一度言葉を区切って、また笑う。

俺を真っすぐに見て、最高の笑顔を見せた。


「だから、ありがとうございます。」


怒りが溶けていくようだった。

あんなに、どうしようもない程の憤りが一瞬で。

まるで魔法だ、リアの笑顔は最高の魔法、どんな魔法だってかなうものか。


「ふふっ、それにリボンも……。」


リアは愛おしそうに、俺が渡した紫色のリボンを撫でた。

その様は、心の底から嬉しそうで、幸せそうだった。


「あーもう、くそっ!! さっさと仕事するぞ、俺の教えは厳しいからな!」


「はいっ!」


「それと家に帰ったら、おまえの耳をいっぱい撫でさせろ!

嫌だって言ってもやめてやらんからな。」


リアは笑って頷いた。

俺も笑顔だった。

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