第10話 乙女心は謎模様

 リアと一緒に外を歩くと注目の的になった。

 当然だ、リアはそれなりに魅力的だから、男の視線を集めるのはこれまでも経験した。

 それに今日の服は西方の民族衣装、物珍しい高価なドレスは男女ともに注目する。

 更に、その珍しい高価なドレスを亜人の少女が着こなしているのだから、

 もう注目されない理由を探す方が難しいくらいだった。


 分かってはいたことだが、これは面倒くさい。

 気持ちが重くなって歩くスピードが遅くなると、リアが俺の手を引っ張った。

 自分の剣が手に入るのが嬉しいのか、リアはとても上機嫌だ。

 引っ張るのは良いんだが、リア……おまえは武具店の場所を知っているのかと問いたい。

 そして案の定、次の交差点で俺に道を聞いてきた。


 家を出てから30分ほどで武具店についた。

 レアノルド装身具と言う何のひねりもない店名。

 もちろんレアノルドと言うのが店主の名前である。


 店名のセンスを裏切らない武骨な造りの店。

 装飾の無い木造の小屋の様な佇まいで、ショーウィンドウには様々な武器が並ぶ。

 店と言うよりは兵士の詰め所と言った方がしっくりくるかもしれない。

 だが、この店は雰囲気の通りに職人気質で、店主の眼鏡にかなった高品質の武具しか置いていない。

 難点はあるが、良い物を求めるならばここが一番だろう。


「女連れのナンパ野郎はお断りだ、失せろ!」


 リアが意気揚々と店の扉を開けるなり、厳つい男がそう言い放った。

 この大きなスキンヘッドの筋骨隆々な男が、店主のレアノルド。

 ……まさか、いきなり出禁を食らうとは思わなかった。

 リアがびっくりして俺の後ろに隠れてしまうと、レアノルドが顔色を変える。


「……む、アルテッサの連れだったか。

 しかしなんだあーおまえ、そんなちっこいべっぴん連れて、頭いっちまったのか?」


「あはは、ご挨拶ですね、レアノルドさん。ちょっと事情がありましてね。」


 ……頭がいかれたというのは、あながち間違っていないのかもしれない。

 かつての俺が、今の俺をみていたら、きっと同じことを思っただろう。

 しかし、それを無遠慮に口にするところは、さすが職人気質のレアノルドといったところ。


「あーまぁ、一流どころのおまえには、色々と事情ってやつがあんだろうけどよ。

 随分とまあちゃらちゃらと飾り立ててやってんな、気に入らねえ。

 上等なもんだってわかんのが、尚更気に入らねーよ。

 これじゃーおまえの慰みもんにしかみえねーよ。なんだナンパ野郎に転身したのか、あ?」


「あはははは……レアノルドさん、それくらいで。」


 知らない仲ではないし、レアノルドは俺の事をそれなりに評価してくれている。

 だが、如何せん思ったことは相手が誰だろうと叩き付ける気質が困りものだ。


「まあいい、そんで今日はなんだ?

 おまえさん、こないだ随分と上等なやつをこさえていったじゃないか。

 ……あ――、まさかおまえ、アレをもうぶっ壊しちまったっていうんじゃねーだろうな!?」


「違いますよ!今日は彼女、リアの武器を見繕って欲しいんですよ。」


「あん?」


 レアノルドが、リアを見下すように一瞥する。

 俺の顔に視線を戻したかと思うと、もう一度リアを見下すように見据えた。


「ガーーーーッハッハッハ!!

 なんだー、このちびっこと冒険者ごっこでもはじめるつもりか!!」


 ちびっこと言う言葉にリアが反応した。

 大柄なレアノルドを前に怯えていたのは既に過去。

 すっと俺の前に出て、レアノルドを睨みつけた。


「わたしはリアだ!きちんと名前で呼べ、筋肉だるま!!」


「うおっ。こいつあー元気なガキだな、おい!」


 目の前で、壮絶な口論が始まった。

 リアはレアノルドを相手に全く怯える事も、引きさがることも無い。

 レアノルドもその気性ゆえに、子供だからと引き下がる事は無かった。

 俺は眩暈がして、その場に倒れこみそうになる。


「だいたい客に向かって失礼だと思わないの!?

 そんな態度で偉そうにして、何様のつもり?」


「ふざけんな、客は俺が選ぶ。

 俺が客じゃねーと思ったやつは客じゃねー、俺は俺さまさまだからよ!!」


「呆れた!子供みたいな返しだこと!

 見た目通りに、頭の中まで筋肉でできているんじゃないの?

 そんなだから、頭もつるつるなのよ、きっと筋肉が脳みそどころか、髪の毛まで追い出しちゃったんでしょうね。

 あー、おかわいそうにー!!」


 見る見るうちにレアノルドの顔がタコみたいに真っ赤に染まる。

 リアには分かるまいが、頭の事を持ち出すのは犯則だ。

 聞いていると胸が締め付けられる。


「んだと、このクソガキが!!言わせておけば、好きかって言いやがって!」


 レアノルドがリアの胸倉をつかみ上げる。

 これはまずい、さすがに俺が止めに入らないと。

 あわてて割って入ろうとするが、リアの勢いは止まらない。


「あんたなんて怖くない!!どうせ殴るしか能がないんでしょう?

 でも、これは私の勝ち!耐えきれなくなって、手を出したあんたの負けなんだから!!」


 リアは勝ち誇った笑みを浮かべ、レアノルドは肩を震わせている。

 手を出そうとすれば、即座にレアノルドを制圧する。

 俺は細心の注意を傾けて、攻撃の体勢をとった―――――だが。


「ガーーーッハッハッハ!すげーぜ嬢ちゃん、気に入ったよ、あー気に入った!!

 亜人にもすげー骨のあるやつがいるもんだってんだ!」


 レアノルドが盛大に笑いだす。

 緊張した雰囲気はもうどこにもない、朗らかな笑顔だった。


「わたしは嬢ちゃんじゃない、リアって呼んでください。」


「ああ、いいぜリア。俺はレアノルドだ。そのくそ度胸は最高だ。」


「レアノルドさんね、分かりました!」


「さんもいらねーよ、リアならレアノルドだけでいい。」


 眼前の急展開に全くついていけない。

 レアノルドとリアが手を取り合っている、何をどうするとそうなるのだ。

 もう俺をそっちのけで、仲良さそうに勝手に武具を選び始めている。

 もとから武具を選びにきたのだから、これで良いはずだが釈然としない……。


「ほー、人を一撃でぶっころせる武器か。リアはおもしれーことを言うな。

 ここにある武器はぶっさせばどれも、一撃でぶっ殺せるぜ。」


「でも、一番威力のある武器が良いです。

 わたしは一度にたくさんの敵を殺さなければいけないかもしれないので。」


「か――――っ、そいつあー浪漫だな、おい!

 なら、これだ、これしかねーよ。うちで一番ごっつい武器だ。」


 レアノルドは、店の飾り棚に立てかけてある巨大な剣を指さした。

 柄は大人3人が同時に握れそうなほど長く、刀身は180センチある俺の身長を軽く凌ぐ。

 幅の広い刀身で重厚な造り、その重量は100キロを優に超えるのではないだろうか。

 もはや剣と呼ぶよりも、巨大なハンマーと呼んでも差支えが無い代物だった。


 こんなもの、誰にも使えるわけがない、俺にだって無理だ。

 当然、リアが使えるわけがない、握った瞬間に剣に押しつぶされて死んでしまう。


 だが、リアはキラキラと輝く瞳で、巨大な剣を見つめていた。


「レアノルドさん、お願いしますから、真面目に選んでください。」


「あー、浪漫のわかんねーやつだなー、おい。

 リアを見てみろ、こいつには男の浪漫てやつがお前以上によーーっくわかってんぞ。」


「……わかりましたから、本当にお願いします。」


「ちっ、つまんねーやろうだ、仕方ねえ。リア、ちっと武器を選んでいくか。」


「え……、これじゃダメですか?」


 そう言い放つリアは真顔だった。

 その後、他の武器を見せていくが、リアの視線はちらちらと巨大な剣を行ったり来たり。

 レアノルドも真面目に選ぶ段階に入ったら、リアを説得してくれたが、リアは最後まで巨大な剣に未練が残るようだった。

 ともかく、リアの剣は無事に購入することが出来た。


 ミスリル制の軽くてしなやかなレイピアの様な武器。

 刀身は細いが頑丈、魔鉄を含んでいるので魔力を込めて魔法剣のようにも使う事ができる。

 リアは魔鉄が入っていると聞くと難しい顔をしたが、レアノルドの「魔法剣はやべえ威力だぜ」の一押しで承諾した。


「リア、またこいやー、次はもっとやべえやつ仕入れとくからよ!」


「ありがとう、レアノルド! 楽しみにしています!」


「レアノルドさん、本当にありがとうございます。

 また武器が必要になったら、よろしくお願いしますね。」


「かーーーぺっぺっぺ!ナンパ野郎はお断りだ!

 おととい来やがれってんだ!!」


「……ははは。」


 ……なんだこの待遇の違いは。

 腹立たしく思いつつも俺はニコリと笑ってレアノルド装身具店を後にした。


 リアは早く武器を試したいのか、足早だった。

 俺がレアノルドに挨拶を終える頃には、そそくさと随分先の方まで歩いていた。

 そんなリアに追いつき、非難の表情を向けてやると、リアの不機嫌そうな横顔が目に入る。


 分からん……、巨大な剣がそんなに欲しかったのだろうか。

 ミスリルの剣だって高級な良い剣で、納得もしているようだったのに。

 ここ最近、リアは随分とわがままだ、俺がわがままを許してやっているせいもあるのだろうが。

 これは、少し立場を弁えさせてやる必要があるんじゃないだろうか。


「…………剣、ありがとうございます。」


 リアが小さな声で、そう言った。

 しかりつけようかと思ったが、その言葉を聞いて怒りが幾分和らいだ。

 まあ、いいか、ちゃんとお礼を言ったわけだから。


 昼時だったので、適当なカフェで一緒に昼食を摂った。

 カティスの中心街にあって、随分と洒落たつくりをしている。

 海を思わせるようなガラス玉があちこちに飾られて、店内の壁には流木が敷き詰められている。客席の仕切りには流木で囲まれた植木棚があって、その中には海岸で見るようなサラサラとした淡い茶色の砂、そこにも幾つものガラス玉が置かれていた。

 たいそうな繁盛店らしく、店内は大勢の客でにぎわっていた。


 俺はひき肉に様々なものを混ぜて焼き上げたハンバーグと言うものを頼んだ。

 リアも同じものが良いというので、ハンバーグを2人前注文する。

 料理がくるまでリアは喋らなかったがハンバーグが出てきた時は、いくらか表情を和らげて幸せそうな顔を見せた。


 リアはここでも例の「いただきます」をやって見せた。

 俺にまで強要をする事は無かったが、俺もリアに倣った。

 何というか、リアの様子が変なのが気になって、反発する気にもならなかった。

 その流れで、「ごちそうさま」とやらも真似て見せた。


 俺がリアの所作を真似る事で、リアは表情を柔らかくしたが、俺の顔を見るなり、すぐに不機嫌そうな顔に戻ってしまった。


 本当に謎である。


「午後からはウェルキンの、レディルテシモ服飾店へ行く。

 これからの事を考えるとドレスではなく、動きやすい服も必要になるだろう?」


「……わかりました。」


 そういう事で、午後はウェルキンの店に行くことにした。

 訓練が遠のいたせいか、リアの機嫌は更に悪くなっていた。

 俺の少し後ろを遅れて歩いてくる、立ち止まってみると俺の少し後ろで止まる。

 さっきは俺を置いていきそうなくらいの早足だったのに、今度は何だというのか。

 もう面倒くさくなってきたので、さっさと早足でウェルキンの店へ向かった。


「おおっ、ようこそいらっしゃいませ、アルテッサ様!それにリアお嬢様も。

 そちらのドレスは先日お買い上げいただいたものですね、良く似合っておいでですよ!」


 レディルテシモ服飾店の前に立つと、ウェルキンが目ざとく俺たちを見つけて扉を開けた。

 この素晴らしい対応、レアノルドにも少しは見習ってもらいたいところだ。

 俺は手をあげてニコリとウェルキンに挨拶をした。


「それで本日はどうなさいましたか?」


「それはですね、今日は―――」

「わたしの服を買いに来ました!

 今度はドレスではなくて、もっと動きやすいものでお願いします!」


 リアが俺を遮って前に出た。

 さっきまで元気が無さそうだったのに、今度はやけに元気なものだ。


 リアはウェルキンの手を掴んで、奥の子供服売り場へと連れ込んでいく。

 ウェルキンは困ったように振り返り、俺にアイコンタクトを送ってくる。

「よろしいのですか?」と聞いているのだろう、俺は笑って頷いた。

 苦笑いだった……。


「お元気なお嬢様でいらっしゃいますね。」


 少しするとウェルキンが俺のところへ戻ってきた。

 おそらく例の女性店員にリアを預けて、俺の所へ挨拶に来たのだろう。


「ええ、まったくです。元気すぎて困ってしまう程です。

 笑っていたかと思うと怒っているし、その逆もまたしかりで……。

 女の子と言うものは、難しいものですね。」


「おっしゃる通りでございます。

 女性とは何ともミステリアスなもので、私も常々計りかねるばかり。

 それもまた魅力と言えますが、過ぎては心労に耐えません。」


「はは、まったくもって……。」


「もしよろしければ、今日はリアお嬢様のお買い物の様子をご見学なされてはいかでしょう?

 リアお嬢様を担当させていただいておりますのは、当店自慢の優秀な女性スタッフでございますから、アルテッサ様のご心痛を和らげるお手伝いができるやもしれません。」


「なるほど、私ではだめですが、女性の、それも優秀な方となればリアの心が分かるかもしれませんね!」


「そこまでは申しませんが、いくらかの可能性はあるかと存じます。」


「お願いします!」


 ウェルキンはさすがだ。

 理想の商人と言えるのではないだろうか。

 こんな風に自然に人の心に寄り添って、話をしてくれる。

 レアノルドに打ちのめされた後だと、神様にすら見えてくる。


 俺はウェルキンと一緒に、リアの様子をこっそり見に行った。

 いつもの紳士フロアがある1階から、女性もの、子供ものがある2階へと足を踏み入れる。

 そこは見慣れたレディルテシモとは全く別の店のように思えた。

 まるで、男子禁制の乙女の園にでも忍び込んだかのように。


「アルテッサ様、リアお嬢様はあちらですね。」


 子供服売り場の一角で、女性店員を携えて、服を真剣に選ぶリアが見えた。

 俺とウェルキンは、リアに見つからないようにこっそりと服の陰に隠れて様子をうかがう。

 服屋でこんな隠れごっこのような事をする日が来ようとは、人生とは俺の想像をはるかに超えている。


 隠れてリアを覗き見るという行為が、なんとも背徳的でゾクゾクする。

 見れば、ウェルキンも同様に楽しんでいるようだった。

 この人は、思ったよりもお茶目な人なのかもしれない。


 女性店員はリアに様々な服を勧めているが、リアは一向に首を縦に振る様子はない。

 どれも動きやすそうで、可愛らしい服ばかり、俺は似合うと思うのだがダメなのか。

 女性店員も取り付く島がないといった様子で、困り果てている。

 ベテランの女性店員でもダメなら、もはや誰にもリアの心を読み解くことはできないのかもしれない。


 ふいに、リアが少し離れた場所を指さして目を輝かせた。

 こちらからは死角で見えないが、女性店員の顔色が変わって大慌てな様子は見える。

 ……嫌な予感しかない。


「……あちらの方角にあるのは、男性用の子供服にございます。」


 ウェルキンが気まずそうに小声で言う。

 いやいや、何を馬鹿な事を、さすがのリアだとて……。

 ……だめだ、リアならやりかねない。


 俺たちは裏から回りこんで、再びリアの服選びを覗き見る。

 そこにいたのは美少女ではなく、美少年だった……。


「いやはや……これは……、アルテッサ様、お気を確かに!」


 眩暈がして、倒れこみそうになるのをかろうじてウェルキンが支えた。

 リアは男装が気に入ったようで、随分とご満悦な顔を見せている。

 なぜ、ベテランの女性店員とやらは、止めないのだ!?


 さすがのウェルキンも言葉を無くして戸惑っている。

 あのウェルキンですら、フォローできない状況。


 リアの暴走は留まるどころか、加速する一方。

 再びキラキラと瞳を輝かせて、一着の服を取り出した。


 それは全身が真っ黒な忍び装束。

 西方のニンジャという種族の戦闘服だと聞いたことがある、怪しさ満載の一着だ。

 リアはそれを肩に合わせて、笑顔に花を咲かせた。


「ダメだ!! それはダメだ、許さない!!!!」


 たまらず、飛び出して、リアから装束を奪い取る。

 リアもとっさに装束を握りしめて、それを必死に防ぐ。

 ぐぐぐぐぐっとお互いに装束を挟んで引っ張り合う。


「わたしの服なんだから、好きなように選ばせてください!」


「ダメだ、そんな怪しい服は絶対にダメだ!!」


「これは戦う為の服らしいです! それなら、わたしにピッタリじゃないですか!?」


「ダメったらダメだ!」


「訓練の為の服なんですよ! 怪しかろうと何だろうと関係ないじゃないですか!!」


「うるさい、ダメだ! 俺はこれに金なんか払わないからな!!」


「アルテ様のわからずやー!」

「ダメったらダメだ―!!!」


 格式高い店に、俺とリアのやり取りがけたたましく響く。

 仮に他のお客がいたとしたら、相当に迷惑な状態だろう。

 女性店員はおろおろとどうして良いのか分からない様子だった。


「リアお嬢様、少々お耳をお貸しいただけませんか?」


 ウェルキンが、衝突の合間を縫って声をかけてきた。

 お互いの息がきれた絶妙のタイミング、静かな口調だがよく響いた。


「ウェルキンさん、何ですか? 今、忙しいので早くして欲しいです!」


 いきり立つリアに対して、ウェルキンはニコリと笑うと諭すように優しい口調で喋り出した。


「リアお嬢様は、訓練の為の御召し物だと仰っておられましたが、

 訓練があるという事は、もちろん本番のようなものもございますね?」


「それは、もちろん。あります!」


 復讐と言う言葉が飛び出すのかと、背筋がひんやりとした。

 さすがにリアも最低限の分別があるようだ……。


「そうでございましょう。

 しかし、リアお嬢様の訓練は、本番を想定していらっしゃいますか?」


「……ウェルキンさん、何が言いたいの??」


「その本番とは、確実にお手元の装束を着用して挑むことが可能なものでしょうか?」


「……え!?」


「その忍び装束は戦う為のものでございます。

 リアお嬢様のご明察通り、それはそれは動きやすく、訓練もはかどるものと思いますが、

 本番の際に確実に忍び装束を着用できなければ、返って逆効果になるものと私は考えます。」


「…………。」


「訓練は、本番に近い状況下におきましてこそ、意味を成すのではありませんかな?」


「………………。」


「リア様は聡明にして、高い志をお持ちのようにお見受けいたします。

 なれば、どういった御召し物をお選びになるべきかは、自明の理でございましょう。」


「……分かりました。」


 リアが忍び装束を手放した。

 支えの一端を失った忍び装束は、俺のひざ元に力なく垂れさがった。


 凄い! ウェルキンはとてつもなく凄い男だ!

 まさか、あのリアを言い負かしてしまうとは。俺はウェルキンに尊敬のまなざしを向ける。

 すると、ウェルキンが俺に向かってウィンクして見せた。

 この人、本当に格好いいな。


 その後、リアは装束を諦めたものの、服選びは難航した。

 俺はリアにはかわいいものを着て欲しいと思っている。

 自分の視界に入るのだから綺麗でかわいい方が良いのは当然だ。

 対してリアは機動性を強く求めてくるので、意見が食い違う。


 結果、俺がどうしてもと粘り強く交渉した為に、リアが根負けした。

 選んだのは黒のワンピースでスカート丈が短めのもの。

 それにインナーのブラックレギンスを付け、薄手のネイビージャケットを羽織らせた。

 これなら動きやすいし、ワンピースがめくれてもレギンスがあるから大丈夫。

 ネイビージャケットは柔らかな鳥の羽があしらわれていて、とても優雅だ。


 リアも試着してみたら、気に入った様子。

 動きやすさもばっちり問題なさそうだった。

 なんだかんだと文句を言った割には満足気な顔で笑う。


 リアは嬉しそうに俺に礼を言った。

 俺も満足だった。


「大変に御迷惑をおかけした上に、

 見苦しいところまで見せてしまって、すみませんでした……。」


 俺はウェルキンさんに頭を下げた。

 すると、リアも思うところがあるのか、一緒に頭を下げた。


「いえいえ、どうかお気になさらずに。

 久しぶりに童心に返って無邪気に楽しませていただきました。

 ですから、私も同罪という事で、またよろしくお願いいたします。」


 最後の最後まで、本当によくできた人だ。

 俺とリアは笑顔でレディルテシモ服飾店を後にした。

 ちなみに、忍び装束はあんな事になったので、買いとらせてもらった。

 もちろん、リアには絶対の秘密である。家に帰ったらさっさとしまい込んで隠してしまおう。


 二人で並んで歩く帰り道。

 リアは昼間の不機嫌がまるで嘘のように、幸せそうな顔を見せた。


「服を着るのが、楽しみだな!」


「それはアルテ様がでしょう!

 本当はアルテ様って、わたしの身体目当てなんじゃないですかー?」


 リアがくっついてきて、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 いきなりの事で焦る、往来のど真ん中で何を考えているんだ!


「ば、ばかっ! やめろ、そんなはずないだろうが!」


 俺はリアの腕から抜け出して、早足で歩いた。


「ふぅーん。」


 リアが後ろの方でそんな声を漏らした。

 それがいったいどんな表情だったのかは、分からないが……。


 すぐにリアは追い付いてきて、横を歩き始める。

 俺はまだ心を落ち着けられないでいたが、リアがそれ以上くっついてくる事は無かった。

 リアの考えはよく分からない、怒ったり、笑ったり、誘惑してきたり。

 それが高速でころころと目まぐるしく入れ替わる。


「昼間はずっと怒っていたように見えたのだが。

 俺にはリアが良くわからない。リアは何を考えているんだ?」


 直接聞いてみた。

 リアが急に歩くのをやめて、立ち止まる。

 俺が振り返ると、リアは真剣な顔で真っすぐに俺を見つめていた。


「好きです。わたしはアルテ様が好き。」


「なっ―――。」


 まっすぐに好きと言われて、またしても焦る。

 好きって、どういう好きなんだ、リアの表情からはよく分からない。

 そもそも好きってなんだ、俺の質問はどこへ消えていった……!?


「だけど……。」


「……??」


「人と話すアルテ様は大嫌いです。」


 俺の浮かれた混乱は引き潮に均された砂浜の如く、一瞬で姿を消した。

 リアは軽蔑と悲しみを伴った瞳で俺を見ていた。

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