3.家族

 昼前になって、シエロは家に着いた。


 家の中は整然としていて、まるで生気がない。

 夜になると酒を浴びるように飲んでいる父。

 去年母が流行病で死んでから、ずっとふさぎ込んでいるが、

 必死にそれを見せないようにしている様子がある。

 父は仕事へ行く準備をしていた。


「シエロ!いったいどこへ行っていた。心配したんだぞ!」

 シエロをにらみつける。目の下のクマが酷い。


 父さんは、きっと私の心配をしてなんかいない。きっと。

「ごめんなさいお父さん。イグニスが森に閉じ込められてしまったの。私はこの子を探しに行っていたの」

「昨日、三軒先の家で例の病でまた人が死んだそうだ」

 シエロの言葉を無視して続ける。


「村では魔女が呪いをかけているなんて噂が立っているくらいでな。そいつらから言わせれば黒猫ってのは魔女の手下だそうだ」

 せかせかと仕事の準備を続ける父の手は止まらない。


「下らん噂を信じるつもりなんかないが、さっさと捨ててこいそんな気味の悪い猫」

 ふと、シエロの足に包帯が巻かれていることに気が付くが、

 父がそこに触れることはなった。


 シエロはイグニスを抱きしめる。

「私は、大切なものを守りたいだけ」

 父の準備の手が止まった。


 妻の笑顔が記憶に蘇る。

 大切なもの…最愛の人を守ることのできない無力な自分が、みじめで仕方がなかった。

 シエロには目を合わせない。

 父を名乗る資格が、当に無い事がわかっていた。

 虚勢を張るのに、もう疲れてしまった。


 部屋は静寂に包まれた。

 この部屋はきっと人を拒絶している。


 シエロは耐えかねて家を出ていった。

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