2.魔女

シエロとイグニスは、老婆の家に招かれた。

老婆は黒猫のイグニスを毛布でくるみ、湯気の立った器をふたつ、シエロの元にへ持ってきた。

「これがあなた。こっちが黒猫ちゃん」

そういうと、シエロとイグニスの前にそれぞれ温かいミルクの入った器を置いた。

「あなた、足のけがを見せてちょうだい」

「え…あ…」

シエロがおどおどしているうちに、老婆はシエロの右足を手に取って手際よく軟膏を塗ったあと、さっさと包帯を巻き終わってしまった。


話に聞いていた魔女とまるで異なる老婆の行動にシエロは困惑した。噂では子供を鍋に入れて食べると聞いた。


それとも捕えるために警戒を解いている最中なのだろうか?


「『森には恐ろしい魔女が棲んでいる。』といったところかしら」


突然の言葉に、シエロは言葉が見つからない。

「私はベベルと言うの。魔法使いよ」

目を見開くシエロ。まさか魔法使いは心を読んだりすることができるのだろうか。だが相変わらず言葉は見つからない。

ふと、一瞬ベベルが遠くを見るような目をしたように感じた。


「皆、私を魔女と呼ぶわ」


シエロは言葉を必死で探した。

「で…でも、私はあなたを悪い魔女だなんて思わないわ」

なんだか取り繕ったような言葉になってしまった。

「あら、どうして?」

少し驚いた顔をしてベベルは問いかけた。

シエロは落ち着きを取り戻した黒猫のイグニスの頭を撫でながら答える。

「この子を。心配してくれたから」

魔女についてはまだ何も知らないが、少なくとも、イグニスのことに関しては本心だった。

ベベルは優しく微笑むが、笑みが曇る。

「でもあなた、もしかしてその子を探すために森に入ったのかい?

こんな森の深くまでその子は、いったいどうして…」

「この子、黒いから村の人たちが気持ち悪いっていうの」

シエロはイグニスの頭をなでる。


村の人間の黒猫に対する仕打ちは、正義の名を借りるにはあまりにも酷かった。

正義という大義の元で人はどれだけ冷酷になれるのだろうか。

思い出すと胸が痛くなる。

シエロは、黒猫のことを悪く言わない人に初めて出会った気がした。

「この子、イグニスっていうわ」

この老婆が自分を食べるつもりなら、いっそそれでもいいような気さえしてきた。


「イグニス。『かがり火』ちゃんね。素敵な名前」

ベベルはイグニスの頭を撫でた。

「うん。お母さんが付けてくれたの」

嬉しそうに答えるシエロ。

「この子は、あなたにとってのかがり火なのかしら」

「うん。きっとそう」

シエロは、一瞬悲しそうな表情をした。

「今日はもう遅いんだから、ここに泊まっていくといいわ」

仕切りなおすようにベベルは言うと、シエロとイグニスが寝るための準備を始めた。


 ***


嵐は一晩中続いた。

翌朝は嘘のように晴天で、窓から差す光が眩しかった。


「すっかり良い天気だね。

両親が心配しているだろうから、早く帰っておやりね」

イグニスはベベルを見上げて首をかしげている。

「ねぇ、また、遊びに来てもいい?」

「もちろんよ。二人で一緒にいらっしゃい」

シエロはベベルの家を出ると、遠くから振り返ってベベルに手を振った。

ベベルもシエロに手を振り返した。


村へ帰る途中で、シエロはベベルに自分の名を名乗っていない事に気が付いた。

「すっかり忘れてたわ。随分失礼なことをしてしまった。

次に会うときは何か贈り物でも持っていくのが良いわねきっと」


嬉しそうなシエロを黒猫のイグニスが不思議そうに見つめた。

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