第13話 深夜の出来事





 深夜、寝ている時にふと喉の渇きを感じて目が覚めた。


 喉がくっつく気持ち悪さを感じたため、俺は喉を潤そうと布団から出る。

 皆は自分の部屋で寝ているだろうから、なるべく音を立てないようにして1階のキッチンへ向かった。


 ちなみに雪ちゃんと美咲は、お風呂入った後に少し寛ぐと満足したのか素直に帰ってくれた。

「明日は土曜日で学校が休みなのだから泊まっていったら?」という朱美さんの提案に対して、2人は「今回は遠慮して次回にします」と言ってくれたのだ。


 朱美さんの提案に俺は、何て事を言ってくれとんじゃあ!と焦ったが、断ってくれた2人には安堵と感謝をしたもんだ。


 ・・・でも、あれ?

 ・・・次回?


 嫌な予感がします・・・


 なので、そんな日が永遠に来ない事を祈るばかりである・・・


 とまあ、そんな事はさておき。


 キッチンに着いた俺は、冷蔵庫から水を取り出して飲んでいると・・・


「悠くん・・・?」


 と、声をかけられた。


「母さん?」


 暗闇にまだ目が慣れていないため、ぼんやりとした人影しか見えないが、声と俺への呼び方からして朱美さんだろうと判断して俺も確認の為に呼び返した。


「ええ、そうよ。悠くんはこんな時間にどうしたの?」


 まあ、確信はしていたけど、やはり朱美さんで間違いなかったようだ。

 俺は安心して、朱美さんの質問に答える。


「ああ、なんか喉が渇いて目が覚めちゃったから、水を飲みにね」

「そうなのね」


「うん。母さんこそ、こんな時間にどうしたのさ?」

「私は中々寝付けなくて・・・そうしたら、何か物音が聞こえたから見に来たの」


 そうか、深夜だと自分が思っている以上に物音が響いて聞こえるもんな。

 気を付けていたつもりでも、音を出してしまっていたのかもしれない・・・


「そっか、なんかビックリさせちゃったみたいで、ごめん」

「ううん、そこまで驚いたわけじゃないから大丈夫よ」


「そっか・・・」

「うん・・・」


『・・・・・』


 深夜だという事と、俺は寝起きで頭が回っていないという事もあってか、何気ない会話をした後に一瞬の沈黙がこの場を支配する。


 その沈黙の間で徐々に目が暗闇に慣れてきて、朱美さんの顔が見えるようになってきた。


 そして、ようやく頭が回り始めてきた俺は、その沈黙に耐え切れなくなって朱美さんに話しかける。


「そういえば、今日は色々と騒がしかったよね?なんか、ごめん」

「ふふっ、どうしたの?急に」


「いや、なんか母さんは、あまり騒がしいのは苦手かなって思ってさ・・・」

「あ~、何それ~?・・・んもう、悠くんは私をどれだけお堅い人間だと思ってるの?」


 あ、どうやら俺は言葉のチョイスを間違ってしまったようだ。

 朱美さんがむくれている・・・


 可愛い・・・


 じゃなくて!!

 何とか言い訳しないと・・・


「あ、いや、その・・・お堅いという訳じゃなくて・・・え~と・・・」


 言い訳しようと思ったが、やはりちゃんと頭が回っていないらしく言葉が全く出てこない。


「いいのよ、自分でもわかっているから。だって、周りからは生真面目きまじめそうに見えるってずっと言われ続けてきたんだもん」


 あ、これは完全に拗ねてるな・・・

 さっきから口調が少し変わってるし・・・


「い、いや、あの・・・その・・・」

「・・・ふふっ、冗談よ。本当に怒ったりなんかはしてないから気にしないでね」


 俺が何て言おうか困っていると、朱美さんは笑いながら怒っていない事を強調する。


「それよりも、さっきの話だけど・・・私は雪乃ちゃんや美咲ちゃんがうちに遊びに来て、普段と違う賑やかさで楽しかったわ」

「そっか、だったらよかったよ」


 雪ちゃんや美咲の策略もあり、ドタバタしたり汚したりしてしまったから、朱美さんに迷惑をかけてしまったかと思ったけど、にこやかに話す朱美さんを見るからには思っていた以上に楽しんでいたようだ。


「ただね?悠くん・・・」

「ん?なに?」


 にこやかな表情から、少し真面目な顔になった朱美さんを見て、俺は素直に聞き返す。


「悠くんはまだ若いし子供なんだから、そんな些細な事は気にしないでもっと色々と楽しんでいいのよ」


 そう言いながら朱美さんは俺に背を向けると・・・


 朱美さんは自分の背中を俺の右半身に預け・・・

 そして、顔を横に向けてコテンと倒す・・・


 俺と朱美さんの背は頭一つ分くらい違うため、俺の首辺りに朱美さんは自分の額を預けている状態だ。


 突然の行動に驚きながらも、拒否する事なく受け入れ・・・

 そして朱美さんの温もりを感じながらも、俺は・・・


 朱美さんだって俺とそんなに歳は変わらず、まだ若いじゃないか・・・

 だから、もっと自由に・・・好き勝手な事していいのに・・・と思う。


 俺は・・・母としてではなく、朱美さんとしてもっと自由に生きてほしい。

 朱美さんにだって、自由に楽しんで生きる権利はあるはず。


 幼い頃ならまだしも、俺はもう高校生なんだ。

 身の回りの事はある程度は自分で出来るし、やりたい事だって自分の意思で何でも出来る。


 だから別に、朱美さんは母親である事に縛られる必要なんてないんだよ。


 俺は・・・いや、穂香や唯も含めて・・・

 俺達は、朱美さんのわがままくらい受け入れるつもりでいるから。


 そういう想いを込めて・・・


「朱美さんこそ、まだ若いんだし・・・そこまで気負わずにもっと・・・」


 母さんではなく朱美さんと呼びながら、自由にしてほしいと言おうとしたところで・・・


 俺に身体を預けていた朱美さんは少し身体を起こし、上目遣いに俺を見ながら俺の唇に人差し指をあてて言葉を遮った。


「だめっ・・・」


 俺の唇に触れた指とその言葉にドキッとしながらも、俺は一瞬何の事を言われたのかわからなかった。


「家の中では、母と呼んで?」

「えっ?」


「私は悠くんのお母さんなの・・・だから私は母として・・・悠くんを息子として・・・私の家族としての愛情を伝える、そのためだけに・・・悠くんにこういう風に触れられる事が許されるんだから・・・」

「・・・・・」


 朱美さんは俺の口から指を離すと、俺を前から優しく抱きしめてきた。


 ・・・ああ、そっか・・・そうだったのか。


 わかった・・・

 わかったよ・・・朱美さん・・・


 朱美さんが今まで、どういう想いで過ごしてきたのかを・・・


 朱美さんが俺を息子として想う、その気持ちに偽りはない。

 ただその一方、心の奥底では・・・


 俺が本当の息子ではない・・・

 1人の男性だという事も、少なからず感じていたという事なのだろう・・・


 ただ、朱美さんは親父と結婚している。

 その時点で俺は間違いなく、朱美さんの息子である。


 その事実にも変わりはない。


 でも戸籍を抜きにすれば、俺達は歳の近い血の繋がりのない男性と女性の関係なのだ。


 だから俺を心の底から息子だと思い込ませないと、歳が近い俺を男として見てしまう可能性も否定は出来ないのだろう。


 本当に俺を1人の男性として見るかどうかは別としても、俺を家族として愛してくれている事は間違いない。

 そしてその関係が、今は上手くいっている。


 だから朱美さんにとっても、この関係を絶対に壊したくはないと考えているのだと思う。


 特に、今のこの暗い場所で男女が逢瀬を交わしているという錯覚に陥りそうな状況では、雰囲気に流されそうになってもおかしくはない。


 だから、雰囲気に流されないためにも・・・


 朱美さんは母でいる必要がある。

 そのためには、俺が朱美さんを母と呼ばなくてはならないのだ・・・と。


 俺が朱美さんを母と呼ぶ事で、朱美さんは母として心を揺るがさずにいられる・・・

 それが故に何の気兼ねも無く寄り添い、触れ合えると考えてくれているんだ・・・


 そして、俺が朱美さんを母と呼び続ける事によって・・・

 これからもずっと・・・


 どんな時であろうと、俺の母でいられる・・・

 いてくれるという事・・・


 だから俺は・・・


「うん、ごめん母さん・・・そして、ありがとう・・・」


 俺は朱美さんを母と呼びながら軽率な発言を心の底から謝り、そして家族として愛してくれている事を心の底から感謝する。


 それを態度で示すため、俺も朱美さんを抱きしめ返した。


 のだけれど・・・


「んっ・・・」


 と、俺が背中をギュッと抱きしめたせいか、朱美さんの喘ぎ声が・・・


 しかも強く抱きしめる為に、俺は自分の顔を朱美さんの顔の横に持っていったおかげで、朱美さんがふいに漏らすその声が耳元で聞こえるものだから・・・


 非常に艶めかしい・・・


 そう感じてしまったせいで、実際まだ半覚醒だった俺の脳が変な刺激を受けてしまう・・・


 更には、今まで意識していなかった朱美さんと抱き合っているという状況、そして朱美さんの身体の色んな部分の柔らかさに神経が集中され始めていく・・・


 くっ!

 このままではまずい!


 今はそういう時じゃないんだよ!

 真面目な展開なんだよ!!


 朱美さんだって、わざと変な声を出したわけじゃないんだ!

 だから、俺の脳も興奮するんじゃねえ!!


 俺は自分自身が原因だが、せっかくの気持ちに水を差すわけにはいかないと必死に煩悩を振り払おうと頑張る。


 しかし、そのためには朱美さんにも協力が必要で・・・


「か、母さん・・・も、もうそろそろ、離れてもらってもいいかな・・・?」


 俺は朱美さんを抱いていた手を離して、そう訴えかける。


 しかし・・・


「んっ、もう少しだけ・・・このまま・・・」


 朱美さんはそう言いながら、離れようとした俺の胸に深く顔をうずめ、更に強く抱きしめてきました・・・


 おかげで、朱美さんの色んな部分の柔らかさが強調され・・・


 俺の意識がそこに全集中・・・


 いや、全集中すんなっての!!

 意識したらダメなんだよ!!


 特に、俺の腹上辺りに感じるボヨンボヨンの感触なんて・・・感触なんて・・・ボヨンボヨンなんて・・・ボヨンボヨン・・・


 ダメだぁ!!

 寝起きのせいで、どうしても思考がおかしな方向に行ってしまう!


 このままでは色んな意味でやばい!

 早く朱美さんに離れてもらわないと!


「か、母さん・・・お願いだから離れて・・・」

「んっ・・・もう一度だけ・・・ギュッとして・・・お願い・・・」


 くっ!!

 胸元でそんなお願いをされてしまっては・・・


 ただ・・・

 そのお願いを聞けば、離してくれるというのであれば・・・


 これが最後だからな!


 そう思いながら、俺は朱美さんをギュッと抱きしめる。


「んっ・・・」


 朱美さんも、また喘ぎ声を出しながら俺を再び強く抱きしめる。


 そんな事をされたもんだから・・・

 色んな所に全集中し始める・・・


 あ、ああ・・・

 息子の息子が息子じゃなくなりそうだ・・・


 寝起きのせいでおかしくなっている俺の頭が、限界寸前になって来た。


 俺の理性に煩悩が支配されていく・・・

 そのせいで、体が勝手に動きそうだ・・・


 もう、だめかもしれない・・・


 ・・・・・


 朱美さん!!


 俺の意思は吹っ飛び、朱美さんを離すもんかとばかりに抱きしめ、強行におよびかけた・・・


 のだが・・・


「スー、スー・・・」


 朱美さんの寝息が聞こえてきましたとさ。

 しかも、その顔は本当に幸せそうに安らかに眠っている。


 その顔を見た瞬間・・・

 俺の煩悩もどこかに行き、我に返るよね・・・


 ・・・はあ、色んな意味で危なかった。


 ・・・


 つーか・・・

 家族として一生懸命大事にしようとしてくれた朱美さんに対して・・・


 いくら寝起きの脳とはいえ・・・

 俺、ほんと最低・・・


 もう、いっそ・・・

 死ねばいいのに、俺・・・


 そう自己嫌悪に陥りながら眠った事で緩んだ朱美さんの腕を外して、朱美さんを部屋に連れて行く為に抱きかかえる。


 やっぱり、朱美さんは軽いな。

 しかも、寝顔が本当に可愛い。


 いや、さすがに今は理性を保っているから欲情などしないぞ?

 朱美さんの可愛い寝顔を見て、癒されているだけだ。


 そんな事を考えながらも、リビングを出て2階にある朱美さんの部屋に行くために階段を上り始める。


 いや、っていうかさ・・・

 朱美さんは女性として軽いのは間違いないけどさ・・・


 普通に考えても、人間を抱きかかえたまま階段を上って2階に行くのは、さすがにきついに決まってるよな・・・

 完全に失念していた・・・


 しかし今更、朱美さんを下ろす事は出来ないし、このまま頑張って上ろう。


 そして俺がヒーフー言いながら、何とか2階に上がり廊下に差し掛かった時。


 ・・・なぜか、穂香が廊下にいて俺達を見ていましたとさ。


「えっ!?ちょ、ちょっと、兄さん!?お母さんと何してたの!?」


 そりゃあ寝てる朱美さんと、その朱美さんを抱きかかえてハアハア言ってる怪しい変態クソ野郎おれを見たら、そんな反応になりますよね・・・


 って、そんな事を冷静に考えている場合ではない!


「ほ、穂香、静かに!朱美さん寝てるから・・・」

「で、でも!」


「朱美さんとは少し話していただけなんだよ。そしたら朱美さんは寝ちゃったから、運んでいるだけだって・・・」

「・・・・・」


「と、とりあえず、朱美さんをベッドに寝かせてくるから、静かにしてもらえるか?」

「・・・うん、わかったよ」


 いぶかし気な目で見てくる穂香を何とかなだめる。


 ま、まあ、穂香が怪訝けげんに思うのもわかる。

 現に、俺の理性は崩壊しかけたのだし・・・


 そう思いながらも俺は朱美さんの部屋に向かい、勝手に入るのもどうかと思いながらもドアを開けて部屋に入り、そして朱美さんをベッドに寝かせる。


 部屋をジロジロ見るわけにもいかないので、朱美さんを寝かせたら直ぐに部屋を出て再び廊下に戻ると、穂香は自分の部屋に戻らずに俺を待っていた。


「ごめんなさい、兄さん」

「ん?何がだ?」


「あまりにびっくりして、大きな声を出しちゃった事・・・」

「あ、ああ、仕方ないさ。気にしなくていいよ」


 そりゃ、あんな場面に出くわしたら誰でもそうなるし疑いもするだろう。

 未遂とは言え、半ば間違ってないし・・・


 くそっ!

 あの時の俺を殴ってやりたい!!


「そ、それよりも、穂香はどうしたんだ?」

「あ、うん。私はトイレに起きたの。そして部屋に戻ろうとしたら、何か音が聞こえたから・・・」


 それで丁度、あの怪しい場面に遭遇したわけか・・・


「そ、そっか・・・も、もう一度言うけど、朱美さんとはただ話していただけだからな?」


 俺は自分自身にも言い聞かせるように、再び穂香に説明する。


「うん、大丈夫。わかってるよ!私は兄さんを信用しているからね」


 ・・・うぅ。

 穂香のその信用が胸に痛い・・・


「それは良いんだけど・・・でもね?」

「でも?」


「びっくりしすぎて、目が冴えちゃって眠れそうにないの」

「ああ、そうなんだ・・・すまなかった」


 確かにそれは申し訳ないと思う。

 でも、それを俺に言う意味は何・・・?


「ううん、いいの。それよりも・・・」

「そ、それよりも?」


「その責任取ってくれるよね?」

「・・・・・」


 ちょ、ちょっと待ってくれ!

 なぜ俺に責任がある事になってるんだ!?


 とは思うものの、そんな事は直接聞けない俺・・・


「せ、責任って、どう取ればいいんでせう・・・?」

「それはもちろん、私が眠るまで兄さんが側で・・・ううん、添い寝してくれる事に決まってるよね?」


 ・・・・・


 いや、ちょっと待て!


 決まってるってなんだよ!!

 決まってないよ!いつ決まったよ!!


 そんな事を考えている間に・・・

 穂香は俺の返答を待たずして、俺の腕を引っ張って自分の部屋へと連れて入っていく。


「あ、あああぁぁぁぁぁ・・・・・“パタン”」


 家に響く俺の悲痛な声はドアが閉まるのと同時に搔き消されたのであった・・・

 後に残るのは無音だけとなった・・・


 その後、俺の姿を見たものは誰もいない・・・


 ・・・

 というナレーションを入れたくなる程の心境だったんです・・・


 ただ結局、俺が一番眠れなくなってしまったのは言うまでも無い事である。




 ―――――――――――――――



 あとがき


 お読みいただきありがとうございます。

 作品の評価や応援・フォロー・感想など、本当にありがとうございます!

 励みになります!


 

 作品自体はコメディとはいえ

 今話の前半は渾身のシリアスイチャラブだったのに、後半からコメディになってしまいました・・・

 主人公の理性より、作者のコメディ入れたい衝動が持ちませんでした・・・w


 と、それはそれとして・・・

 少し思う所もあり、息抜きや過去に書いていた作品のどれかを試しに投稿してみようと思いますので、気が向いたらそちらもよろしくお願い致します。

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