第11話 桜井家の事情
遅くなりました。
今回は変則的に進みます。
悠希視点→第三者視点 (プチシリアス)→悠希視点となります。
――――――――――
「・・・あんた達、何やってるのよ?」
た、助けてくれ・・・
そんな声も出ない程、俺は放心状態と化していた。
俺が朱美さんと穂香と唯に囲まれ脱出不可能になり、およそ1時間以上が過ぎた頃の事である。
・・・長かった。
永遠かと思える程に・・・
ま、まあそんな事はいい。
それよりもリビングに入って来た美咲が、4身一体と化している俺達を呆れ顔で見下ろしていた。
その隣には、乾いた笑いをしている雪ちゃんの姿もある。
助かった!
と思う反面、なぜここに美咲と雪ちゃんが!?とも考えてしまう。
以前の桜井家は俺が一人でいる事が多かったため、万が一の時の事を考えて白川家にうちのスペアキーを1本預けてある。
だから、美咲と雪ちゃんがカギを開けてうちに入ってくる事は可能であり、以前なら勝手に入ってくる事もあった。
本来は万が一の為なんだけど、俺1人の時はそんなのお構いなしに使われていたな。
いやまあ、俺も親父も白川家の人間を完全に信用していたから、別に気にしてはいないんだけどさ。
だって2人共、何だかんだで俺を心配してきてくれていたのだから。
基本的には俺がいる時以外には、勝手に入るような事はなかったし。
しかし家族が増えた今となっては、勝手に入ってくると朱美さんとか穂香、唯がビックリしてしまう可能性があるため、勝手に鍵を開けて入ってくる事は無くなっていたのだ。
だから勝手に入ってきたことを、不思議に思っていたのだが・・・
「あっ、美咲!遅かったじゃない?待ってたわ!」
という穂香の言葉で、2人がうちに来ることは決まっていた事なのだとわかった。
「待ってたって・・・その状態で?」
美咲も苦笑いするしかないようだ。
「というか、遅かったのはお姉ちゃんを待ってから来たからよ」
「う~ん・・・こんな(羨ましい)事になってるなら、学校の用事なんて放って早く帰ってくるべきだったかなぁ?」
美咲から引き合いに出された雪ちゃんも、羨ましそうに指を咥えて見ている。
そんな2人に、朱美さんはようやく俺から離れて声をかける。
「いらっしゃい、雪乃ちゃんと美咲ちゃん」
「あ、朱美さん、こんにちは~!事前に伝えていた通り、勝手に上がらせてもらいました」
「こんにちは、朱美さん。あまりにびっくりして、挨拶が遅れちゃってすみません・・・」
どうやら雪ちゃんは、朱美さんにもちゃんと連絡を入れていたようだ。
美咲と雪ちゃんも、朱美さんとは近所のお姉さんという感覚で仲が良い。
だから連絡先を交換していたりする。
ちなみに朱美さんは、美咲達の母親とも仲が良くママ友らしい。
ママ友というのもどうなのかとは思うけども・・・
更には、一説によると女性陣だけのSNSのグループがあるらしい。
俺は含まれてないので、本当なのかどうかは知りません・・・
悲しい・・・
シクシク・・・
い、いや、そんな事はいいとして。
そして、まあ美咲の言う事もわかる。
入ってきて最初に目に入った光景が、家の住人のこんな状態なんてさぁ・・・
そりゃ、びっくりして挨拶するのも忘れるわ・・・
「ううん、そんな事は気にしなくて大丈夫よ。悠くんにも以前は自由に行き来していた事を聞いているし、事前に知らせてもらえれば我が家の様な感覚で自由にしてくれて構わないわ」
朱美さんが言っているのは、かしこまっている2人に気楽にしてほしいという事。
2人にとって以前ほどの自由度は減ったとはいえ、朱美さんに連絡さえすれば自分の家の様に気楽にしていいという事。
俺が白川家について教えていたのと、実際に朱美さんが雪ちゃんや美咲と接して人柄を理解した結果である。
朱美さんも雪ちゃんや美咲を普通に受け入れてくれた事が、俺としても本当にありがたいし嬉しく思う。
・・・それはそれとして。
「というか、美咲と雪ちゃんは何をしに来たんだ?」
「聞いてないの?今日は私達もこっちで夕飯を頂く事にしたのよ」
「そうそう。だからほらっ、うちからもお母さんが用意してくれたおかずを持ってきたんだよ」
え?そうなの?
初耳なんですが・・・
「唯は知ってた?」
美咲も朱美さんも知っていたようだし、唯はどうなのかを聞いてみた。
「うん、当たり前だよ?だって、朝みんなで登校している時に話してたんだから」
・・・
知らなかったのは俺だけのようです・・・
てか、確かに通学途中で雪ちゃんと美咲が、穂香と唯を呼んで何かを話していた時があったんだよ。
その時か・・・
しかし、何でだ・・・
なぜ2人が桜井家に来る事を誰も教えてくれないんだ・・・
この家に長年住んでいるのは俺なのに・・・
シクシク・・・
「それに、お兄ちゃんの有罪刑を執行がどうとか言ってたよ?お兄ちゃん何かしたの?」
・・・・・
それか!
その件か!!
どっちかというと、夕飯よりそっちがメインなのか!?
というか、朝のその話は本気だったのかよ!
しかも、やはり有罪は確定済みなのかよ!
って事は、やばい・・・
俺の命が風前の灯火です・・・
そして、何かしたのは俺じゃなくてアナタ達なのですよ・・・
アナタ達が風呂場に乱入してきたからなのですよ?
俺は無罪・・・とは言い難いけど、気持ち的には冤罪なのですよ?
そうは思いつつも唯の純粋な目を見ると、何も言えなくなる俺・・・
そして俺は冤罪ではなく、本当に悪い事をしたのではないかと錯覚を受けてしまう・・・
せめて、執行猶予をください・・・
シクシク・・・
俺が自分のしていない罪を勝手に認めてしまいそうになっていると・・・
「さて、じゃあそろそろ夕飯の支度を始めましょうか」
朱美さんはそう言って、パンと手を叩くと台所へと向かう。
そして、朱美さんが台所に立つ姿をみた穂香が・・・
「あ、兄さん?悪いんだけど・・・私は美咲達と話があるから、兄さんにお母さんの手伝いをお願いしてもいい?」
と、申し訳なさそうに言ってくる。
うちは朱美さんの手伝いを誰かしらがやっているが、別に誰が何を手伝うとか決まってないんだから、穂香が出来ないという事を申し訳なく思う必要はないのにな。
律儀な穂香らしいとは思う。
「ああ、それは全然かまわないよ」
「うん、ありがとう」
遠慮する必要はないと思いつつも、穂香や唯も朱美さんの役に立ちたいという気持ちがある事は分かっているため、俺も特に何も言う事はせずに素直に引き受ける。
そして、俺は朱美さんの手伝いをするべく台所へと向かうのであった。
・・・・・・・
悠希と朱美が台所で夕食を作っている姿を、リビングで見ている美咲がぼそっと呟く。
「さて・・・これで悠希が普段、どんなセクハラをしているのかわかるのね?」
「ちょっと美咲?兄さんがセクハラなんてするわけないでしょう?」
「ふふっ、冗談よ。悠希にそんな大それた事が出来ない事くらいわかってるわよ」
「もう、美咲ったら・・・」
美咲自身、本当に悠希がセクハラをしているとは思っていない。
ただ、多少の悪態くらいはつきたくなったのだ。
「でも、本当に穂香は悠希の事を好きというか信頼しているのね」
「ええ、もちろんよ」
「それは兄として?それとも・・・異性として?」
「え?兄さんは兄さんでしょ?」
「はあ・・・まあ、そうね」
「??」
美咲としては安心したような、それでいて悠希が哀れなような複雑な気持ちになる。
「まあ、とりあえずその話は置いとくとして・・・穂香が昼休みに言っていた悠希の行為は本当なんでしょ?」
「うん、それは本当の事よ」
「さっき美咲から聞いてびっくりしたけど、悠ちゃんは私達の前ではそんな事したことないのに・・・」
「え~、そうなの?お兄ちゃんは優しいから、誰にでも甘えさせてくれるのだと思ってましたよ?」
美咲が穂香に確認すると、昼休みにいなかった雪乃が美咲からその話を聞いたと不満げな声を上げる。
それに対して唯はむしろ、悠希のそういう行為は当たり前じゃなかったの?とばかりに首を傾げる。
「そうよね。兄さんは私達の対応に戸惑う表情を浮かべる事はあっても、どんな事でも常に受け入れてくれたもんね」
「うん、最初は困った顔を見せるんだけど、すぐに温かくて優しい目で私達を見てくれるんです。それがまた嬉しくて♪」
「うぅ・・・こんな短期間でここまで心を通じ合えているなんて・・・悠ちゃんのお姉ちゃんとしての立つ瀬がないよ・・・私達も遠慮せずに、もっとぐいぐい行くべきだったかな・・・ねえ、美咲ちゃん?」
「えっ?ちょ、ちょっと、何言ってるのお姉ちゃん!?私は別に悠希の事なんて・・・」
穂香と唯の兄妹惚気に対し、雪乃は短期間で思っていた以上に距離を縮めていた事に驚き、そして今まで悠希に遠慮していたことを悔いる。
そして、話を振られた美咲は動揺を見せていた。
「そんな事ばかり言っていると、気が付いたら悠ちゃんが遠い存在になっちゃうよ?」
「・・・・・」
雪乃が本当にいいの?という感じで美咲に問い掛けると、美咲は押し黙る。
そんな中、朱美が悠希にミニトマトを手で食べさせている姿が目に入ったため、これ幸いと雪乃から逃れるように穂香に問い掛ける。
「・・・これが、昼休みに言っていた事ね?」
「うん、そうなの」
「確かに、あの悠希のデレッとした顔はいただけないわね・・・」
「ううん。お母さんは綺麗だし、そうなっても当然だと思うからそれはいいんだけど・・・」
美咲も本心で言っているわけではないが、自分が見た事のないような悠希の顔を見てイラっとしたのも嘘ではない。
そのため先ほどの雪乃の問いかけを含めて、自分を誤魔化すように言っただけである。
穂香もその事は何となく察した上で、悠希のそこは気にしていないと告げた。
そして・・・
「でも・・・でもね、お昼は私もあんな事を言ったけど、お母さんが兄さんに依存する気持ちはわからなくはないの・・・お父さんがいなくなって、私と唯はそれまで培ったお父さんとの過去を・・・そして、朱美さんは思い描いていた未来を失ったんだもの。寂しくないはずはないし・・・私と唯もそうだけど、身近な男性の家族が恋しいんだと思う」
「・・・・・」
「それにね、お母さんは自分に子供が出来たら・・・娘なら私達がいるから、息子が欲しかったんだって。でも結局、私達の本当のお父さんとの間には子供が出来なくて寂しそうだった・・・そんな中で、お母さんが生んだわけじゃないけど待ち望んでいた息子が出来たんだもの。依存しても仕方ないと思うの・・・もちろん、私と唯も念願の兄が出来た事で、同じように依存しているという事は自覚しているわ」
「そう・・・なのね」
穂香は自分の本心を交えつつ、朱美の悠希への行動に理解を示す。
「お姉ちゃんの言う通りで、私もお兄ちゃんがいない生活はもう考えられないなぁ・・・お母さんも、きっと同じ気持ちなんだよね」
唯も穂香の言葉に同意して、朱美も同じ気持ちなのだと再確認する。
「そうね。それにお母さんは別に、兄さんだけを特別に思っているわけじゃなくて、ちゃんと私達にも同じだけ大事に思ってくれているの・・・それは私達もお母さんや兄さんに対して同じ気持ちだし、もちろん兄さんも同じでいてくれていると思うの」
穂香の言葉に唯は嬉しそうに頷き、美咲と雪乃はそれを微笑ましそうに見ながら黙って聞いている。
「だから、お母さんが兄さんと仲良くする事自体は構わないんだけど・・・」
穂香は別に仲が良い事自体に不満や文句はない。
しかし・・・
「だからこそ、私達も混ぜてくれてもいいのに!って思うのよね」
「うん、そうだよねぇ。やっぱりそこは、お母さんだけなんてずるいよねぇ」
穂香は混ざりたいと言う気持ちを前面に押し出す。
その事に唯も笑いながら賛同する。
「悠ちゃん、愛されてるなぁ」
雪乃は楽しそうに話す穂香と唯を微笑ましく見つめながら、自分の弟の様に可愛がってきた悠希が皆に愛されている事がわかり、ほっとするのと同時に羨ましい気持ちになる。
「本当ね。皆、悠希の何がそんなにいいんだか・・・」
雪乃の言葉を聞いた美咲は、わざとらしく理解できないとばかりに呟いた。
「ふふっ、そこは長年見守ってきた美咲ちゃんだって、わかってる事でしょ?」
「お、お姉ちゃん!?な、何言ってるのよ!な、何の事言ってるのか、全くわかんないんだけど!?」
美咲の呟きを聞いた雪乃が、ここぞとばかりにツッコむ。
その雪乃の言葉に、美咲は動揺を隠せずに慌てる。
その美咲の姿に、雪乃だけでなく穂香と唯も微笑ましそうに見つめるのであった。
・・・・・・・・
夕飯が出来上がり、俺はいつものダイニングではなく皆のいるリビングへと運ぶ。
さすがにダイニングテーブルだと、この人数は厳しいからな。
っていうか、何で朱美さんは料理を片手にしか持たず、片手は俺の腕を取ってるの??
そう思いながら朱美さんを見ると・・・
「悠くんどうしたの?私の顔に何かついてる?」
さっき味見とかをしたせいで、顔に何かつけてしまったのか心配した朱美さんが、上目遣いで少しだけ困ったような顔を俺に向ける。
そんな顔を見た俺は・・・
もちろん・・・
「何も付いてません・・・何でもありません・・・」
と答えるしかないのはいつもの事である。
「ふふっ、変な悠くん」
自分の顔に何も付いていない事がわかった朱美さんは、今度は楽しそうな笑顔を俺に向ける
いや、もうさ・・・
間近にある朱美さんの顔は、本当に卑怯だよね・・・
何もかもが、どうでもよくなっちゃって・・・
いつも何も言えなくなるんだよ・・・
そんな事を考えつつ、リビングのテーブルまで行く。
そして・・・
「お待たせ!夕飯出来たぞ」
そう、皆に声をかけたのだが・・・
なぜか皆、俺を温かい眼や羨むような眼、そして何だか照れたようでいて睨むような眼で見つめてくる。
え?何!?
俺がキッチンにいる間に、何があったの!?
何を話していたのか、めっちゃ気になるんですけど?
そうは思うものの、女性の会話の内容を確認しようものなら、間違いなく美咲にデリカシーがないと言われるだろう。
だから気になりつつも、気にしてない風を装ってテーブルに料理を置く。
さすがに、料理を置くときには朱美さんは俺の腕を離してくれていた。
そして、他の料理をキッチンに取りに戻ろうとすると・・・
「ありがとう、お兄ちゃん!私も運ぶの手伝うね♪」
と、今度は唯が俺の左腕に飛びついて来る。
ちょ、何!?
なぜ唯も腕を組んでくる!?
「あ、ああ、ありがとう。じゃあ、頼むよ」
俺は動揺しながらも、素直に礼を言うと・・・
「兄さん、私も手伝うわ」
と言って、今度は穂香が俺の右腕を取る。
いや、だから!!
何で料理を取りに行くだけで、腕を組む必要があるんだよ!
たった10歩も歩かない距離で、なぜ腕を組むんだよ!?
そして、俺の疑問が解消される事はないまま、更に・・・
「悠ちゃ~ん、もちろん私も手伝うからね~」
俺の背後から、スッと手が伸びてきて雪ちゃんに抱き着かれました・・・
いや、料理を運ぶ手伝いをするなら、俺に抱き着く必要はないだろが!!
しかも背中に抱き着いているもんだから・・・
大きな2つのマシュマロの感触が・・・
フッ・・・
俺の知らない間に、随分と育ったじゃねえか・・・
・・・じゃねえよ!!
俺は一体何様だよ!?
背中の感触を堪能してんじゃねえよ!!
ってか、何で俺の周りはいつも密になるんだよ!!
・・・はっ!まさか!
美咲まで来るんじゃないだろうな!?
そう思った俺は美咲に顔を向けて目が合うと、何だか俺にはよくわからない表情でプイッと顔を背けました・・・
よかった・・・
何がよかったのか、全くよくわからないが・・・
とにかくよかった・・・
・・・
いや結局、美咲以外は何もよくないんだけど!?
その後も、料理をキッチンに取りに行くたびに同じ目に合いましたとさ・・・
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