第10話 息子・兄である俺に安息などは訪れない





 ・・・はあ。


 なんだか今日は疲れた・・・


 学校が終わると、特に寄り道もせずに自宅へと帰ってきた。


 ちなみに今日は精神的に疲れ果てていたため、俺1人で帰ってきている。

 普段は誰かしらと帰っているんだけどね・・・


 穂香は美咲と一緒に帰ってくるだろうし、唯も友達と一緒に帰っているはず。

 雪ちゃんも学校の用事があるらしいから、それが終ってから帰ってくると言っていたな。


 そして俺は家に着くなり部屋で着替え、今はリビングにいる。


 俺はもちろん自分の部屋にいる事もあるが、家族が出来た今はなるべく皆と一緒に居たいと考え、リビングで過ごす事が増えた。


 まあ、夕食後はとりあえず一旦部屋に戻る事が多いけどさ。

 ・・・その理由はわかるだろ!?な?なっ!?


 とまあ、そんな事はいいとして・・・

 とにかく今は自分の部屋ではなくリビングでTVを見ている。


 はずなのだが・・・


「あの・・・母さん?TVが見えないんですが・・・」

「うん?悠くん、どうかしたの?」


「え、いや、どうかしたじゃなくて・・・」

「ん?変な悠くん」


 そう、俺はTVを見ているはずなんだけど、その肝心のTVが見えない。

 それを朱美さんに言っているのだが、フフッと笑うだけで伝わらない。


 というか、その反則級の笑顔が可愛すぎて嫌・・・

 だってさ・・・


「いや、俺の視界には母さんの顔しか見えてないんだけど・・・?」


 という事なのである。


 何がという事なんだよ!?と自分でもツッコミたくなるが・・・


 要は、朱美さんは俺の膝に座り、鼻がくっつきそうなほど至近距離に顔を近づけて俺の目を覗き込んでいるのだ。

 朱美さんの素敵な笑顔が、俺の視界一杯に広がっているのだ。


 いやはや、まったく・・・


 ・・・・・


 まったくじゃねえよ!!

 落ち着いたフリしてんじゃねえよ、俺!!


 やめてくれ!!

 その少し潤んだ綺麗な瞳に、吸い込まれそうになるじゃんかよ!!


 しかも、こんな至近距離で破壊力抜群な朱美さんの笑顔なんて見たら、色んな意味で激ヤバじゃんかよ!!


 なんで、俺は朱美さんを膝に乗せて彼女の腰を手で支え、朱美さんは俺の首に腕を回して抱き合うような格好になってんだよ!?


 俺の身体も気持ちに反して、何で朱美さんを素直に受け入れてんだよ!!


 意味わかんねえじゃん!?幸せじゃん!?


 って、違うだろ!!


 と、葛藤している所なのである。


「うん、私も悠くんの顔しか見えないけど?」


 いや、だから何で不思議そうな顔をしてんの!?

 それがどうしたの?何か問題あるの?って顔はなんなのさ!?


 問題だらけ・・・

 むしろ、問題しかないでしょうが!!


 絶対に朱美さんも穂香も唯も、息子・兄への対応が間違ってる!


 今回は、それを頑として伝えてやる!!

 俺がいつまでも、黙ってやられっぱなしだと思うなよ!?


「あ、いや、だからね・・・?」

「ん?」


「・・・なんでもないです」

「ふふっ、おかしな悠くん」


 やられました・・・

 撃沈です・・・


 激弱だろ!だと!?


 いや、無理に決まってんじゃん!!


 じゃあ、この人をいっぺん至近距離で見てみろや!

 この破壊力に勝てる奴がいるなら、見せてもらおうじゃねえか!あん!?(逆切れ)


 ・・・もうほんと、何なの!?何なのこの人!?

 ほんとに反則どころのレベルじゃないんですけど!?


 微笑みが素敵すぎるんですけどぉ!!


 ・・・もう、TVなんてどうでもいいや。

 朱美さんさえ見えればそれで・・・


 俺にはもう・・・


 朱美さんしかいない!

 朱美さんしか見えないのだ!(物理的に)


 と、よくわからん精神状態になった頃。


 ガチャッ!


『ただいま~!』


 玄関が開く音と共に、穂香と唯の声が聞こえてきた。

 どうやら2人は途中で一緒になったようだな。


 って、冷静に分析している場合じゃねえ!


 この状況どうすんだよ!?

 どう説明すんだよ!?


 そう思った俺が、朱美さんに促そうと・・・


「ちょ、ちょっと母さん・・・」


 声をかけたのだが・・・


「ああ~!!もう、お母さん!兄さんに何してるの!?」

「お母さん、1人でずるいよぉ~!」


 時すでに遅しでした・・・

 速攻で居間のドアが開けられ、俺達の状態を見られました・・・


 てか、だからいつもだけど、唯のずるいって何!?


「ふふっ、見られちゃったわね」


 ・・・なに、そのいたずらっ子が見つかっちゃったみたいな顔。

 語尾に“てへっ”が付きそうな、ちょい舌だしは・・・


 ・・・もうやめてくれ!

 そんなに可愛い顔を間近で見せないでくれ!


 朱美さんは、俺の母さんなんだよ!

 女性を意識させんじゃねえよ!!


 俺が悶えている中、俺達の様子を見た穂香は顔をプクーっとしながら呟く。


「んもう・・・私だって我慢してるのに・・・」


 え!?我慢!?

 我慢なんてしてたっけ??


 いつでも兄に対する欲望を忠実に実行してた気がするんですが?


「お母さんだけ、羨ましいよぉ・・・」


 唯も指を口にあてて、そう呟く。


 いや、羨ましいの意味がわかりません・・・

 だって、唯も唯で兄に忠実に甘えてくるよね?


「2人共そんな事言わないで?私も母親として、子供が無事に帰ってきたのが嬉しいのよ・・・もちろん、穂香と唯もね?」

『お母さん・・・』


 朱美さん・・・


 彼女のその言葉には重みがある・・・


 教授の身に起こった事、朱美さん自身ではもう吹っ切れたつもりでいて、トラウマというか心に根付いてしまっているのかもしれない。


 だからこそ俺達を心配し、帰ってきた事を喜んでくれている。

 その気持ちは有難いし、凄く嬉しい・・・


 穂香と唯も、少しジーンと来ているようだ。


 ・・・でも、でもね?


 さすがに、今のこの態勢はおかしくない!?


 今もまだ、朱美さんは俺の膝に座ってますが!?

 3人は俺を挟んで話してるんですけど!?


 昼休みの美咲の時もそうだったけど・・・

 俺を挟んで話すのが流行ってんの!?


 つーか、本当にいつもだけど・・・


 あなた達は、話だけは良い話なんだよ!!

 でも、行動がおかしいんだって!!


「そっか・・・うん、わかったよ、お母さん。もう、あんなことは言わない」

「うん、私も・・・お母さんを羨ましがったりしないよ」

「ありがとう。私もあなた達が無事に帰ってきてくれるのなら、外であなた達が仲良くする事に関しては何も言うつもりはないからね」


 ほらっ・・・

 話だけならね?


 しかも、途中までは・・・という言葉もプラスされるのです。


「と、話はこの辺りにしましょう?・・・穂香と唯も遠慮しないでこっちにおいで」


 ほら・・・ほらっ!!

 こうなるんですよ!!


 いいよ!遠慮してくれてさ!

 ずっと話してくれてていいんだよ!


 もちろん!

 俺から離れてから・・・


 そんな願いも、そもそも俺の意思を確認されない時点で、叶う事はありえないのです・・・


「うん、そうだね。じゃあ、私も兄さんの隣に行くね!」

「い、いや、とりあえずは・・・着替えてきた方がいいんじゃないか!?」


 嬉しそうに近づいて来る穂香。

 無駄な抵抗とわかりつつも、少しでも先延ばしにしたい俺。


 しかし、その結果はもちろん・・・


「ううん、いいの。その時間すら惜しいから」


 ・・・うん、わかってた。


 わかってたんだよ・・・

 何を言っても無駄だという事は・・・


 そして、穂香は制服の上着・ブレザーを脱ぐ。


「な、なんでブレザーを脱ぐんだ!?」


 やめて!

 より肌の温もりと柔らかさを感じちゃうじゃん!!


 ブレザー着たままでいいじゃん!


「え?だって着てたら熱いし、何よりもブレザーがしわになったら嫌だから」


 だったら一回着替えて来いよ!


 いや、それはそれで結局は薄着になるから困るのか・・・

 もう、八方塞がりである・・・


 そして、穂香は定位置となりつつある俺の右側に座り寄り添ってくる。


「じゃあ、私も~♪」


 それを見ていた唯も、ブレザーを脱ぎ脱ぎしながらやってくる。

 そして、俺の左側をキープ。


 抵抗する間も有りませんでした・・・


「んふふっ。やっぱり、お兄ちゃんの側は落ち着くなぁ♪」


 ・・・俺は全く落ち着きません。

 唯もやわっこいし気持ちいいしで・・・


 むしろ、ドキドキが止まらん・・・


 正面を向けば朱美さん・・・

 右を見れば穂香・・・

 左に顔を背ければ唯・・・


 もう・・・もう!!

 全身が柔らかいのやら温かいのやら気持ちいいのやら、更に視界はどこを向いても美女が映るとかさぁ!!


 俺がギリギリで保っている理性を吹っ飛ばしたいの!?


 やめて!

 このままだと俺は、3人を家族として見れなくなっちゃうじゃん!!


 っていうか、貴方達は息子・兄に何を求めてるの!?

 普通の家族は、絶対こんな事しませんよね!?ね!?


 彼女達の過剰な愛情が嬉しくて辛いです・・・


 シクシク・・・


 ・・・って、あれ?

 ふと思ったけど、穂香と唯はに対してだからブラコンと言えるけど・・・


 朱美さん息子に対する過剰な愛は何て言うの?


 サンson・コン?ファミfamily・コン?


 ・・・これ、コンプレックスの略称を考えただけだけど・・・

 どっちも略したらダメなやつじゃね?


 前者はオスマン的な人を思い浮かべちゃうし、後者は完全にゲーム機だよね?


 ・・・ま、まあいい。

 呼び方なんてどうでもいいや。


 さすがにこのままでは、俺の理性が崩壊する!


 さっきは言えなかったが、今度こそちゃんと告げるぞ!


「ちょ、ちょっと、あけ・・・母さんと穂香と唯!これ、普通の家族の対応じゃないでしょ!?」

『えっ??』


 俺の言葉に、3人共キョトンとした顔をする。


 いや、なんで!?

 なんでそんなに不思議そうな顔をすんの!・


 この3人見ていると、俺の言っている事の方が間違っている気がしてくるんだけど・・・


「おかしいなぁ・・・この本に書いてある通りにしたのに・・・」


 と言いながら、朱美さんは背中に隠していた本を取り出して見ている。


 いや、なんで背中に入れてんだよ!


 と心の中でツッコミつつ、俺はその本の表紙を見ると・・・


 おい!

 なんだその、【義理の息子とラブる100の方法】って本は!


 何その、ピンポイントな本は!?


 ・・・え!?ちょっと待って!?


 って事は・・・

 あと他に99も方法があんの!?


 マジで!?それは、やばすぎるんだけど!!


 てか、考えたら・・・


 そもそもラブる方法ってなんだよ!!

 そこは、仲良くなる方法とか近づく方法だろが!!


 チョイスが間違ってるんだよ!!


「ええ!?何その素敵な本!私も読みたいな!」

「私もぉ!!お母さん、後で貸してもらっていい?」

「うん、いいわよ。貸してあげる」


 いや、穂香さん?全然素敵な本じゃないんですけど?

 唯も興味を示さなくていいんだよ?


 そして、朱美さんも貸さなくていいんですけど・・・


「やったぁ!ありがとう、お母さん♪よかったね、お姉ちゃん!」

「うん、お母さんありがとう!でも、それはそれでいいとして・・・義理の兄に対しての本は売って無いのかなぁ?」

「それも、もちろんあるわよ」


 あんのかよ!!


「本当!?じゃあ、是非買っておかないと!ねっ、唯!」

「うん、どこで売ってるか調べておかないとね♪」

「ふふっ、大丈夫よ。2人はそう言うだろうと思って、すでに買ってあるから安心して」


 ・・・

 用意がいいですね、朱美さん・・・


 てか、何で用意してんだよ!

 しかも、そんなピンポイントでマニアックな本、どこに売ってんだよ!!


 そう俺が心の中で嘆いている中・・・


「ねえねえ、それは後で渡すとして・・・穂香と唯はこんなのどう思う?」

「うん、それいいね!今度試してみたい!」

「うんうん、私も私も~♪・・・でも、こっちのも気になるかなぁ」


 3人は俺を目の前にして先ほどの本を広げて、どれがいいやらどれを試そうやらと楽しそうに話していた。


 ・・・いや、俺にくっ付きながら話す事じゃねえだろが!!

 しかも、俺にもその本の内容が見えるじゃねえか!


 せめて、俺のいない所で読んで下さい!


 いや、いない所で読まれても、それはそれで何されるかわからなくて恐いな・・・


 てか、そういう事じゃなくて・・・


 もういい加減に普通に接してください!!

 頼むからさ!!


 俺の理性を崩壊させようとするのは、やめてくれ!!


 という俺の心の叫びなど、3人は知る由もないのである・・・




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る