第6話 桜井悠希のもう一つの・・・
「じゃあ、母さん行ってくるよ」
朝、学校に行く準備を整えると、玄関まで見送りに来てくれた朱美さんに出かける挨拶をする。
「お母さん、行ってきます」
「行ってくるね!お母さん」
そして、俺に続いて穂香と唯も一緒に朱美さんに挨拶をした。
「はい。悠くんも穂香も唯も、気を付けて行ってきてね」
朱美さんも、俺達に笑顔で見送ってくれた。
数カ月前までは、こんな光景は有り得なかった。
誰かに見送られながら出かけるのもいいものだなと、しみじみ実感した瞬間である。
俺達が家を出ると、丁度向かいの家のドアも開くのが見えた。
そして中から2人の人物が現れ、俺達を見つけると声をかけてくる。
「悠ちゃん、穂香ちゃん、唯ちゃん、おはよう!」
「3人共、おはよう・・・」
2人は幼馴染で、1人は1つ年上の
ほわほわした感じの髪や雰囲気をしている、俺のお姉さん的存在である。
昔は雪姉ちゃんと呼んでいたけど、中学に上がる前くらいからは雪ちゃんと呼んでいる。
もう1人が、俺と同い年の
ショートボブの髪型で
美咲とは1年の時は違うクラスだったが、今は同じクラスになっている。
俺は親父がいなくてもそれほど寂しさを感じなかったのは、彼女達の存在があったからだと思う。
それはもちろん2人だけでなく、おじさんやおばさんも俺の事を気にかけてくれていたからだ。
言ってみれば、俺のもう一つの家族なのだ。
だからこそ、彼女達の存在は俺としてもありがたいと思っていた。
ただ俺は2人の内、どちらかというと雪ちゃんの方が仲は良い。
いや、美咲と仲が悪いわけではないが、俺は雪ちゃんを姉のように慕っていて仲が良かったせいか、いつも一歩引いている感じがする。
それに・・・
最近の美咲は特に不機嫌だ。
親父が再婚して、俺に家族が出来た事を知った辺りから。
いや、美咲も俺の境遇を知っているから、俺に新しい家族が出来た事を報告した時には、それは本当によかったと喜んでくれたんだよ?
しかし、その新しく出来た母親が若く、更に美人姉妹と兄妹になったと知った途端に、急にテンションが下がっていたのである。
・・・不可解である。
というかまあ、またややこしい事に・・・
穂香と美咲は1年の時は同じクラスで、その時に仲良くなって互いに一番の親友らしいのだ。
その親友が春休み明けに、気が付いたら急に幼馴染の妹になっていたりしたら・・・
そりゃあ戸惑うわな。
例えば俺だって親友がいたとして、気が付けばそいつが幼馴染の兄・弟なんかになっていたりしたら・・・
意味わかんなさすぎて、頭が混乱して・・・
まずは、とりあえず・・・
一発殴るよね・・・
一発入れて、そいつの頭を正気に戻そうとするよね・・・
正気じゃないのは俺?
うん、いやそれは気のせいだ。
とまあ、流石に女の子達がそんな野蛮な事をするわけがないけど、やはり混乱するのも仕方のない事だろう。
つーかさ・・・
うちの家族だけじゃなくて、その周り含めても関係性が複雑すぎんだよ!
マジで・・・
そんな事を考えながら、俺も挨拶を返す。
「おはよう。雪ちゃん、美咲」
「雪乃さん、おはようございます。美咲、おはよう」
「雪乃さんと美咲さん、おはようございます!」
俺が挨拶を返すと、それに合わせて穂香と唯も挨拶をする。
そして俺と雪ちゃんが並んで先に歩き、その後ろに美咲と穂香と唯が並んで歩く。
すると雪ちゃんが俺に話しかけてきた。
「そういえば悠ちゃん」
「ん?何?」
「最近うちに来ないから、お父さんとお母さんが寂しがってたよ」
「ああ・・・だって、俺にも家族が出来たからね。中々行く機会がなかったんだよ」
「うん、そうだよね・・・」
「あ、いや・・・今度おじさんとおばさんが揃って家に居る時に顔出すわ。そう伝えておいて」
「うん!わかったよ!」
「よろしく頼むね」
おじさんとおばさんが寂しがっていたと言っていたのは本当だろうけど、雪ちゃん自身も寂しかったのかもしれない。
その事を伝えた時の雪ちゃんの顔が、少しだけ曇っていたからだ。
まあ確かに、俺に家族が出来るまでは頻繁に顔を出していたからな。
それが、急にあまり来なくなったら寂しくなるのも当然か・・・
そう思った俺が、また遊びに行くと伝えると、雪ちゃんの顔がパアっと明るくなっていた。
俺達がそんな会話をしている後ろで、美咲が穂香に声をかけているのが聞こえた。
「ところで穂香?なんか悩んでいる事でもあるの?」
「うん・・・悩んでいるというか何というか」
穂香に悩み?
そんな様子は見られなかったが、流石は女子同士かつ親友と言った所か。
よくぞ気が付いた!えらいぞ美咲!
・・・いや、本来なら俺が気づかねばならぬ所。
猛省せねば・・・
それはいいとして・・・
穂香に悩みがあるなら、それは兄として是非とも解決してやらねば!
そう思って聞き耳を立てる。
「相談に乗ってあげるから、遠慮せずに言ってごらん?」
「うん、わかったよ・・・あのね、実は・・・」
「実は?」
「兄さんが・・・最近、私達を避けるの」
え!?
俺が穂香達を避ける?
そんな事あるはずないんだけど・・・?
「それは問題案件ね・・・詳しく教えてくれる?」
「うん、あのね・・・私達は家族なんだから、いつでも一緒にいたいんだけど・・・兄さんが・・・」
「うんうん、悠希が?」
「・・・あまり、一緒にお風呂に入ってくれないの」
ピシィッ!!
『・・・・・』
穂香の爆弾発言により美咲だけでなく、密かに話を聞いていた雪ちゃん、そして俺も硬直する。
しかも穂香の話を聞いた瞬間、美咲と雪ちゃんから変な音が聞こえた様な気がした。
・・・・・
って、ちょおいいいいい!!
ちょっと待てえい!!
なんちゅう事言ってくれてんだよ!!
おかしいだろ!
おかしいでしょ、その悩みは!!
つーか、悩む事じゃねえだろが!
穂香の悩みを解決してやろうと思ったが、その悩みは解決出来ねえ!!
いや、しかし・・・
確かに俺以外に解決出来る事ではない・・・
って、そういう問題じゃねえよ!!
そんな風に俺が心の中で嘆いていると、美咲と雪ちゃんは油の切れた機械のように、ゆっくりギコギコと俺の方を向く。
こわっ!!
その動きと目が恐いんだけど!!
「それは・・・別の意味で・・・問題案件ね・・・」
やべぇ!
美咲の目が、今にも俺を射殺さんばかりに殺意がこもってるんですけどぉ!!
「穂香と唯ちゃん?悪いんだけど、ちょっと悠希を借りるね」
美咲はそう言って俺の肩を抱いて、穂香と唯には聞こえない少し離れた場所へと拉致る。
・・・こ、これは誘拐だ!拉致監禁だ!!
だ、だれか!た、助けてぇ!!
そう助けを求めようとする俺の腕は、雪ちゃんにて確保されていた・・・
もう、逃げ場はないのである・・・
全俺が泣いた・・・
シクシク・・・
そして・・・
「悠希・・・一緒に入ってたの?」
「悠ちゃん?・・・正直に言ってごらんなさい?」
うひいいいいい!
2人共、顔は笑ってる・・・
顔は笑ってるのに、目が笑っていないんですけどぉ!
滅茶苦茶恐いんですけどぉ!!
そう思いながらも、その有無も言わさぬ圧力に屈して答えてしまう・・・
「はい・・・入った事あります」
俺が正直に答えると、幼馴染2人のオーラが増大する。
そして、俺への尋問が強まる。
「悠希?それは・・・もちろん、水着を着てとかだよね?」
「いえ、何も着ておりません・・・」
「悠ちゃん?じゃあ、タオルはちゃんと巻いてたのよね?」
「いえ・・・巻いておりません・・・」
「悠希?それは1回だけなんだよね?」
「いえ・・・1回だけではございません」
「悠ちゃん?じゃあ、それは何回くらいあるの?」
「数は覚えておりませんが・・・複数回あります」
『・・・・・』
俺が全て素直に応えると、2人は言葉にならずに黙る。
そして・・・
「ちょっ!美咲、やめて!無言でスマホを取り出さないで!!・・・って、すでに11まで押してるじゃん!やめて、通報しないで!!
危なく美咲に通報されかける・・・
むしろ俺は被害者側なの!!
俺の意思に反する事なの!!
更に雪ちゃんは雪ちゃんで、全く納得出来ていないらしく追及の手は緩まない。
「悠ちゃん?私がいくら誘っても、小学校高学年くらいからは入ってくれなかったよね?」
「は、はい・・・」
「それはどうしてかな?」
「周りの目を気にして、恥ずかしかったからです・・・」
「ふ~ん?じゃあ、高校生の今は同じ歳の
「ち、違うって!不可抗力なんだって!」
「一緒にお風呂に入るのが不可抗力なの?」
「違う、ちゃんと話を聞いてくれ!俺が風呂に入っている所に、有無も言わさずに入ってこられたんだって!」
「ふ~ん?悠ちゃんが何を言っているのか全くわからないけど、でもそれは最初だけだよね?その後も入ってたんでしょ?」
「い、いや、だから・・・一緒に入られないように俺は深夜に入るようにしてたら、俺が避けてるって泣きつかれたんだよ・・・」
つーか、何なの!?
雪ちゃんの追及が止まらないんだけど!?恐いんだけど!!
そんなに俺悪い事してんの!?
・・・はい、してますね。
追及されても仕方がないですね・・・
むしろ、確かに通報案件だわ・・・
「ねえ、悠ちゃん?さっき穂香ちゃんが私達って言ってたけど、それって・・・」
「はい、唯もです・・・」
「ふ~ん?」
「・・・・・」
雪ちゃんのオーラが更に増大中。
「・・・悠ちゃん?本当に正直に答えてね?穂香ちゃんと唯ちゃんだけ?朱美さんは?」
「・・・いました」
俺の言葉に、雪ちゃんと美咲のオーラが天を貫いた。
うひぃいいいいい!
正直に答えたのにぃ!!
「悠希?穂香と唯ちゃん、それに朱美さんの裸・・・見たの?」
恐い!
恐いです!!
これは正直に言ったら処される!!
「い、いや!見てない!俺はなるべく見ないようにしていた!!」
美咲は俺を明らかに胡散臭そうな目で見つめる。
「悠ちゃん?・・・朱美さんってスタイルいいけど、胸はちいさいよね」
「いや、そんな事はない!朱美さんは着痩せするタイプで、豊満な・・・って、はっ!!」
雪ちゃんは、ニヤリとどす黒い笑みを浮かべる。
ひどい!!
誘導尋問だ!!
雪ちゃんはわかっていて聞いてきやがったな!?
「悠希・・・わかっているよね?」
美咲はそう言って、再びスマホに指を置こうとする。
「か、堪忍してください・・・」
シクシク・・・
「ふふっ、悠ちゃんがギルティなのは間違いないけど、一応本当に少しだけギリギリ仕方の無い事だって、わかっているような気がしないでもないわ」
あ、俺が有罪なのは確定なんですね?
っていうか、理解してくれてるのかしてくれてないのか、どっちなんだよ!!
「まあ、とりあえず・・・この話は帰ってからじっくりと話そうね?悠希」
「そうね。悠ちゃんの有罪判決は後にして、今はとりあえず学校に向かいましょうか」
・・・・・
俺は今から旅に出ます・・・
探さないでください・・・
と、俺が逃走しようするが、美咲と雪ちゃんに腕をがっしりと捕まえられて、逃走不可能だったのは言うまでもない事である・・・
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