森からの『報告書』

 年が明け、二〇一八年一月十四日の日曜日。時刻は午後の七時。あと数時間で、軽井沢でのバス事故が起こってから丸二年が経とうとしている。

 僕は未だに例の記事を書けずにいた。森さんに止められたからだ。あれを記事にしたら、僕は入社希望の会社に入れなくなってしまう。森さんはそれを気にしているようだった。

 事故から二年が目前に迫った今、ネームバリューのあるどこかの団体か個人かが、僕らに似た考えを公の場で発表してくれてはいないかと淡い期待を込め、僕は自室のノートPCでネットサーフィンをしていた。

 そこへ一通のメッセージが来た。森さんからだ。

「この間はありがとう。おかげで本当のことがわかった。わたしはその事故の推理の過程を数枚のレポートにまとめた。それは今、自分の部屋の机の引き出しにしまっている。良識のある人がそれを見つけてくれればいいんだけれど……。もしそうならなかった時は、悪いけどよろしくね」

 そのメッセージが送られてきたすぐ後に、彼女の自室と机らしき写真と、そのPDFが続けて届いた。PDFのファイル名は、『報告書』。ファイルを開いてざっと目を通す。僕らがこの前に推理した内容が、整えられて記述されているようだった。

 不思議に思うというよりも、なんとなく嫌な予感がした。僕は彼女に電話をかけた。繋がらない。

 するとこれまで放置してきた彼女にまつわる謎が、津波のように脳内に押し寄せた。

 なぜ彼女は自分を責めていたのだろうか? これまで目にしてきた彼女の言動を振り返る。

 小さい頃から兄のお世話になっていたこと。

 その兄が事故で重体となったこと。

 兄の死の間際、両親から「大学に行きたいか」と訊かれたこと。

 森さんの両親は彼女に事故のことを調べることを禁止させたこと。

 遺族は民事でバス運行会社へ民事訴訟を起こしていること。

 真実は闇に葬られ、バス運転手はなおも殺人者の汚名を被せられていること。

 僕がバス事故の記事を発表することによって、僕の将来の展望に暗雲が立ち込めてしまうこと。

 その事故のレポートを、バス事故から二年という節目のタイミングで僕に託したこと。

 ある恐ろしい発想が、飛箭のごとく頭を掠めた。電話はつながらないままだ。一秒ごとに胸騒ぎは大きくなった。

 僕は星原さんに電話をかけた。彼女はすぐに出てくれた。

「森さんの家の住所を教えてほしいんだ! 今すぐに」

『どうしたの、急に?』スマートフォンのスピーカーから星原さんの声がする。『何かあったの?』

「森さんが、自分を責めている理由がわかったかもしれない。森さんと会いたいけど、連絡が取れないんだ」

『今どこ?』

「自宅だよ。○○県内の」

 彼女は森さんの家の住所と最寄り駅の名前を伝えた。そこで集合することに決まる。

「わかった。八時半までには着く」

 森さんの家は、東京に隣接する県にあった。僕の家からだと、東京を挟んで反対側になる。

 僕は部屋着のままコートを羽織り、スマートフォンと財布だけを持って自宅を飛び出した。


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