犯人の尻尾

 室内にざわめきがあふれた。

「それって、アコギサークルから盗まれた」

「いや、それにしては短すぎる。別物だろう」

「最初っからここに落ちていたんじゃないか?」

「いや、うちの設営作業では麻紐は使っていない」

 彼らは憶測を囁き合った。床に落ちていたというその細い麻紐は長さが十センチメートルほどのものだった。その先端は輪っか状に結ばれていたらしいが、今はその輪っかの一部分がほつれ、一つの結び目を残して一本の紐になっていた。紐のもう一方の端も同じようにほつれているが、こちらには結び目のような跡はない。

 これが意味するところは何か?

 わたしは想像力をフル稼働させる。誰かが歌っていたように、目に映る全てのものはメッセージなのだ。想像の海へ深く深く潜った果てに、わたしは一つの可能性にたどり着いた。集中力が切れて初めて、自分の呼吸が浅くなっていたことに気がついた。まるで本当に海へダイブしていたかのような苦しさと疲労感だ。

 わたしは急いで廊下に回った。今思いついたそれを確かめたい衝動に駆られたのだ。わたしの後には、一番に佐倉くんがついて来た。彼もなかなか察しのいい人だ。わたしと同じことを考えているのかもしれない。

 わたしがチェックしたかったのは、小さな穴があいていた窓の裏だ。想像の通りなら、そこにも証拠が残されているはずであった。

 そして、それはあった。教室に沿って置かれたダークブラウン長机の上には、透明な液体が小さな水たまりを作っていた。水たまりには、微量だがキラキラと光るものも浮かんでいる。

それはまるで小さな宇宙のようだった。

「犯人の侵入方法はわかった」とわたしが言った。だが、肝心の「誰が犯人か」はわからない。

 佐倉くんがこちらを見て、何かを言いかけた。しかしそこでみんなが廊下に出て来たので、彼の言葉は音にならずに彼の口元で霧散した。わたしと佐倉くんはみんなに場所を譲って、全員が小さな水たまりを見られるようにした。

 犯人はこの中にいるのだろう。みんなの背中を見るわたしに、直感がそう告げていた。だが、わたしの考えている侵入方法が取れる人物は、ここにいる人物だけではない。直感で誰が犯人だと言うこともできない。かと言って、このまま全員を返してしまうのも惜しい気がした。これ以上現場に確認するものはなく、みんなは去ってしまうことだろう。その前に侵入方法だけでも発表した方がいいだろうか。それとも犯人の決定的な証拠を掴むまでは控えるべきだろうか――。

「皆さん、一度プラネタリウムに戻りましょう」

 佐倉くんがそう言った。全ての視線が一斉に彼に向いた。すると彼は敵面に顔を硬らせた。

「森さんが、犯人の侵入方法がわかったらしいです」

 丸投げかい。

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