三日月の鍵
「まずは鍵の問題について確認します」
佐倉くんがそう切り出した。
「皆さんでこのプラネタリウムに入り、盗難被害に気がつかれた時、ここの鍵を開けたのは――」
私だよ、と代表の清水さんが答えた。
「その鍵っていうのは、学生証のことですか?」と佐倉くん。
わたしたちの大学では、図書館などの各施設の利用や講義での出席確認などに学生証を用いている。その学生証はICカードになっていて、それを専用のカードリーダー端末にかざして使うのだ。部室と同じように、教室の鍵の開け閉めでも同じシステムが用いられているようだ。
「ええ。学祭期間中のみ、この教室の使用権が地学研究会の三役の学生証に与えられています。そして私以外の三役は、今はここにはいません」
「ということは、アコギサークルのライブに行かれる時にこの教室に鍵をかけたのも清水さんということですね」
「はい」
「その時、鍵は両方のドアにきちんとかけましたか?」
「もちろん」と清水さんは答え、「そうだったよね?」と後輩たちに確認した。
「プラネタリウム会場の方は、僕が手で鍵を掛けました。星原さんがそれを確認しています」と糸山くんが証言した。
ハルカはこくりと頷き、「サークル員の控えスペースの方のドアは、清水さんが外から学生証でロックされたことをみんなが見ていました」と話した。
「ICカードリーダーに何か細工はされていなかった?」と、試しにわたしはハルカに訊いてみた。
「細工? 特に何もなかったよ。普段鍵を掛けないところだから、その後ドアを引いてみて、きちんと鍵がかかっていることも確認したし」
それならいいのだ。変な質問をして悪かった。佐倉くんがわたしを見て、曖昧に笑った。
「ありがとうございます。事件前の鍵の問題はわかりました。それでは次にここから失くなったというチョコレートについてお尋ねします」
そして佐倉くんはOBの新田さんの右手に持っているクラフト紙の紙袋を指した。
「失くなったのは、それと同じ民俗文化研究会で購入したお菓子でしたよね」
地学研究会の四人はそれぞれに頷いた。
「それはどこに置いてあったのですか?」
「控えスペース。その暗幕の裏」と木原さんが言って、せかせかとみんなをその場所まで案内した。
一人ずつ暗幕のカーテンと壁との隙間に身を滑り込ませるように控えスペースへと移動した。そこは狭い縦長のスペースで、七人入っただけで満員状態になった。足元にはビニールシートが敷かれ、その上にいくつかのリュックや上着が雑然と置かれていた。壁際には黒板があり、その下にはランタンのような照明器具が置かれている。それに照らされるのは広げられたキャンプ用のアルミのテーブルの上の2種類の色違いのポットと大量の紙コップ、そして教卓の上に並んだ二台のシルバーのノートPCだ。
「この紙コップの脇にお菓子があったんだ」と木原さんが言った。
「はい。わたしがそこに置きました」とハルカ。
「そして皆さんがそこのドアからアコギサークルのライブに出かけ、十八時半過ぎに戻って来た時、ここにあったはずのお菓子は紙袋ごと失くなっていた」
面々は苦い顔で頷いた。
「皆さんが盗難被害を確認する時に入って来たドアはどちら側でしたか?」
「こっちのドアだったね」と清水さんが周りに確認を取るような口調で答えた。
「はい、こっちでした」と糸山くんが言った。「それですぐにお菓子がなくなったことに気がついて、軽いパニックになったんです」
鍵を掛けておいたはずの部屋からものを盗まれたのだ。パニックになるのもわかる。
清水さんは話を先に進めた。
「次に私たちは全員でプラネタリウム会場の方の様子を確かめに行きました。更なる被害がないか確認する意味もありましたが、もしかしたら鍵を掛け忘れていたり、あるいは窓が破られていないかを確認する意味もありました」
「結論から言って、特に変わった様子はなかった」と木原さんが言った。「他に盗まれたものは何もなかったし、ドアや窓にもしっかりと鍵が掛かっていた」
わたしは気になったことがあった。
「その確認作業は手分けして行ったのですか?」
もしそうなら、例えドアや窓に鍵がかかっていなかったとしても、その確認作業の時に鍵を掛けてしまえば、最初から鍵がかかっていたと言い張ることができると考えたのだ。
しかし、わたしのその読みは外れた。
「いいや、室内の確認は全員がそろった状態で一箇所ずつ順番に行われたよ」と清水さんは答えた。
そのすぐ後で、木原さんが一つ訂正した。
「正確に言うと星原さん以外のメンバーでな。彼女は一目散に眠っているあなたの側に駆け寄って行ってたから」
「その時の確認の様子が知りたいですね」と言って佐倉くんは元いたプラネタリウム会場の方へ移動した。彼の後を追って、清水さんが説明した。
「見て分かる通り、こっちの会場の方にはあまりものは置いていないの。天体映像を見てすぐにプロジェクターは無事だと分かったし、ソファもぱっと見で全て揃っているとわかった」
そして清水さんは開いたままのドアに近づいた。ドアは壁の左手にある。壁に取り付けられた暗幕の左辺はめくれ、ドアを避けるようにその枠に沿ってピンで固定されていた。
開いていたドアを閉めながら、清水さんは言った。
「まず、このドアに鍵がかかっていたことを確認した」
そう言いながら、彼女は引き戸の取手の下にあるつまみを、横向きになるよう半回転させた。
「つまり、このようになっていた」
佐倉くんは試しに、鍵のかかったドアを開けてみようと手に力を入れた。もちろんドアは開かなかった。
「次に窓を確認した。なんと言ってもドア以外にはそこしか侵入経路はないからね」
そう言うと清水さんは、暗幕の右側を止めていた黒のマジックテープを剥がし出した。テープは床からドアの背と同じくらいの高さまで伸びていた。高いところを外すためには背伸びをしなくてはいけなかったが、それも慣れた手つきだった。先ほども確認したらしいので、もうこの作業は二回目なのだろう。そう思えばテープの粘着力も相当弱まっているようだ。
これで暗幕は、上辺とドア側の左辺だけで壁に張り付いていることになる。
清水さんはテープを外した右側から暗幕をめくり、カーテンの奥にさっと身を隠すように壁と暗幕の隙間に潜り込んだ。わたしたちも彼女の後に続く。
廊下側の壁に、窓は全部で三つあった。それらのサイズは全て同じく、頬杖をついて横になった男の人がそのままくぐり抜けられるくらいの大きさだった。廊下側からの明かりのおかげで、それら三つの窓に鍵がかかっていることがはっきりと確認できた。
それらの窓の下辺は、ドアの上辺と同じ高さになっている。普通、ドアの上から天井までの高さは五十センチほどであることが多いが、この教室はその三倍くらいはあった。同じフロアに多目的ホールがあるので、この階の教室はどこも全体的に天井が高く設計されているのだろう。また、だからこそプラネタリウムを催す地学研がこの教室を割り当てられたのかもしれない。
「皆さんが最初に確認した時も、クレセント錠は今みたいに掛かっていたのですね?」
わたしより十センチほど背の高い佐倉くんが、それを仰ぎ見ながら言った。
「クレセント錠?」と清水さんが訊き返した。
「あの数字の6みたいな形のやつです」
「ああ、あの鍵のことか。そうだよ」
佐倉くんは少し考えるそぶりを見せた。
「確認した場所はこれで以上ですか?」
「いや、反対側にも窓がある。そこも一応確認したんだ」
廊下の反対側とはつまり、フランス式庭園に面した外側の窓のことだった。
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