民俗文化研究会への聞き込み(2)

「なんのために窓枠なんかにペットボトルの水を置いていたのですか?」

 おそらくここにいる全員の頭に浮かんだであろう疑問を、佐倉くんが代表して訊いた。猫除けのつもりだったのか? それとも風水だろうか?

「いや、別に特に深い理由はないんだけど。店番をしていたら喉が乾いたから、近くの自販機で水を買って、そのまま店番に戻ろうかなと思ったところでギターサークルのライブが始まったから、なんとなく窓のところに水を置いてライブを観に行ったんだ」

 うーん。まあ、そう言われればそんなにおかしくもない、かな。

「一人でライブに行ったのですか?」

「悪いか?」食い気味で彼が答える。

「いえ、すみません」しゅんとしながら佐倉くんが言った。

「知り合いが出ていたんだよ」と彼は聞かれてもいないのに補足した。

「ここにいる四人も、そのライブに行ったそうなのですが、この中で誰かを見かけたりしなかったですか?」

 ライブに参戦組は互いに顔を見合わせ、そのうちの何人かは首を横にふった。

「……いや、わからないな。ホールはプラネタリウムの教室よりも広いし、それにプラネタリウムほどじゃないけど薄暗かったから」

「それではライブ会場に向かう時、F301教室の前を通りかかったと思いますが、その時にボランティアサークルの二人は室内にいたかは覚えていませんか?」

「全然覚えてない」

 そこで佐倉くんは後ろを振り返って、

「星原さんと糸山くんはどう? ライブに行く時にこの二つのサークルの前を通りかかったと思うけど、それぞれに人がいたか覚えていない?」

 ちょっと考えてから糸山くんが答えた。

「ボランティアサークルの方に人はいなかったよ。向こうの教室の前を通った時、ベニヤの立て看板に描いてある貝のイラストが目に止まったんだ。僕は星とか貝とか自然の綺麗なものが好きでさ、どんな出し物をしているのか気になったんだ。それで開いたドアの隙間から中を覗いたんだけど、誰もいなかったんだ。部屋の明かりはついていたのに誰もいないから、ちょっと不思議に思っていたんだよ」

 ドアが開いていたとは、無用心すぎる。盗まれたのがミニルーターだけだったのはむしろ幸運だったのではなかろうか。

「さすがに財布とかの貴重品は持ってったよ」とわたしたちが呆れたことを察した遠藤さんが言った。

 続いてハルカが答えた。

「私はボランティアサークルさんのことは覚えていませんでしたが、民俗文化研究会さんが教室内にいらっしゃったことは記憶しています。実は私も先ほどこちらでお菓子を購入させていただいたので、ライブに行く途中にこちらを通りがかった際も、なんとなく気に留めていたのです。ドアは開いていて、中には浦島さんが椅子に座ってスマホを見ていらっしゃいました」

 つまりアコギサークルのライブに行った順番はボランティア、地学、民俗文化の順になるようだ。それも彼らの話を全て信じるとするならば、という前提つきだが。

 佐倉くんは二人に礼を言い、それから回れ右をして再度椅子に座った浦島さんの方に向き直った。

「それでは話を戻しましょう。あなたはライブから帰ってくると、そこに置いておいたはずのミネラルウォーターがなくなっていることに気がついた。それから隣のボランティアサークルの二人がやって来て、怪しい人を見なかったかを聞かれ、連続窃盗事件に気づいた。ここまで間違いないですね?」

「ああ」

「その後あなた方は確か一度、地学研究会のスペースに行かれた。しかしそこは留守だった。あなた方は来た道を引き返して、今度はアコギサークルの多目的ホールまでやってくると、そこで地学研究会のメンバーと遭遇した。入り口のペコちゃん人形の首にかけられていたチョークボードの麻紐が盗まれていると気がついた皆さんは、このフロアに配置された団体の全てがなんらかの盗難被害に遭っていることに気がつき、全員で地学研究会のスペースに向かい――」

「鍵のかかった密室の中で一人眠っている女子と、失われたチョコレートに気が付いたというわけさ」

 浦島さんが佐倉くんのセリフを奪った。

 またあの密室に話が帰ってきた。傷つけられた名誉を回復するために、わたしたちはあの謎を解かなければならない。

「では、皆さんでその現場に向かうとしましょう」佐倉くんが言った。

 浦島さんが民俗文化研究会のスペースに鍵を掛けるのを見届けてから、わたしたちは今回のお話のスタート地点へと向かった。

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