佐倉のついていた嘘(2)
かくして嘘は見つかった。それはこの記事の結論にあった。
僕はこの大学でミスコンが開催されようがされまいが、そんなのは別にどっちだってよかったのだ。それなのに僕は大学側の意思を汲み、ミスコンを開催するべきではないという論調で記事を締めくくった。自分の気持ちに嘘をついてしまっていた。評価欲しさに自分の意思とは違った記事を書いて、それで誰かを傷つけてしまったら、そんなの後味が悪いに決まっている。
それに、そもそも記事を書いた動機だ。結局のところ僕は、自分が憧れの人へ会った時の体面を整える材料として今回の件を利用したに過ぎないのではないだろうか。大学のためということすらおためごかしで、全部自分のために書いた記事だったのではないだろうか。
最後に森さんに掛けられた言葉を思い出す。『どれだけいろいろな人のことを考えたところで、誰も傷つけない記事なんて書けないのかも知れない』
確かにそうかも知れない。だが、誰かを傷つけたから僕は落ち込んでいるのではない。自分の書いた記事が、自分かわいさで書いたものであり、さらに自分の気持ちに嘘をついていたからこんなにも後味が悪くなってしまったのだ。
それがわかっただけで、嘘のように気が晴れた。自分勝手すぎるだろうか? あの記事で何人もの人生を狂わせておきながら、こんな気分になることは。
これからは、嘘のない記事を作ろう。誰かの救いになる情報を発信しよう。例えその結果として、図らずも誰かを傷つけることになってしまっても、きっと今よりはずっとマシな気分でいられるに違いない。
すると途端に視界が開けた。自分が知りたいことが見つかった。僕は部室を飛び出して、取材に向かった。
翌日の火曜日。新聞部の二本の記事がウェブメディア上で公開された。
一本は、新聞部のPCが壊された事件について。未成年ということもあり、犯人である彼女の名前は伏せた。さらに、犯行の手法についても、模倣犯の出現を恐れてその詳細を省いた。公開したのは、部室の戸締りの不徹底で、新聞部が物損被害にあったこと。すぐに犯人は見つかったこと。伝えたかったメッセージは、「戸締りは忘れずに」。
もう一本の記事は、二部演劇研究会の活動について。華やかな学祭にスポットライトが当たる中、付属校での地道な公演を続ける二劇の活躍はこれまで多くの人から見逃されてきた。付属校に所属していた時に観劇し、そこで先輩に憧れるようになったという一年生へのインタビューは大変参考になり、それはほぼそのまま二劇の魅力を伝える記事となった。前回のようにマスメディアに取り上げられるようなことはなかったものの、読者からの反応は決して少ないものではなかった。記事で二劇の活動を知り、入部したいと申し出る学生がいればいいのだが。
その記事は、二劇が次回行う付属小学校での公演についての記述で結ばれている。なんでもそれは、有名な童話をアレンジした作品らしい。また、内藤さんの降板によって森さんが主役を務めることになったそうだ。
次回公演のタイトルは、『新訳・眠れる森の美女』。演技でなく、主演が本当に眠ってしまわないことを祈っている。
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