佐倉の自己紹介と状況説明(6)

 彼女の目は、とても嘘つきの目には見えなかった。嘘をつく理由も思い浮かばない。しかし他人が何を考えているのかなんて、どれだけ考えてもわからないものだ。すると彼女は、まるで地の文を読んで僕の思考を読み取ったかのようにこう言った。

「わたしが嘘をついているように思う?」

「……さあ、とてもそうは見えない。けど森さんは演劇をやっているんだろ? いわばポーカーフェイスで嘘をつくプロみたいなものじゃないか」

 僕の言葉を受け取った彼女の口元は笑みを貼り付けつつ、しかし目元は真剣なそれに変わっていたのを僕は見逃さなかった。

「意外かも知れないけど、わたしは嘘つきが嫌いなの。それに嘘つきは『今から嘘をつきます』なんて前置きをしないで嘘をつくものだよ。例えば、新聞記事で『二部演劇研究会の一年生が新聞部のノートPCにジュースをかけ破壊した疑い』なんてもっともらしく言うのが嘘」

「心外だな」

 いくら学生のお遊びの記事と言っても、『疑い』を付ければ何を書いても許されるなんて思っちゃいない。

「二部演劇研究会は、先月のあなたの記事でだいぶ評判を落としたの。わたしたちのサークルは現在部員数が七名。普通ならまず公認団体から外されるでしょうね。それでも大学から公認団体と認められ、部室や補助金が貰えているのは、長年にわたり付属校の防災訓練や薬物乱用防止教室などで劇を披露したりして、大学から評価を得てきた実績があるから。今の公認団体という立場は、これまでの先輩たちが積み重ねてきた努力の証なの。いまわたしが巻き込まれているこの奇妙な事件のせいで、これ以上サークルに迷惑を掛けるわけにはいかない。万が一、今回の事件であなたに変な記事を書かれて、うちのサークルがその枠から外れたりしたら、とても後悔じゃ追いつかなくなる」

 その恐怖は、僕にもよくわかった。

「あなたが何を調べ、何を発言するかは自由。わたしにそれを止める権利はないし、別に止めようとも思わない。でも今わたしたちは、ありもしないことで変なことを書かれたくはない。だからこの事件についてはわたしも一緒に考えさせて欲しい」

 信用されていないとはっきり言われた事で、気分が害されることはなかった。むしろありがたいとさえ思えた。

「森さんが犯人捜査に協力してくれるっていうなら願ったり叶ったりだよ」

 腕時計を見る。時刻は十五時十五分。気づけば四限の開始時刻を五分オーバーしている。

「今更だけど森さん、四限はいいの?」

「取っているけど、今日は自主休講ね」

 僕の方は四限を取っていない。しかし普段のこの時間は、海外にいる幽霊部員の先輩たちへ送る報告書を作成するために使っていた。だがこの際は仕方ない。彼らにはこの件が片付いてから改めてメールすることにしよう。

 二人の大きなため息が空中でぶつかった。

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