今より先へ

ひかもく

今より先へ

「今日まで、今日までだから」

 気付けば、これが口癖になっていた。


 遠距離の関係となり、どれだけの時が過ぎたであろうか。


 君の気持ちに薄々気付いていながら、今日も遅くまで仕事をしている。仕事が一番と考えているわけではない。それでも、新しい仕事の連絡が入れば、笑顔でこなしていく。


これが当たり前の、日常になってきている。


 帰りの電車では最寄り駅まで眠り、駅からは少しふらつきながら、家へと歩く。

 帰宅して時計をみると、既に日付の変更を示していた。

 なんだか翌日まで働いていた気持ちになる。

 仕事で体力を使い果たすから、携帯を見る余裕もない。家を出てから帰宅するまで、携帯を見るのは基本、休憩の際の小一時間程度だ。


 日付をまたぎ、ようやく携帯の画面を見つめる。着信が入っていた。

 時間も遅いし、かけるかどうか少し躊躇した。三コールで出なければやめよう。

 そう思って通話ボタンを押した。


 予想に反して、君はすぐに電話に出た。

「今日もお疲れ様」

 極めて明るく努めているが、声が震えていることは、一目瞭然だった。お互いに気付いていながら、敢えて触れずに会話は進む。深く聞いてこないのは、君の優しさだろう。


 遠距離となってからは特に、人生は選択肢が多すぎると感じている。

 そして、そのどれもが正解であり、不正解である。つまり、最初は正解で進んだ道も、その道の先には不正解に繋がる分岐点があるという事だ。

 そう考えると、極度に自信がなくなる。もちろん、不正解の道が正解に繋がる事もある。ただ、不正解の道をそのまま進んでいけるとも思えないし、正解に繋がる保証もない。

 決断をする際は、その先の大きな成功か、大きな失敗かの二つの未来を想像しがちで、とりあえず進む、といったどっちつかずの未来はあまり考えたりはしない。


 今の気持ちを優先するというよりも、男性は未来の成功像を描いてから、道を選びがちなのかもしれない。


 君の笑顔を思い出しながら話す会話は、少し切ない――




 最近、あなたはいつも「今日まで」と言う。

疑っているわけではない。本当に忙しいのは今日までかもしれないし、明日は会えるかもしれない。いや、会えなくても、もっと電話が出来たり、連絡が取れるかもしれない。

 離れている分、少しでも繋がりを大切にしていたいと思う。仕事が忙しいあなたと久しぶりに会えた時、その時だけは疲れも忘れて、こっちを見ていてほしいから。

 だから、その言葉を信じて、今日もこうして待っている。


 あなたは今日も遅くまで仕事。着信を残してしまったけど、きっとそのことにすら気が付いていないのだろう。折り返しの電話が欲しいわけではない。

 ただ、待っている人がいることを、わかってほしいだけ。

 重い人だと思われたくないから、こんな時間に電話があっても出ない方が良い。

 そんなことを思いながら、携帯を強く握りしめていた。


 時計の長針が短針を頂点で追い越した頃、手に細かな振動を感じた。

気が動転し、すぐに通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。

 とにかく明るく努めたかったが、ようやく連絡が取れた喜びよりも、今までの不安が上回り、声が震え、トーンもいつもより高くなる。

 気付いているはずなのに、いつものように話すのは、あなたの優しさだと思う。


 きっと、頑固なあなたは、それだけ真剣に未来を見ている。

今の気持ちを優先するわけではないけれど、女性は遠い未来を描くより、すぐそこの道を創る方が得意なのかもしれない。

 遠くにいるからこそ、想いは近くありたい。


 耳元で聞こえる声に偽りがない事を、切に願う――



 あの電話から数日後、曇一つない青空の下、二人は数か月ぶりに逢う。

 視線が合うと、自然と笑みが溢れてくる。ぎくしゃくすることもない。


 そして、二人の想いが重なる。


お互いに歩み寄り、寄り添えば良い。

高く飛びたいわけじゃなく、一歩ずつ、確かに歩いて行きたい。



君の創った道で――

あなたの描く未来まで――

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