第210話 決着

 視線で人を殺せるなら、今、僕は殺されてるだろう。

 目の前のおじいさんは、とてつもない憎悪をこちらに向けて睨んでいる。

 その視線を切ろうと位置取りするドク。だけど、それをも貫く強烈な視線。

 ひょろりと背の高いそのおじいさんは、実際、視線だけで僕を焼き殺せるだろう。比喩じゃなく、魔導師としての力を考えると、本当に可能、だと思う。

 でもそれは僕だったら、の話。

 多分僕なら目からビーム!って簡単に思いつく。イメージだってできるよね。だって、前世ではそんなことをできるヒーローとか悪役がいっぱいいたから。うん、テレビの中で、だけど。

 でも、目の前のおじいさんには出来ないだろう。

 だって、魔法をちゃんと勉強してきたんだから。セオリーどおりの呪文を唱え、セオリーどおりの方法で魔力を練って、セオリーどおりの力を注ぎ込む。

 ドクは、その課程でイメージを作っていくのだ、って、僕に教えてくれた。

 多くの養成所の生徒さんにもそう教えているんだって。

 その昔、留学してきた目の前のおじいさん=若かりし頃のリヴァルドにだって同じことは教えたんだ。


 でもね、ほとんどの人はできないんだそう。

 ドクに教えを請う人って、それなりに優れた魔導師として自分も周りからも思われている人達で、だからこそ、魔法に一言持っている。それを捨てて、ドクの、魔法はイメージ、に、思考をシフトできる人は少ない。

 アーチャに聞くと、祖国では割とイメージで魔法を練るのは当たり前だったらしい。イメージ力が低い人が長い呪文だとか、段取りを経由することで魔法を使うんだって。

 戦いが常に側にある中で、長い呪文や段取りなんて、邪魔だもんね。やらないで済むならそれに越したことはない。

 けどね、この長い段取りが、自分はこんなに難しいことをやってるから、ちゃんと魔法が発動できる、っていう自信に繋がる。それが魔法となって発現するんだ、ってドクが言ってた。

 こっちの大陸では、もともと戦いから逃げた人が中心だから、魔導師も、出来ない人がやる方法=呪文と段取り、が当たり前になって発展したんだろう。

 


 その最高峰が目の前にいる老人だ。


 「あくまでも邪魔をするか!」

 落ち着いてて、上から目線で嫌味な感じ。そんなイメージが覆る。

 ぎらぎらとむき出しの憎悪を隠しもしない。スマートさとは真逆のその人が、吠えた。


 「どうして?どうしてこんなひどいことをするの?」

 思わず僕は聞いてしまう。なんでみんなの命をもてあそぶ?

 「ひどいことだと?儂がいつそんなことをした!貴様がすべて台無しにしたんだろうが!」

 「ひどくないって言うの?たった1発の魔法で命を失う、そんな魔法を撃たせて、心は痛まないの?」

 「はっ?何を言うかと思えば!たった1発。そうだ、たった1発だ。命を賭した1発の魔法。そのためにすべてを賭ける。否。賭けることが出来る。誰にも負けない最高の魔法を発現できる。喜びこそすれ、否やはあろうか!」

 何を言ってるの?

 この人は、本当に、それがすばらしい、なんて、思ってる。隠しもしない感情が、僕にこれはこの人の本心だって教えてる?


 「なんで?おかしいよ・・・だって、魔法1つで死んじゃうんだよ?何のための魔法だよ?魔法は幸せになるための道具でしょ?魔法を使って何がやりたいか?そっちが大事じゃない?」

 「クッ。それは貴様が傲慢だからじゃよ。ガキが分かったようなことを言うな。魔法は、生涯をかけて極めるものじゃ。まだヨチヨチはじめた分際でほざくでないわ!たった1発?そうじゃ。たった1発じゃ。それですべてが覆る。偉大な魔法はたった1発で戦況を覆し、時代を進める。死してなお、その偉大な魔導師の名は世に残るであろう!」

 クッハッハッハッ・・・・

 狂ったように高笑いをするリヴァルド。

 ひとしきり笑い終えると、ギッ、と再び僕を睨んだ。


 「それがどうだ。産まれながらに恵まれたその体で、貴様はその1発を無限に使う。その素晴らしさに気づきもせず、傲慢にも、それは危険だ、などと宣う。幾多の魔導師の力になるならまだ救いはあろう。我が手にかかれば、その力を人類の発展に使えるものを。それがなんだ?母と自分の幸せだと?仲間と一緒に笑うため?それが傲慢でなくて何だという?さあ寄こせ。その力。われが全人類のためにつかってやろうぞ!!」

 そう言うとぎらつく目で、両手を前につきだし、僕にゆっくりと迫ってくる。

 ヒッ、と言って僕は動けなくなった。

 魔法を使われたわけでもないのに、おぞけで体が膠着する。


 シュパッ!

 ザン!


 そんなリヴァルドにドクが風の斬戟を見舞う。

 が、片手を振ることでリヴァルドは軽くいなした。


 「やめよリヴァルド!」

 「老いぼれが、邪魔だ!!」


 リヴァルドとドクが睨み合う。

 リヴァルドからしたらドクは年上かもしれないけど、僕から見たらどっちもおじいちゃんなんだけど・・・

 動かない体で、逃避するようにそんな思いがぼうっと頭に浮かんだよ。


 バン!

 炎が飛ぶ。

 バシュッ!!

 風が舞う。

 ピュシャッ!!!

 水がはじける。

 ズズズズ!!!!

 地面から尖った杭。


 目にもとまらぬ速さで魔法が飛び交う。

 全身黒いひょろ長いリヴァルドと、シルバーグレイを基調としたドワーフ色の強い背の低いドクの、見た目黒と白の光が何度となく交わる。

 その魔力が圧となって周りに力場を作り、近くの僕は弾かれて大きく飛んだ。


 パフッ。


 まだぼうっとしたままの僕。

 動かない体を、このままじゃ岩に打ち付けられるな、なんてのんきに考えている。僕は何をやってるんだろう。

 一瞬のはずなのに、そんな風に考えていたんだけど、僕の体は岩にぶつかることなく、適度な弾力に守られた。

 「ヨシュ兄・・・」

 僕を見下ろすヨシュ兄。

 その心配そうな顔に、硬直していた僕の体は、ゆっくりと戻ったよ。ヨシュ兄の泣きそうな顔がちょっぴり可愛くて、僕は右手を伸ばし、頬を撫でた。

 ヨシュ兄はびっくり顔を一瞬したけど、よいしょって言って、僕の伸ばした手を掴み、僕を立たせてくれた。と、一緒にヨシュ兄も立ちあがる。


 まだ続くドクとリヴァルドの戦い。

 近接なのに、山でもうがちそうな魔法が飛び交う。

 撃って、打ち消して、飛んで、転がって。

 ハラハラとみんな見守ってるけど、誰も加勢しない。ううんできないんだ。


 世界最高峰と言われる2大魔導師。

 その一騎打ちが、ここまですごいなんて・・・

 うちのメンバーは一応、みんな結界が張れる。

 自分を結界に包んで自身を守りながら、二人を守るのが精一杯。

 ううん。

 気付かなかったけど、ドクってば僕に結界をかけてくれてた。

 今、ヨシュ兄が自分の結界に入れてくれて、やっとドクは僕っていうお荷物から解放されだんだ。

 僕は、なんだか悔しくって、自分が情けなくって泣きそうになったよ。

 でも泣かない。

 僕は、キッと睨んでその戦いを見つつ、防御の結界をヨシュ兄ともども展開する。だって、ヨシュ兄ってば、僕らのパーティで一番魔力が少ないんだ。それなのに、一番多い僕に力を使ってくれている。

 ヨシュ兄はすぐに気付いて、僕を見下ろすと、微笑んで、僕の頭を撫でてくれた。そうして、魔法を解除する。

 言葉では言わないけど、僕に自分の命を預けてくれてる。


 そんなことをしている間にも、二人の魔導師の戦いは続く。

 ううん。

 僕に魔法を使わなくて良くなったドクがどんどん押していて、拮抗がちょっと崩れた?

 リヴァルドは肩で息をしながら、大きく後ろへと飛んで下がった。


 肩で息をしているのはドクも一緒。

 みんなの目が距離をとったリヴァルドに注がれる。

 今なら参戦できる?

 みんなも、同じ考えのよう。


 その時、リヴァルドがニヤッと笑った。

 みんなに緊張が走る。


 「フフフ、さすがにワージッポ博士じゃ。こうも押されるとはのぉ。」

 「フム。おぬしも年を取ったのぉ。じゃが、さすがにその人ありとうたわれた魔導師じゃ。その力、人を生かすために使えんのかのぉ?」

 「フン。多くを救うための小事じゃ。人の発展の礎となる、それこそ魔導師の本望じゃろうて。」

 「使えん力を引き出して何になる?」

 「いいや。使える力じゃ。自分のすべてを最大魔法に。そうして、世界を変える。魔導師の導く理想の世界へと!!」


 ニタッ


 ピカッ


 スーーーーン


 ドッゴーーーン!!!!



 リヴァルドの屈託のない、でも不気味な笑顔。そして、目のくらむ光と、可聴域外の音が無音の世界を作り出し・・・そして大爆発。


 大きな魔法が何重にも僕を包む。

 一番外はドクの魔法。その中にゴーダン。そしてアーチャ。体ごと包むようにしてヨシュ兄が僕をしっかりと抱きしめて・・・


 一瞬遅れて、僕は、その大外へと思いっきり包み込んだ。

 誰も傷つかないで!!

 白い光がスパークする。

 リヴァルドも船も、全部包めた、んだろうか・・・・


 僕の意識は、そこで途切れた・・・

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