第205話 トレサへ

 後ろからバンミに抱えられるみたいにしてしゃがみ込むナハトは、泣いて、ううん、嗚咽していた。


 僕は、こんなに人に恨みっていうか、憎悪っていうか、そんな感情を向けられたのは初めてで、どうしようもなく落ち込んでしまった。

 魔物と戦って、殺そうっていう感情を向けられたことは何度もあるし、あとリヴァルドなんかは、僕が手に入らないなら殺しちゃえ、なんて感情を向けられた。ガーネオなんかは近いかもだけど、それでも子供のくせにエリートの邪魔をするな、っていう殺意だった。

 でもナハトは・・・・


 ナハトは、理屈とかそんなもの一切無くて、嫉妬ですらなくて、本当に憎くて憎くて存在が許せない!って、むき出しの感情をぶつけてきたんだ。

 今泣いているナハトは、さっきの憎悪向きだしのナハトと違って、なんか抜け殻みたいで、それがなんだかやるせない。


 そんなことを思うとはなしに思っていたら、フワッて体が浮き上がったよ。

 僕が未だに震える体でしがみついていた足から、アンナが抱き上げてくれたみたい。

 目の前に来たアンナの優しい笑顔と、抱いている手と反対の手で、愛おしげに頭を撫でる手に、僕はなんだかホッとして、涙が止まらない。

 アンナの手は僕の頭を自分の肩に抱き寄せて、僕の背中にまわり、優しく何度もなで上げてくれた。



 僕らがそんな風にしている間にも、町中で戦っていた冒険者たちが、次々と領主邸にやってきた。

 そんな彼らに、ゴーダンが領主邸の捜索と、残存勢力の拘束を指示する。

 小さな魔導師軍団も次々に拘束され、とりあえず、ってことで、領主邸の地下にあった牢屋へと繋がれることになったみたい。


 「ここは、この町の冒険者とギルドに任せて、俺たちはトレサ方面へ向かう。バンミは魔導師を任せて良いか。」

 まだナハトを抱き込んでいたバンミにゴーダンは言った。

 「うん。」

 バンミは小さく頷くと、ナハトをそうっと立たせて、領主邸へと向かったよ。ナハトはバンミにされるがまま、人形のように歩いて行った。

 「私も、ここに残るよ。どうせ船じゃ役に立たないからね。」

 そんなことはないけどなぁ。アンナは火魔法は使えなくても、剣だってすごいもん。でも、バンミが気になって残るって言ってるんだと思う。本当は側にいてほしいけど、ここは我慢。バンミに譲らなきゃ。

 アンナは僕をそのままセイ兄に渡して、ドクから何かの魔導具、多分魔法を封じ込める類いのだと思うけど、を受け取って、バンミの後を追っていった。




 僕たちは、一度、拠点へと戻ったよ。

 拠点には何人かの冒険者がいて、ママに怪我を治して貰ったみたい。

 今はその治療もある程度落ち着いていて、気絶してたり寝ちゃったりしている人で引き取り手のない人が数名雑魚寝させられている。

 スペースの問題もあって、運べる仲間がいる人は、順次引き取ってもらったみたい。


 拠点ではママとアルが残ってたんだけど、ママの指示でアルとジムニが遠征の準備をしてくれてたみたい。リュックがおいてあったから、そこに放り込む形でね。

 冒険者ギルドでの話をジムニがしてたから、話が色々早かったみたいだね。

 ジムニはドクを呼びに行って、領主邸まで送って、領主邸から怪我人を誘導してって、とっても忙しかったはずなのに、今はママがつくったごはんをどんどんリュックに入れてくれてて、とっても働き者さんです。


 虐殺の輪舞も不屈の美蝶も、冒険者ギルドから直接トレサに向かったみたい。なんだかんだで、不慮の遠征なんて慣れてるってことで、1泊ぐらいの準備はあるんだって。僕らの場合だと、リュック1つで数ヶ月どうとでもなるから、そんなこと考えてもなかったよ。

 もっとも、街道沿いに村々があって、そこで必要なものは手に入れることができるし、お泊まりも出来るだろうってことで、ギルドから直接みんな飛び出したらしいけどね。あそこにいたのは高ランカーばっかりだから、みんな同じようなものだろうって。

 へぇっ、て、僕が感心していたら、これが普通だよってジムニやアルに苦笑されちゃった。

 うちのパーティでも、僕がいないときはそんなもんだよって、うちのメンバーからもちょっぴり笑われちゃいました。そりゃそっか。



 追いつくために僕たちは馬車を出して、シューバも繋いだよ。

 言っても、こっちの魔導師も大概魔力を使っちゃったしね。人の何倍も許容量あるって言ってもへとへとなのは変わりない。

 アルの御者で、僕たち魔導師班は馬車の中でお昼寝予定。

 道は整ってるはずだから、ある程度飛ばそう、ってことです。


 トレサまでは行商人なら5日ほどの距離。

 高ランカー冒険者が急ぐと3日ほどで行けなくはない。うん、行けなくはないけど、体力ない人が一人入ると無理、な感じ?

 みんなちゃんとした冒険者だろうけど、とりあえずパーティごとで急いでるはず、だって。

 そもそも、門が閉まってたはずだから、そこで足止めもあっただろうし、三々五々って感じで向かっただろうってみんな言ってます。


 馬車はしっかり進んで、この調子なら最短3日は余裕って感じ。

 僕らなら村による必要も無いから、3日もかからない。

 けど、どうやら遅いパーティを背中に捕らえたって2日目夕方、僕らは2チームに分かれることになったよ。



 まず、僕たち宵の明星組。

 馬車を降りて、森の中を進みます。

 トレサのちょっと東側に出て、海に出れそうなところを探すんだ。

 ほらどこに船を持ってたんだ!なんて、突っ込まれたくないでしょ?

 そうです。僕らは船でトレサに向かおうということになりました。



 で、ジムニとアルの虐殺の輪舞組。

 馬車のまま、役に立ちそうな道具をある程度持って、メイン街道を移動。遅れてる人達に声をかけつつ、他のパーティとトレサでの合流を目指します。

 予備の衣料品とか、量産品の武器・防具、ちょっとしたご飯なんかも置いておく。

 みんな慌てて飛び出したからね。言っても最低限の物しか持ってないはずなんだ。

 ハハハ。アルの是非とのご要望で、具だくさんのスープがたっぷり入った寸胴も出しておきました。うん分かるよ。ママのスープは世界一。


 僕はシューバにみんなのことよろしくね、良い子にしててね、ってお話しして、森の中へ。


 ここいらの森は、奥にいくつもの小さな集落があって、とっても歩きやすいんだ。

 今いるのはゴーダン、ドク、セイ兄にアーチャ。

 遅れないようにがんばってついていきます。

 いつまでも抱っこで移動、なんて、僕のプライドが・・・

 うん7割は歩いたよ。たぶん・・・6割ぐらいかも・・・はぁ。

 僕のプライドより、時間短縮の方が大事なようです、グスン。


 分かれてちょっとして夜になって1泊。

 そうして、僕らは森の中でもう1泊。

 北へ北へと進んだよ。

 ついに北の端に出たけどね、うん一面の崖、だね。

 だけど、下の方を見て、しっかり岩場があるところを見つけたよ。

 いつもミモザ近くの、内緒ドッグへ行くみたいに、重力魔法で降りることにしたんだ。いつもは馬車があってそれを浮かべるんだけどね、って、あります、エヘッ。

 ヘヘン、リュックにはいくつかのサイズ違い・形違いの馬車が入ってるんだ。

 小さめの1台を出して乗り込むと、重力魔法で崖下の岩場へ。

 ガチャン!

 あらら。

 まっすぐじゃないから、ちょっと傾いたよ。ちょっぴり壊れたけど、後でカイザーにお任せ、だね。


 この辺りの海底は複雑です。

 潜水魔法で海の底を走れるようになったアーチャが、海に飛び込んだよ。

 アーチャの偵察でここいらは割と深くて、お船の運航に問題なさそうです。よかったね。

 僕はリュックから海の上にエッセル号を出したよ。

 しばらく使ってなかったから、燃料は空っぽだけど、僕とドク、アーチャがいれば、簡単に満タンにできるよね。


 さぁ帆を上げてトレサへ向かおう。

 これ以上、人の命をもてあそぶのを放ってはおけないんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る