第203話 ナハト

 「おい、ナハト。お前、何やってんだよ。」

 バンミが途方に暮れたような、怒っているような、泣きそうなような、そんな声で、声をかけた相手。

 敵の魔導師たちの中央で堂々とこちらを睨むベージュの髪の少年。

 それは、バンミの言うとおり、ナハト、だった。


 ナハト。

 僕が教養所っていわれる、ザドヴァの魔導師養成のための研究所に潜入していた時の同室のリーダー。

 そもそもがどこか有力者の子弟だって聞いた。

 確かバンミとは同い年の当時11歳。

 この前バンミは12歳になったけど、彼はどうかな?どっちにしてもそのぐらいの年齢で、なんとなくバンミに対して思うところがあるのは間違いない。


 けど、僕は知ってるんだ。

 バンミ自身はそんなにナハトを嫌っていない。

 彼は貴族というプライドと、魔導師としての才能に、ずっと苦しめられているんだって。あの国では貴族って言い方はしないけど、実質貴族って立場の家があって、彼はそんな家の、下の方の子供として産まれたらしい。家を継ぐには兄が数人いて、自分には本来跡継ぎとしての地位はない。だが、そんな中で、彼の髪の色は、とっても濃くて、魔法の才能に期待されたんだって。あの国ではリヴァルドの打ち出した魔導師優遇の政策で、魔法を使えるっていうのは、ものすっごくアドバンテージがあるんだそう。もともとナハトの家って、魔導師じゃない家系だけど、今の世は魔導師だって感じで、家でもちやほやされて育ったんだろう、って。

 そんなだから、選ばれて、教養所に来るまでは、天才魔導師間違いなし、って送り出されたみたい。

 でもね、ほら、同室にはバンミがいた。


 バンミだけじゃない。

 濃い髪色、なんて言われてたけど、教養所に来てみたら、むしろ薄い色。

 それと同調するように魔力量もたいしたことない。

 まわりはみんなもっとすごくって、ほんと、井の中の蛙、ってのを、叩きつけられたんだろうね。

 バンミは教養所が長かったから、そんな貴族出の子供たちをいっぱい見てきたんだって。


 でもね、ナハトは違った。

 自分よりも何倍も才能のある人達に、意地とプライドで食らいついた。

 もともと強引に連れられてきた子たちって、才能はあっても、努力はほとんどしない。もちろん、罰が怖いから、一生懸命やるよ?だけどあくまでそれは受動的であって能動的じゃない。

 でも、ナハトは誰よりも努力した。

 そんな姿を見て、自分はやらないけど、すごいなって思ってたんだ、なんて、以前話してたよ。


 そうやって、ナハトはリーダーと呼ばれる地位を手に入れた。

 自分がこの国の魔導師を導くんだ、って、でっかいプライドを持っていた。

 魔力タンク、な、下々の者ってやつ、まぁ、バンミのことなんだけどね、そんな存在を付けられて、魔力量の問題も技術的にある程度解消され、将来、ナハトが望むように、特選隊っていう超エリート部隊への配属も目に見えてきた。

 「あいつはすごいよ。努力だけで自力で夢をたぐり寄せるんだから。」

 僕が、ナハトのことを大っ嫌い、って言ったとき、バンミはそんな風に言っていたんだ。



 そんなナハトが目の前にいる。


 「おい、ナハト。お前、何やってんだよ。」

 バンミの戸惑いは、だから、とっても悲しげだ。


 「おまえ、バンミか?それと、そのチビ・・・ダーか?」


 向こうも戸惑ってはいるみたい。

 ピンポイントに僕らを見る。

 一緒にいる魔導師の数名がザワザワと戸惑いの様子。

 ああ。

 数名、見覚えのある顔。

 教養所から子供たちを連れ出した、その子供たちの数名が、ナハトの後ろに立っている。そういやナハトをはじめ数名が、同行を拒否したんだっけ。数日経ってもその気持ちが揺らがない子供たちがいるって聞いたけど・・・

 最終的に「名もなき志士」の人達に子供たちを丸投げしてしまったから、その後の行方は聞いていない。

 家に帰せる人は帰したし、望む人には冒険者や商人の道を示してくれたはず。全員魔導師としての力は間違いないから、その後の道は大きく開けるだろうって、ヤーノンさんも太鼓判を押していたけれど・・・


 「家に、帰ったのか・・・」

 バンミが独り言のような、質問のような声でささやく。

 家?そうか。有力者の子弟ってことは、家が分かってる。本人が望めば当然家に帰される、か・・・

 「ああ。我々はお前たちと違って国に望まれる者だからな。このたび、正当な導き手であるリヴァルド様に、直々に望まれて、ここにいる。」


 特選隊に憧れていたナハト。

 特選隊ってリヴァルドの直属部隊。

 そうだよね。ナハトにとったら雲の上の存在、それがリヴァルドだ。

 でも、いくら戦力が必要だからって、こんな子供たちを招集するの?僕が言うのもなんだけど、ナハトや見知った顔の子供たちだけじゃなく、今、対峙してるの、みんな同じくらいの子供たちばかりだ。ひょっとしたら、複数あるはずって言ってた教養所みたいな施設の子供たちを寄せ集めたのかな?足止め要因として、まさかの、子供部隊を置いていった?


 「何が、望まれてここにいる、だよ。よく見てみろナハト。ここはどこだ?ザドヴァじゃない、タクテリア聖王国だぞ。それに、リヴァルドはもう失脚したんだ。おまえら、いったい何に仕えるつもりだよ!」

 「フン。汚い方法で足下を掬った平民たちのかかげるレニボードなどが総統と認められるか!正当な総統は反逆者により牢に繋がれている。が、我らがリヴァルド様が必ずや助け出し、国を正していくだろう。そして、こたび、リヴァルド様を支え協力した褒美として、この地域は新生ザドヴァへと編入される栄誉を得たのだ。すなわちここはタクテリアにあらず。ザドヴァとして、我らが庇護下にあるものである!」


 バンミの顔が、ゆがんだよ。

 僕も苦々しい思いだ。

 きっと、ナハトの言うのは、大人たちが彼らをここに押しやったときの理屈だろう。ううん。ナハトたち子供だけじゃなく、多くの集っている騎士たちも、そんな無茶苦茶な話を信じて、戦っているんだろうね。

 けど、ちゃんと見たら、外国に侵攻した敗残兵の戯れ言だ。

 ここの領主は、国の裏切り者、それ以外にありえない。

 むろん領民が領主を支持してザドヴァ国民になりたいんだっていうのが大勢だってんなら、ちょっと考えて、冒険者としては、引くかもしれないけどね。ザドヴァに編入されたいトレシュク領民なんて、領主とズブズブの関係の人達だけだよ?

 少なくとも、僕は、そんな理屈は認められないよ。

 だから・・・


 「ねぇ、ナハト。今ならまだみんな許してくれるよ。だからペンダントを外して、武力を解除して?お願いだよ。僕たち子供が、こんなばかげた争いの犠牲になるなんて、おかしいよ。」

 僕は、そんな風にナハトに話しかけた。

 でも・・・


 「ハン。この裏切り者、いや、汚らしいスパイめ!産まれながらの才能があるからと、人を見下す卑しき者よ。ああ、今日はなんて良い日だ。ダーよ、お前のような恵まれた者に鉄槌を下せるのだからな。いや、ダーだけじゃない。バンミ、お前もだ。お前たちのように卑しい生まれの者が、ただ魔力に恵まれているだけで、尊い生まれの我らを見下してきた。その間違いを正してくれる。さぁ、みんな、まずはあの二人だ。二人を血祭りに上げ、リヴァルド様への忠誠の証としよう!」

 おーーー!

 魔導師たちが呼応する。


 そして・・・


 ペンダントに怪しい光が灯り始めた・・・

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