第188話 モーリス先生

 案内された寝室は、白を基調とした清潔感たっぷりのお部屋で、でもそれがなんだか、前世の病院を彷彿させた。

 ベッドには、本当にやせこけた、としかいいようのないおじいさんがいて、現世で初めて見る、病人、て、感じだったから、ちょっぴり戸惑っちゃった。

 「さぁ、どうぞ。」

 扉のところで固まっちゃった僕を促すのがどう見てもナース服のおばさん。余計にこんがらがっちゃったのかもしれない。


 僕らが入ってきたのを見て、そのおじいさんはゆっくりと上体を起こしたよ。

 優しそうな顔で、僕を見たんだ。サマンお姉ちゃんのことは知ってるから、初めましては僕だけ。きっと、僕が記憶持ちだって分かったんだと思う。しかも、地球の、ね。


 「こんにちは。こんな恰好ですまないね。ベッドからでるとナーが起こるからね。」

 ニコニコ、と、笑うモーリス先生。

 「さぁ、こっちへおいで。大丈夫。うつる病気じゃないからね。」

 「うん。キャンサー、癌、だって聞きました。」

 僕はベッドサイドに向かいながら、そう言ったよ。

 「おや君は日本から来たのかな?」

 「うん。分かるの?」

 「私は言葉を覚えるのが好きでね、病名とか仕事上に必要な単語は、いろいろな国の言葉を覚えていたんだ。癌、は日本語だね。じゃあ、脳外科医、って言えばわかるかな。私は元はイギリス人の脳外科医でね、現世でも似たようなことをやっていたんだよ。名前はモーリスという。ザドヴァ国から出たのは今回が始めて、かな?」

 「えっとダーです。アレクサンダー・ナッタジ。日本、で生きてたと思うけど、あんまり覚えてないの。多分ちゃんと働いたことないと思う。学生、だったのかな?そんな感じです。」

 「そう。それにしては、あの荷物、すごいね。家電でもつくるのかな?」

 あの荷物、って船の積み荷かな?

 そう家電、の外側、なんだけど・・・


 「え、分かるんですか?板しかなかったでしょ?」

 「ああ。あれだけきっちりと組み立てることを前提とした規格を生み出したのは君だ、って聞いたよ。いろんな形の箱を組み立てて、魔導具を埋め込み生活に役立つ物を作る、って聞いた。あの鍛冶師たちにね。我々のボスは小さくてでっかいんだ、と言ってたけど、なるほど、ここまで小さい子だとは思ってなかったよ。フフ。」

 モーリス先生は、楽しそうに笑った。

 でも、すぐにケホケホッて、むせちゃったんで、ナースのおばさん、ナーさん?が飛んできて、背中をさすったよ。


 「大丈夫?」

 「ああ、おそらくはそろそろ末期癌、でね。いつもこんなもんさ。」

 「僕、治癒魔法使えるよ。ママはもっとすごい治癒魔法、使える。」

 「ハハハ、それはすごいな。でも、ダメなんだ。癌って病気は知ってるかな?変質した細胞が増えていく病気だ。治癒魔法は細胞を活性化する。癌の治療には向かないのさ。」

 「え・・・でも・・・」

 「そんな顔をしないで。私は十分生きた。できれば後半の人生の償いを出来ればいいと、今はそれだけに残された命を使いたい、と、そう思っているんだ。」

 「それは・・・」

 「リヴァルドを阻止する。」

 どかこ遠いところを見つめてモーリス先生は言った。


 「・・・」

 「実はね、君がこんな幼い子だと思ってなかったから、ちょっと戸惑っているんだ。ヨシュア君から、記憶持ちの少年と会うのはすべてを終えてからにして欲しい、と言われた意味がよく分かったよ。」

 「あの、リヴァルドのこと、僕、ちゃんとやっつけるよ。僕の仲間はすごいんだ。だから、モーリス先生は、ゆっくりと体を治してよ。ねぇ、なんか治せる方法とかないの?」

 「・・・ありがとう。残念ながら、この世界では外科手術も抗生物質もないからね。このまま最後を迎えるしかないかなぁ。」

 「外科手術ができれば・・・・?」

 「ハハハ。腕の良い医者がいて、設備があって、道具があって、全部悪いところを摘出できれば、ね。ないないづくしだけどね。」

 「そんな・・・」

 「ハハ、君は良い子だね。こんな初めて会ったじいさんのことを、そんなに心配してくれてる。そうだ。ダー君、君はドイツ語は読めるかい?」

 「ドイツ語?ううん。日本語と簡単な英語ぐらい。」

 「そっか。英語で書いておけば良かったなぁ。医術書はドイツ語っていう偏見があったからね、失敗したなぁ。」

 「あの、どういうこと?」

 「簡単な外科的療法の教科書っていうかね、まぁ説明書みたいなのを書いているんだ。記憶を元に、もともとは自分のために書いていて、あとは同じ知識を持つ者がいたら譲ろう、とね。この世界では残念ながら外科というものがない。治癒魔法の存在が、そういうのを発展させなかったんだろうね。人の体にメスを入れて縫合する、なんて言えば、悪魔の所行、とみられるんだ。まぁ、悪魔、というのはこの世界にない概念だけどね。なんていうか、外道を使うインチキな奴、そんな風に見られるのさ。そういうこともあって、地球の知識があって、救える命を救いたい、という人がいれば、役に立てて欲しい、そのための本だ。だが、ドイツ語で書いてしまった。生きてる限りで英訳はできるが、君の知識でどこまで学術用語が分かるか、だね。」

 「あの、それなら、ドイツ語で大丈夫。あのね。仲間にドイツ人だった人がいるんだ。」

 「ホントかい?」

 「うん。ドワーフの人。そうだ。カイザーならメスとか医療道具だって作れちゃうよ。ねぇ、あきらめないでよ。全部終わって僕が、僕らがなんとか手術できる方法を見つけるから。絶対に生きて、僕にいっぱい教えてよ。」

 「・・・」

 モーリス先生は、ちょっぴり泣いてしまった僕の頭を優しく撫でながら、分かった、がんばるよ、って言ってくれたんだ。



 そのあと、前世の話はおしまい、って僕は言ったんだ。

 無事、すべてが終わったら、いつでも前世の話なんてできる。

 今は、だから、これからやるべきことをやらないと。

 モーリス先生は、今までまだみんなにも教えてなかった、リヴァルドの計画を事細かに、先生の知る限り教えてくれたよ。

 フフフ、ダー君の交渉術ってすごい、ってサマンお姉ちゃん、びっくりしてた。

 だって、今までは鍛冶師の救出に関係ありそうな情報しか貰ってなかったんだからってね。



 で、教えて貰ったことなんだけど・・・


 リヴァルドは、ここの領主とタッグを組んで、ザドヴァの主権を取り戻すつもりらしい。で、その際トレシュクはタクテリア聖王国から離れザドヴァへと併合、川よりも西はすべてザドヴァのものとする。さらには、トレシュク領を足がかりに、タクテリア聖王国をどんどん支配下に置いていこう、っていう遠大な計画なんだって。

 実際、彼が抱える魔導師軍は、ちゃんと兵士たちと連動したら、すごい力を持っている、らしい。この前は、奇襲的な形で遅れをとったけど、今のザドヴァに残っている戦力より、リヴァルドの持つ戦力の方が実力は上、というのが実体なんだって。

 人体実験で手にした改造魔導師の力は、本当にすごいんだ、そうモーリス先生は悲しそうな顔をした。ザドヴァを取り返したら、きっとさらに魔導師をつくっていくだろう、って。今まではまだまだ遠慮があったけど、もう一切気にせず、無茶苦茶な育成をしていくだろうって。モーリス先生は、それを止めたいんだって。


 だったら、やることは一緒だよね。

 リヴァルドをここで止める。

 もう絶対、人を改造する、なんてバカなことは出来ないように徹底的に潰す。


 僕の誕生日には祝勝会をやってね、そう、モーリス先生と約束して、僕らは拠点に戻ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る