第183話 トッソー村

 えっとー、僕は今、ちょっと困っちゃってます。

 えっとね、僕、知らないお姉さん、は言い過ぎか、ララさんというトッソー村の村長さんの娘さんっていう人に、がっちりと抱きかかえられています。

 そう。

 さっきね、襲われてた女の人。

 近くの村の村長さんの娘さんなんだって。


 あの後、鎧姿の人と、ララさんを襲った男とは、すぐに追いついた他のメンバーも手伝ってロープにグルグル巻きにしました。

 ミラ姉と向き合ってた、一人鎧が違う人が隊長なんだって。

 彼ら鎧の一団は、元ザドヴァの騎士、だそうです。

 隊長は強いからじゃなくて、有力者の息子なんだそうです。

 粛正の嵐状態のザドヴァから、リヴァルドの庇護を求めて逃げてきた人もたくさんいて、その人たちを使って物資や人材を集めているのは確かなようです。

 ていうことを、簡単にお話ししてくれたみたい。


 なんかね、僕とかドクとかの噂がチラチラ流れてて、クーデターを支えた英雄チームとして宵の明星の名は、あの国で、密かにささやかれているんだって。伝説の魔導師ドクとその弟子で夜空の髪の子供が所属するってのが冠についてるらしいです。  

 魔導師が尊敬されるあの国では、ドクは魔導師として絵姿なんかも売られるぐらいの有名人だから、後でやってきたドクの姿を見て、そしてララさんを助けた僕を見て、あっ、て、気付いたって言ってたらしいです。


 あ、らしい、ていうのは、僕はお話しを聞くところにいなかったからね。

 ララさんがずっと僕を離さないし、大人のお話し合いのところには僕たちお子様は近づいちゃダメって常々言われてるんだ。だからこれらを聞いたのは、ゴーダンとかからのまた聞きです。

 でもね、今回、ママが呼ばれるようなことはなかったんだ。

 なんだか、この隊長さん、僕らに気付いてとっても饒舌だった、そうです。お話し聞きたい、って言ったら、何でも簡単に教えてくれたんだって。だからひどいことは一切してないそうです。ホッ。


 あのね、グルグル巻きにしてるときもね、ララさんは僕をギュッってしてたんだ。

 でね、そこにママが来てね、「いたいのいたいのとんでいけー」ってララさんにしたの。ララさんの腕が切られてて、血まみれさんだったからね。

 で、ララさんの腕だけじゃなく、僕もその血でべたべただったから、ママに言われて、お水の魔法で綺麗にしたの。ララさんびっくりして、僕へのハグをちょっと緩めてくれたんだけどね、完全には離してくれなかったんだ。


 でもね、ララさん、怖かったんだろうね、まだその時点では細かく震えていたの。だからアンナに言われて、ずっと抱っこされてあげてたんだけどね、あんまりギュッとすると苦しいって言ったんだ。だって、本当に息が出来なくなりそうなんだもの。

 そうしたらごめんなさいね、って言って優しく抱き直してくれたんだけど、そのあと、ララさんに連れられてやってきた、ここトッソー村の、しかもララさんのおうちに来て、村長さん達とお話ししている間も、全然離してくれないんだ。

 てことで、僕はかなり困ってます。



 でも、そんな僕は放っておいて、鎧の人達とのお話し合いをして、村長さん達ともお話ししているゴーダン達。

 どうやら、ララさんを襲った男はジャンゴという、もともとこの村の人間で、ララさんとは幼なじみなんだって。首都で一旗揚げるって村を出て数年、どうやら当初の夢も潰え、日払い人足的なことで、最低限の暮らしをしていたらしいんだけど、そんなとき最近現れたザドヴァ人たちに誘われたそうです。


 なんかね、酒場とかでおごってくれて、情報収集をしてる外国人がいたんだって。その時は、出身はどこでその村ではどんな名産品があるか、なんかをいろんな人に聞いていただけみたい。外国から来て商売を始めようとする主人のための情報収集をしてるんだ、って言ってたから、そんなに気負わずに、人手がいるなら雇ってくれよ、なんて軽く話してたんだって。

 ジャンゴは、そのときに、自分は一旗揚げようと思って首都へ来た。立派になったら好きな女にプロポーズするつもりだったけど、現実は甘くなかったよ、なんて話をしてたらしい。


 後日。

 とある立派な屋敷に呼ばれたんだそう。

 そこで、夢を実現する気はないか?と言われたんだって。

 好きな女を首都に迎えて、店を構える気があるなら、方法があるぞ、って。


 首都で店。

 これはすごいことなんだって。

 なんせ商人のための領だからね。

 一番の出世って感じじゃない?

 自分を馬鹿にした村の人たちや、首都でこき使ってきた偉そうな上司にも自慢できること。

 そう思って話を聞いたんだそう。


 その話によると、ふるさとトッソー村の商品を扱う領主専属の商人にジャンゴをするというものだったんだって。トッソーの品を領主に言い値で売る。その2割がジャンゴの報酬。そう言って、その場にいた男がニヤッと笑ったんだって。

 ただ単にトッソーから商品を運ぶだけで売り上げの2割がもらえる。それを元手に首都で店を開くなら、場所探しにも協力する、そんな話だった。


 でもね、その言い値ってのが問題だったんだ。市場価格の半額に近い額を言ってきた。さすがにそれは無理だって断ろうと思ったらね、渉外の助っ人も付けるって言うんだって。自分はただ村へと案内し、そして助っ人たちが交渉して手に入れた商品を運ぶだけでいい。

 「もしお前がいやなら別に良いんだ。他の者を頼りにするから。」

 この言葉が、ジャンゴを決断させたんだ。他の人にこんな儲け話を渡してなるものか!


 やばい話、ってジャンゴは思ったらしい。けど、長年のすさんだ生活が夢を歪めてしまったのかもしれない。彼に助っ人として紹介されたのは、ともに捕まえた鎧の男たちだったんだって。実際隊長はザドヴァの有力者。あの国には貴族ってのは存在しないけど、実質貴族みたいなもん。彼が渉外担当として、村の代表と話をする、ということだったんだって。


 実際、ジャンゴと鎧の男たちはやってきて、村長たちとやったそう。

 剣をつきつけての、。 

 はじめは村長さん達も単なる脅しだろうと思ったし、何より出ていったとはいえ村人のジャンゴがいるしね、本気にしなかったんだって。

 でも、その場にいた人が一人斬りつけられたんだ。

 こっちは素手。相手は剣に鎧まで。

 その気になったら、何人でも斬るぞって勢い。

 しぶしぶ契約書にサインしたんだそうです。



 その後、ジャンゴはララさんの腕を掴んで、帰って行こうとしたんだって。

 「この村はこれから貧しくなるだろう。だが安心してくれ。君は僕が幸せにして上げるよ。」

 そんなふざけたことを言って、ずんずん引っ張って行く。

 ララさんは逃げようとしたんだけどね、村の中では他の村人に剣を突き付けられて逃げられなかったんだって。

 で、外に出て、馬車に乗ろうとしたときに隙を見つけて、森へと逃げ出したんだ。でも、とうとう追いかけてきたジャンゴに、僕らが見つけた場所で捕まって、大人しくしろってナイフで切られたそうです。

 鎧の人達はそれを追いかけてきて、にやにやと見ていた、ってララさんが言ってた。

 ナイフで切られて叫び声を上げたララさんにうちのシューバが気付いて・・・あとはご存じの通り。って事件があったんだって。


 契約書は、とうぜん取り上げて、セイ兄が燃やしちゃった。

 でも、やっかいなことが起こってるのは間違いなさそうです。

 ゴーダン達が鎧の人たちから聞き出したところでは、こういう事件は、この領の首都近辺の村では相当数起きてるらしい。

 ここはたまたま僕らが出くわしたけど、被害はいっぱいありそうなんだって。


 なんで、この村が狙われたのか?

 多分名産品のせいじゃないか、ってアンナが言ってるよ。

 村長さんに聞いたらね、この村は森の深いところにあって、近くにいろんな薬草があるんだって。それを摘んでお薬を作る。このお薬が村の名産品であり、薬師さんがいっぱいいる、っていうのも特徴なんだって。

 その性質上、あんまり部外者は村に入れない。だからこの村の秘密も手に入れたいんだろうね。薬の供給も争う気なら必要だし。


 でもねぇ。

 やっぱりリヴァルドってば、まだ争う気なのかな?

 首都ではどうも協力者がいそうだし。

 領主云々はさすがにないだろうってゴーダンは言ってるけど・・・

 どっちにしても、他領とはいえ、我が国で好き勝手して欲しくないよね、て思うよ。争いごとはもうたくさん。

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