第149話 敵は味方

 午後の座学を終えて、ムッとしながらお部屋に帰る途中、指導室の前を通ったら、ちょうど教官が出てくるところだった。

 相変わらず無表情な教官が通り過ぎるのを待って、部屋の前を通ったら、なんかたくさんの泣き声みたいなのが聞こえた気がしたんだ。

 これって、本当に泣いてるんじゃなくて、心の中で泣いてる、そんなやつだ。

 なんだろう、って思って、教官の後に一応は無表情だけど、ちょっぴり見慣れてきた僕にはけだるげに思える子供たちが1人、2人ど出てくる垣間から覗いてみたんだ。

 出てきた子も含めて、僕の一応は見知った顔。一緒にテストを受けた子たちだからね。

 さすがに新しい子はいないようで、今部屋に残っているのは5人。内3人がアホルたち僕と一緒に連れられてきた子たちだった。

 心の中で泣きじゃくってるのは、この3人で間違いなさそう。他の2人も、先に出ていった子たちも、なんだか辛そうだ。

 僕は、この子たちが気になって、指導室に入っていったんだ。


 「大丈夫?」

 僕は、みんなに声をかけたよ。

 名前の知らない2人には怪訝な顔をされた。

 知ってる3人は、顔を上げるのも辛そうで、机に突っ伏してるよ。


 「なんだ、お前?」

 知らない男の子が言った。

 「僕はダー。その3人と一緒に連れてこられたんだ。」

 「それは知ってる。なんでここにいるのかって聞いてるんだ。」

 「みんな泣いてるみたいで気になったの。」

 「はぁ?誰も泣いてないぞ。」

 「だって・・・苦しそうなんだもん。」

 「そいつらは、今魔力の道を通している最中だからな。普通だよ。そうか。お前、髪の毛が短すぎて、恩寵をまだ受けてないんだったな。」

 「恩寵?」

 「魔力を通して貰うことさ。」

 恩寵って言うんだ。なんか笑っちゃうね。

 こんなに苦しそうなのに、何が恩寵だろう?


 そういえば聞いたことがある。

 魔力を通したら、肉体がちょっと変わるんだって。魔力って強力な力だから、肉体が本当はついていけないんだ。けど、ゆっくりと通すことで、それこそ、毎日素振りをしてたら手に豆が出来てかたくなっていくみたいに、魔力の通り道は、それに適した肉体へ変わっていくんだって。

 でも、中には、魔力に適合しきれない人もいて、通り道が壊れちゃう場合もあるって聞いた。それだけなら魔法を使えなくなっちゃうってだけだけど、下手したら体の組織がいろいろ壊れちゃって、内臓だったり手だとか足とか、人によって違うけど、どこか体を壊しちゃう人もいるのだとか。最悪は死んじゃう場合もあって危険だから、ものすっごくゆっくりか、専門の人に適切な形で通して貰うのがいいって、いろんな人から聞いたよ。

 まぁ、僕の場合は、そんな途中は全部ぶっ飛ばして、ゴーダンが通しちゃったんだけどね。でも、本当かは知らないけど、僕はとっくに道が形成されてて、最後の一押しだけだったんだって。まぁ生後数週間で意識を持って、なんとかママと意思の疎通を図ろうとテレパシーみたいな力を使ってたから、勝手に道は通ってたって言うんだ。うん。ゴーダンが、だけどね。



 で、今見た感じ、たぶん3人はこれの失敗だか、強引だかの症状だ。

 ちょっと見れば分かるけど、魔力が変なところで沸騰してるみたいにグルグル渦巻いてるし、たぶん体の細胞が悲鳴を上げてるんだ。

 ものすっごく耐えてるみたいだけど、ひょっとしたら泣いたりわめいたりしたら罰を受けるからかもしれない。

 3人がひどいけど、残りの2人も同じような症状が見える気がするよ。

 3人に比べればマシだけど、魔力が途切れ途切れに体に燻ってる。

 この子たちも連れてこられて間がなくて、まだ道が通りきっていないんだろう。



 「ダー、何をしてる?」

 僕が、そんなふうにみんなを見ていたら、バンミがやってきたよ。

 ここにいる子からしたらバンミってば先輩っていうか、上の人、なんだろうね。

 2人は慌てて立って、直立不動になったし、3人もフラフラと立とうとした。

 「みんな座れ。」

 バンミがそう言ったから、みんな慌てて座ったけど、なんかやな習慣だ。

 

 「で、ダー?」

 「んとね。この3人、僕と一緒に連れて来られたんだ。多分、魔力の道を無理して開こうとして、中がクチャクチャだ。」

 「・・・確かに。だが始めたばかりはこんなもんだろう?」

 「違うよ。本当は、こうならないように注意深く通すもんなんだ。」

 「おい、お前。上級生になんて口をきいてる。」

 2人の内の、僕に誰何した子が、そう言って、手をふりあげたよ。

 下と思ったらすぐに手を出そうとするのは、こんな子でも一緒なんだ、って思って呆然としてたら、その子の振り上げた手をバンミが掴んだんだ。

 その子、ハッとして拳を下げたけど、上下関係、ほんといやになるぐらい徹底してる。


 「バンミさん、この中で魔法とか使ったら、教官とか飛んで来ちゃう?」

 僕は、バンミに聞いてみた。

 「いや、それはないな。」

 「そう。だったら・・・」

 ヒール、って心の中で唱えたよ。

 3人だけじゃなくて、残りの二人も結構ボロボロだし、一緒に癒やしの魔法を使ったんだ。


 「お前・・・ダー・・・?」

 バンミは魔力が見えるって言ってたから、声に出さなくても、僕が魔法を使ったのが分かったんだろうね、目を白黒していたよ。魔力が溢れるほど強い、とは思ってたけど、さすがに僕がもう魔法が使えるなんて、思ってもなかったんだろうね。

 エヘッて、バンミに笑いかけたら、何故か天を仰いでしまった・・・


 しばらくして、自分の変化に気付いたんだろう。

 ゆっくりと顔を上げて、自分の体を不思議そうに見る5人。


 「・・・ダー。お前がやったのか?」

 ちょっぴり震える声で、アホルがそう言ったんだ。

 それを聞いて、他の子たちがビックリ眼で、僕を見たよ。

 「ダメだった?」

 「いや・・・そのありがたい。けど、なんで?・・・」

 「僕、魔法が使えるんだ。」

 「いや、だけど6歳だろ?」

 「信じられない?」

 「・・・いや、信じるけど・・・でも、癒やしの魔法だろ?そんなの、魔導隊にも数えるほどしかいないって・・・」

 「そうなんだ?でもママはもっとすごいよ?」

 「・・・そういうことじゃなくて・・・」

 「まぁ、いいじゃない。でね、みんなに聞きたいんだけど?」


 一応、アホルはポツポツと会話してくれてるけど、みんなはまだまだ呆けた感じ。  

 でもね、みんなの耳が僕らの会話に集中してるのは分かってる。

 近々、みんなを救出するんだから、できれば初めからついてきてくれればありがたい、そう思って、僕はこの機会を生かそうって思ったんだ。


 実際のところ、望んでこの施設にいる人はほとんどいない。

 ここにいると、魔法の道具として使い潰される、ってのは、みんななんとなく分かってる、この短い間でも、僕はそう感じたんだ。

 バンミは特殊だとしても、ナハトみたいに忠誠心とここで出世するって強く思ってる子は、ほとんどいない。多分各部屋のリーダーの中に数名いるかいないかだ。


 「みんなに聞きたいんだけど、ここでずっと痛い目に遭って魔法が使えるようになって、そのせいで死んじゃうのと、自由を目指して死ぬ気で脱出するのと、どっちがいい?」

 「おまっ、何、言ってるんだよ。そんなのバレたら!」

 アホルが小声で怒鳴る、なんて器用なことをしながら、僕を叱ったよ。

 「フフン。ちなみに僕とバンミさんは、死ぬ気で脱出する方に1票なんだけど、乗るなら、自由をあげる。」

 僕が堂々と言ったからか、みんな固唾を飲んで、僕を見つめ、順々にバンミにも目を向けた。

 「ああ、まぁ、ダーの言うとおりだ。俺は抜ける。算段は出来てる。どうやらお前ら全員分の席もダーたちが用意してくれてるみたいだぞ。」

 本当はついてきてくれなくても、子供たちは連れてく予定なんだけどね。自分からついてきてくれたら、安全が増大する。


 「そんなの無理に決まってるだろ。」

 ぽつり、と誰かが言った。

 「どうだろ?みんな僕の治癒の魔法、どうだった?ちなみに僕、全属性使えるけど、治癒はあまり使わないから苦手分野なんだよね。」

 「はぁ?全属性?聞いたことないぞ。だいたい治癒が苦手って!一度だけ魔導隊の治癒魔法見たけど、あんな一瞬に複数人、しかも無詠唱なんてありえないぞ。」

 まさかの、驚いてくれたのはバンミだったよ。

 まぁ、おかげでみんなの僕を見る目がちょっぴり変わったけどね。


 「あのね、ダー君。もし本当だったら私はダー君についていきたいって思うの。でもね、無理なの。お母さんたちが、家族が、みんな困るの。お金いっぱい貰ったの。みんな私が立派になってお国に尽くすって喜んでるの。だから・・・」

 一緒に来た、ゾエアンちゃんが、そう言って泣いちゃった。

 この話は、みんなが心配してたことなんだ。

 ある意味金で子供を売ったようなもんだし、それに見せしめに一族郎党死刑、なんてこともあり得る、ってパッデさんが心配してたからね。

 だからね、そこは考えてる。

 「大丈夫だよ。ゾエアンちゃんがここにいたくても、ここがなくなったらいられないでしょ?賊に掠われちゃったら国だって家族を責められないよね?」

 「え?」

 「もうすぐ、ここは敵に襲われて壊滅するんだ。そのとき、安全地帯に逃げ出して欲しい。敵は味方だ。それだけ、今は覚えておいて。」

 目を白黒させる子供たちに、僕はにっこりと笑いかけたんだ。

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