第144話 同室の人々
テストが終わると、僕はアホルに手を引かれて、部屋へ戻った。
今日はもうノルマは終了、らしい。
解散と同時に、アホルに手を捕まれて、この部屋へと連れ戻された、っていうのが真相かな?
「なぁ、おまえ、教会は行かなかったのか?」
お尻に出来るだけ響かないように、そうっとベッドに腰を下ろす僕を待って、アホルは言った。
アホルには、ここへ来る途中に何度も話しかけたけど、あっちから話しかけられたのって初めてだな、となんとなく嬉しかったよ。
「うん。えっとね、ずっと旅だったから・・・」
「そんなことだろうと思ったよ。馬車の中でもずっとしゃべってるし、変だと思ったんだ?」
「ん?馬車でおしゃべりは、変なの?」
「馬車じゃなくても無駄口はだめだ。親に習わなかったのか?」
「え?うちじゃみんないつでもおしゃべりするよ?ご飯の時にお口にものが入っててしゃべったら叱られるけど・・・」
「親から変わってるのな。ふつう、無駄口叩いたら、まず叩かれるぞ。」
「まじ?」
「それとな、おまえ、6歳って言ってたっけ?多分ここにいる誰よりも年下だ。年下が年上にそんな生意気な話し方したら叩かれる。」
「え?」
「あと質問な。質問していいって最初にナハトさんは言ったけど、同じような質問は叩かれる。質問は良くてもそれは意味がなきゃだめだ。どう思うか、とかは意味がないから質問にならない。そんな無駄口は叩かれる。」
「それも無駄口なの?」
「そうだ。意味のないこと、論理的じゃないこと、そんなのは全部無駄口だ。」
「・・・・そんなんじゃ、おしゃべりしても楽しくないよね?」
「楽しい?おしゃべりで楽しいってなんだ?」
「え?だって景色見てきれいだ!とか、これができたよっ、褒めて!とか。褒めて貰ったら嬉しいし、出来なかったらくやしい。そんな感想を言い合うのも楽しいじゃない。」
「それに何の意味がある?」
「楽しいは、幸せの元だよ。」
アホルは、難しい顔をして首をかしげた。口の中でやっぱりヘンな奴だ、と言ってるけど、僕、変?アホルの方が変じゃない?
「あぁー、なんかお前と話してるともこっちがおかしくなる。こんな風にイライラしてるの見られたら、こっちだってお仕置き確定なんだからな。まったく。こんな気持ちになったのは初めてだよ。あのな、ダー。とにかく、お前がぶたれるのを見たくないって思ったんだ。いつもは誰かがぶたれてても馬鹿な奴としか思ったことないんだけどさ、あぁ、なんかむかつく。お前がぶたれてるの見て、しかもそれを自分が手伝ってるのに、なんか、すっごいもやもやしたんだよ。こいつ、なんでこんな馬鹿なんだ?って、あぁ、なんだよ、どうしたんだ、俺?とにかくだ。ダー、俺が教えるから、もう俺の前でぶたれるのはやめてくれ。」
「え、えと・・・うん。そりゃ僕だってあんなの嫌だし・・・」
正面から僕に向き合って、両手で僕の両肩を掴んで揺すりにながら、なんだか涙目になってるアホルに、なんだか気圧されちゃって、僕は思わず頷いたよ。
ネリアとかにさ、色々僕の常識がおかしいって言われてたけど、アホルの言うのが常識、なのかな?それだったら常識なんかいらない。
でも、ネリアなんて、僕よりずっとおしゃべりだ。
だったらアホルの言うのもおかしいのかな?
こんがらがっちゃうよ。
でもね、僕はアホルの常識は好きになれない。
好きになれないけど、僕だって叩かれたくないし、僕が叩かれてアホルが泣くのもヤダ。だったら、潜入の間だけだもん、アホルを頼りにしよう、僕はそう思って、涙目のアホルの頭を、ベッドに立ちあがって優しく撫でて上げたんだ。
フフ。アホルの驚いて見上げる目。なんか、かわいいなぁ、と思った。うん。アホルは良い奴だ。村の子供たちと同じだ。僕が守って上げなくちゃ。
ガチャ。
僕がアホルをなで始めたのを見計らうように、扉が開いて、ひょろ長い人が入ってきた。
「もういいか。」
そんな風に言う。
なんか、ドアの向こうで誰かいるのは気付いてたんだけど、まさかこの人だったとは。
「すみません。」
なぜか、アホルは彼に謝り、僕を抱っこしてベッドから降ろした。
?ベッドに立ったのが良くなかったのかな?
「いい。その子の面倒、見てやれ。」
「ありがとうございます。」
「その、なんだ。昼のお仕置きは、俺もちょっと、来るもんがあった。」
なんだよ。
僕を押さえつけてた人二人とも、実はいやだったって?
だったらその時言って、ナハトを止めてくれれば良かったのに。
「おい、チビ。」
「僕はダー。チビじゃない。」
「ちょっ。だからダー、年上にそんな言い方!」
アホルが焦ったように、僕の腕を引っ張るけど、冒険者は舐められたらおしまいだってゴーダンも言ってたんだからね。
「ハハハ、こりゃとんだ赤ん坊だな。お前、教育が大変だぞ。」
「はい。でも、放っておけないんで。」
「まぁいいさ。ダーか。俺はバンミだ。ナハトと同じ11だが、優秀なのは奴だ。だから奴がこの部屋のリーダー。いいか覚えておけ。上のもんが黒を白と言ったならそれは白なんだ。無駄口は叩くな。俺はナハトが白だと言うもんをお前が黒だと言ったなら、迷わず鞭をとってお前をぶったたく。」
それだけ言うと、自分のベッドに寝っ転がって、バンミは、なにやら本を読み始めた。もう話はない、そう言わんばかりの態度だけど、ああ見えて、僕を気にしてくれたってこと?でもいやだなぁ、なんだよその叩く宣言は。
「あのな、バンミさんの言うのは本当なんだ。だから、叩かれたくなかったら大人しくしてるんだ。それで、もし叩かれることになったら、すぐに謝れ。でないと謝るまで叩かれるぞ。ナハトさんだけじゃなくて、他の人全部だ。」
「そんなのおかしい。」
「おかしくっても、そうなんだ。いいか。ダーは本当に分かってないみたいだから、まずいって思ったら俺が叩く。そしたらごめんなさい、って言え。そうしたらもう誰も叩かない、と・・・思う。それでも叩かれたら、絶対逆らっちゃダメだ。出来るだけ黙って耐えて、終わるまで待つ。いいな?」
「でも・・・」
「でも、じゃない。それともお前そんなに叩かれたいのか?」
「それはやだ。」
「だったら俺の言うとおりにしろ。できるだけ教えるけど、多分ナハトさんは、」
「私が、なんだって?」
そんな言い合いをしてたら、後ろから声がかかった。ナハトだ。でも気配も感じなかったよ?ヨシュ兄並に気配を消せるってこと?
ビクッと縮み上がった僕とアホルをナハトは冷たい目で見下ろしていた。
ごくっとアホルが固唾を呑む音が聞こえたよ。
でも、僕を後ろ手に後ろにやって、自分が前に出てくれた。
「おかえりなさい、ナハトさん。その、ダーは教会にも行ってないし、親にもしつけられてない不憫な子で、その、昼のことはちゃんと言って聞かせます。で俺、いえ、私がしっかりと教えますんで、しばらく大目に見てもらえれば、って、そんなことを話していたんです。」
「ふん。その子が野生児だというのは分かります。普通だったら3歳でももうちょっとわきまえてるはずだ。今から教育で生ぬるいことをやっていたら、国のためになりません。その子は私が教育しましょう。」
「え?」
「何か問題でも。」
「い、いえ。」
アホルがちょっと唇を噛んで悔しそうにするけど、さすがに否定はしてくれないね。
「あぁ、ナハト。」
そのとき、ベッドに上半身を起こして、バンミさんが声をかけてきた。
「なんです、バンミ。」
「んの、なんだ。なんだったらそのチビ、俺が面倒見ようか?」
「バンミが?」
「まぁ、そのなんだ。おまえさん、優秀だから、その色々忙しいだろ?そっちのアホルの面倒とまとめて、俺が見てやっても良いぞ。いちいち、こいつらのカリキュラムに合わせてお前が戻ってくるのも大変だろう?」
「いいんですか?あなたが人の面倒を見るなんて、ちょっと驚いているんですが。」
「いや、まぁ、なんだ。お前と違って、できが悪い俺は、かなり暇だしな。カリキュラム中に、おまえさんが中座してて、自分がのんびり読書ってのも、なんか据わりが悪いしよ。」
「なるほど。確かに理にかなってます。そうですね。では、お願いしても?」
「おお、任せとけ。」
「くれぐれも・・・」
「くれぐれも、お前さんの評価に傷がつくようなことはさせないって。」
「・・・フー、分かりました。二人はバンミにお願いします。」
そう言うと、ナハトは扉に手をかけた。
なんとなくホッとする僕たち3人。
ナハトは扉を開けて出ていこうとして、振り返った。
「ダー。あなたのことは一応バンミにお願いしています。が、私から教育的指導がないなんて、ゆめゆめ思わないように。いつでもあなたを見ています。」
ヒィー。
僕の背中に氷みたいな汗が一筋流れたよ。
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