第145話 バンミ

 翌朝。

 他の子たちは、昨日の担当教官と魔力の通り道を通す訓練。

 ナハトの目を盗んで、アホルに聞いたところによると、今は、魔力を感じるレッスン、なんだって。あと、アホルはきれいめな青だからきっと水の属性だろうってことで、水に手とか足とか浸かってるって言ってたよ。教練所の奥に、湖があるらしいです。


 僕は相変わらず放置。

 教練室の見学をしてもいいって言われたよ。

 別にご本も読んでもいいらしい。

 実はこれはすごいことだと思う。

 だって、本はとっても高価だもの。

 図書館だって、ほとんどないって聞いたよ。個人で趣味で屋敷に作ってるって人はそれなりにいるらしいけどね。

 公共のでって言えば、僕の国なら王都の丘にあるやつかな?

 王都タクテリアーナには不思議な形の丘というか山というか、があって、そのてっぺんに王城がある。そして、グルグルと巡る水路があって、ちょっと見た目はソフトクリームの頭のとこみたい。

 で、そのお山にあるのは、政治だとか軍事だとかの重要な施設と、各種養成校。正式には王立ってわけじゃないんだけど、この養成校の理事長は国王様だから、実質王立みたいな養成校があって、そんな生徒たちのために建てられた立派な国立の図書館があるんだ。一応、一般にも開放されているらしい。場所が場所だけに普通の人はなかなか利用してないみたいだけどね。


 僕が知ってるのはここだけかな?て言っても、僕が見たことないだけで、あちこちにあるのかもしれないけどね。

 ちなみに、王都の図書館は行ったことないし、まだ見たことないけど、国王様が何度か自慢しつつ、ひいじいさんの蔵書とどっちがすごいかな?なんて言うから、覚えてるんだ。ちなみにレア度では、ひいじいさんのが勝ちだと思います。だって、ほとんどはひいじいさんが執筆したもので、大半が前世知識だもの。外には出せません。


 まぁ、そんな貴重なご本の接する機会っていうのが、この施設にはある、っていうことだね。図書館というより図書室なんだけど、昨日バンミが寝っ転がって読んでたのも、ここから持ってきたやつみたいです。どうやら魔法のことを書いた本が大半みたい。あ、一応、自由時間ってことで、図書室覗いたんだ。

 本当は、中身チェックとかもしてみたかったんだけどね。

 だって、僕の魔法の知識は、本からじゃなくて実践ばっかりだからね。

 最初は勝手に僕の魔力を使って魔法を撃つ、なんてところから始まって、ほら、動かし方分かっただろ?やってみ、なんていう、そんなところから始まったし・・・

 まぁ、かなりの初期に、魔導師養成校の校長直々に、理論から実践まで教えて貰ったから、お勉強としても、それなりに、なんだけど・・・

 でもね、その校長様自体が、僕は普通の理論に則ってないから、今更基礎というわけにもいかんしのう、なんて言われて、魔法はイメージ、前世の知識と合わせて作っちゃえ、の教育方針になっちゃったんで、この世界の魔法のお勉強もしてみたい、なんてのも、思ってはいるんだよね。



 で、なんで、こんなにぐたぐたと思いつつも、図書室で本の背表紙ばかり眺めているか、というと、僕の背後にいるひょろ長い影のせいです。



 時間は半時間ぐらい遡ります。


 僕はアホルと一緒に昨日の指導室、まぁ、講義室だね、そこに行ったんだ。まだ慣れてない僕らは、朝一でそこに集合して、その日の行動を教官から指示されるんだって。

 で、僕は昨日と同様、好きにして良いってことで、やった!一人だって、調査の時間に充てようと思ったんだけどね。指導室を出てびっくり。部屋の前になぜかバンミが待っていたんだもの。

 どうして?


 「お前の教育を請け負ったしな。変なところウロウロされても迷惑だ。当分、カリキュラム以外、おまえさんに付き添うことにした。」

 えーっ?!

 それはちょっと、ていうかだいぶ困る。

 仲間との連絡、とか、どうしよう。エアは時折、僕にこそこそって言ってきてるけど、念話もちょっと気を付けた方がいいって言われたし。

 昨日みたいに、ヨシュ兄に連れ出されて報告会できる、ってにらんでたんだけど・・・


 「あの、バンミさんも、そのお勉強とかあるだろうし・・・」

 「俺はナハトと違って座学はいらんからな。魔法の訓練なら、お前の訓練時間に充てれば良いし。」

 「カリキュラム、ないの?」

 「俺たちみたいなのは、適当に魔力増やす訓練をしてりゃいいんだよ。」

 ?

 何か引っかかる言い方だね。

 「というか、俺に張り付かれちゃ困るってか?なんか悪さでもする予定がある、とか?」

 ニッ、と、悪そうな笑顔を僕に向けて、そう言ったんだ。ひょっとしてバレたり、してないよね、って僕は背筋が寒くなったよ。


 「ま、いいさ。とりあえず放置なんだろう?予定はあるのか?」

 「うー。昨日は入れる教練室入ってちょっとだけ見学したんだけど・・・」

 「まぁ、見学も良いがな。」

 「他に何かあるの?」

 「そうだなぁ。施設見学でもするか?まだ何があるか分かってないんだろ?」

 「え?いいの?」

 「案内してやる。放っておいたら立ち入り禁止区域に入ってそうだしな。その辺も教えてやるよ。」


 そうして、僕はバンミに連れられて、あちこち回って、とりあえず自由に入れる場所や入ってはいけない場所なんてのを教えられ、・・・そして、最終、この図書室にいるってことなんだけど・・・



 「ひょっとして、おまえこれらが読めるのか?」

 しばらく、腕を組んだまま、僕の様子をじっと見ていたバンミが、ポロッと言ったんだ。

 「え?」

 「表紙を目で追ってただろ?理解して物色してる目だった。」

 ・・・・

 「その年ですごいな。やっぱりただ者じゃない、だろ?」

 ・・・・

 「何が読みたい?」

 「え?」

 「届かないだろ?取ってやるよ。部屋でゆっくり読もうぜ。」

 「あ・・・初めてでも読めるやつ・・・」

 「ふうん。ま、いっか。じゃあこれな。」

 薄くて表紙の背には題名が書かれていない本を渡してくれたよ。

 本当に初心者向けだ。〈初めての魔法〉だって。

 僕に本を渡し、自分も何か持ち出すと、「行くぞ」と言って歩き出したよ。

 仕方ない。今日はみんなに会うのあきらめるしかないね。



 「さてと。」

 部屋に戻ると、バンミはおもむろに口を開いた。

 「本を読んでやるよ。」

 そう言って、自分のベッドに腰掛けたバンミは僕に膝の上に座って、持ってきた本を開くように言ったんだ。

 躊躇したんだけど、言うこと聞かなきゃぶつとか言うし、僕は、警戒しつつもバンミの上に座ったよ。

 そうしたら、ちょうど僕の耳の上からのぞき込むようにして本が見れるんだ。

 で、僕から本を取り上げると、僕のお膝に、開いたご本を載せたよ。ちょうど絵本を読み聞かせるような体勢。

 バンミは僕の耳元に口を寄せるように話してきたんだ。


 「ダーは、外国人、だよね?」

 「え?」

 「この国の行商の子って言ってたけど、嘘でしょ?」

 「・・・」

 「告げ口するつもりはないよ。僕はタクテリアから連れてこられたから、すぐに分かったんだ。この国の子の反応じゃない。」

 「え?」

 「もう2年ぐらいかな?この国に誘拐されたのさ。魔力のせいでね。」

 「誘拐?」

 「ああ。ちなみにずっと帰ってきてないもう一人ね、まぁ彼はこの国の子だけど、戻ってくるかわからない。仮に戻ってきたとしても、人が変わってるかもしれないな。なんせ、もう5日は習熟室で何かされてる。」

 「習熟室?」

 「あそこに日をまたいで入れられると、まともには帰ってこない。特別レッスンで成績次第で卒業してる、とか言ってるけど、あれは人体実験でどうにかされてるんだろうな。」

 「人体実験・・・」

 「マグナー、あ、その帰って来ない子だけどね、どうも孤児だったらしくて、体力がなかったんだ。魔力だけは多かったみたいで、魔力で体力を補助する、そんな訓練をしていたみたいだ。その仕上げとか言って習熟室行きになった。」

 ・・・・


 「ところで、ダー。お前にくっついてる光はなんだ?ときおりやってきて、話でもしてるみたいだよな。」

 !

 エアを感知できてる?見える人には光の玉みたいに見えるらしいけど、ゴーダンたちレベルじゃないと見えないはず。バンミって、未成年でそこまですごいとか?


 「クックッ。ダーは表情にすごく出ていいなぁ。この国の連中は表情を動かさないようガキの頃から訓練されてるからつまんなくてさ。まぁ、そんなに怒るなって。ひょっとして魔力漏れてるのか?おまえ、まさか、いや、まだ6歳だよな。え?でもこれって・・・なぁ、お前、魔法を使える、のか?」

 しまった。抱っこされてるから、これだけ魔法が出来る人になら、バレちゃうよね。僕の漏れてる魔力、見つかっちゃった?


 「警戒しなくても、教官やナハトには言わないさ。そもそもここで教官に残ってる奴なんざ、たいした魔力はないやつばかりだ。せいぜいナハトレベルだ。あ、ナハトには注意しろよ。奴の髪みたろ?大して魔力は多くない。その分他の分野で頭角を現そうと必死なんだ。奴みたいなのが、生き残れる。教官になるか仕官かは分かんないけどな。逆に俺やマグナーみたいな魔力は多くても中央に置きたくないような奴は体の良い兵器になる。まぁ使い捨てのコマってやつだ。」

 「何それ・・・」

 「まぁ、ここはそんなところなんだよ。お前さん、髪は短いけど、すごい濃い色だし、魔力、多いんだろ?生意気だし使いづらいから、使い捨て確定だなぁ。」

 クックッと、喉の奥で笑ってるよ。でも、今僕ってとってもやばくない?魔法使えるってバレてて、エアが見える、なんて、もう詰んでるかも・・・


 「俺さぁ、結構勘はがいいんだよね。」

 唐突に話題変換したと思ったら、片手を本から離し、僕の頭を抱えるみたいにしたんだ。で、そのまま頭っていうか顔面を僕の頭にこすりつけるみたいにして・・・ひょっとして泣いてる?


 僕はびっくりしちゃったよ。

 どうしていいかわかんないまま、されるがままになっていたよ。

 バンミは勘が良いって言ってたけど、僕だって人の気持ちを受け入れるのは得意。ていうか、こんだけぴったりとしていて、感情を押し殺してたら、いやでも感知しちゃうよ。

 うん。分かった。

 バンミは待ってたんだね。

 ずっと一人我慢しながら、自分の勘を信じて、待っていたんだ。

 いつか、ここから連れ出して、自由な世界へ戻してくれる誰かがやってくるって、そう信じて、じっと耐え、その時のために貪欲に魔法を鍛えてきたんだって、僕は、理解した。


 「バンミさん。一緒に行こう。」

 「え?」

 「ずっと一人で偉かったね。僕と、ううん僕たちとこんなところはぶっ壊して、自由な世界へ戻ろう。」

 「何言って・・・」

 「待ってたんでしょう。そうだよ。きっと僕だよ。バンミさんがずっと待っていた人は僕だ。」

 「・・・おいおい、何言ってんだ?脱走計画なんて、鞭だけじゃすまんぞ。」

 「フフ。脱走計画なんてしょぼいことはやんないよ。ここをぶっ壊してどうどうと出ていこうよ。」

 「・・・あのなぁ。そういうことを聞いたら、俺はお前をぶたなきゃならんのだが?」

 「でもぶたないでしょ?だってバンミさんは仲間だから。」

 僕が見上げると、バンミってば口をパクパクして目もでっかく開いてお魚みたい。

 僕がそんなバンミをじっと見ていると、やがてなにかを飲み込むような仕草をした。そうしていったん天を仰いだかと思ったら、今度は両手で僕の頭をガシガシと、まるで乱暴にシャンプーするみたいに振り回し始めたよ。


 「たくっ、ガキンちょが生意気なんだよ!ああ、ホント、こんなやつの教育かがりなんてついてねぇ。ああ、まじダリぃわぁ。」

 そんな風なことをいいながら頭から胴体へと腕が降りてきて、僕をしっかりハグしたんだ。頭の上から押し殺した泣き声と、いっぱいのお水が僕を濡らしたことは、フフ男の友情で、内緒にして上げるよ。

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