第139話 連れてこられた場所は、

 「止まって!!」

 僕の大声に馬車は急停車。

 「どうした!」

 現在、馬車の中担当の魔導師が鋭く聞く。

 「えっ・・・おトイレ!!」

 僕の切羽詰まった声に、その魔導師が盛大なため息をついた。

 「はぁ、もうちょっとしたら休憩だ。我慢できんのか。」

 「む、無理ぃ~」

 僕が言ったら、他の子たちも「わたしも」「僕も」と手を上げる。

 諦めたように、僕らにいつも通りヒモを渡して、急げ!とだけ言うと、扉を開けてくれたんだ。



 途中、パッデさんと離れた町から1日半。

 今まで、きれいな大街道をまっすぐ走っていたところを、曲がったと感じてすぐのところだった。僕はなんか、膜を通り抜けたような気がして、頭に警報が響いたんだ。

 結界?

 僕はすぐにそう思ったよ。

 花の精霊の場所に行く感じだったから、すぐに分かったんだ。

 あっちはもっとさわやかな感じで、さっきのはちょっとぬめって感じだったけどね。


 僕は、あわてて「止まって!」って叫んだんだけど、どうした?って怖い感じで言われて、一瞬やばって思っちゃった。

 でもね、すぐにおトイレの時は早めに言うようにって言われてたことを思い出したの。なんか、こうやって運ばれてくる子、怖いってこともあるし、こんな状況でしゃべれない子もいるし、で、結構しちゃう子がいるんだって。中で漏らしちゃったら、ほら、ずっと臭いが、ね。運んでる人達もそれはいやだから、って、怒らないから、ちゃんとトイレは言うように、って言われてたんだ。

 だから、とっさに、おトイレって言って、外に出れるようにしたんだ。他の子たちもついてくるとは思わなかったけど、逆にラッキーかも。目立たないし。


 僕たちは、馬車に繋がるヒモを持って、森の奥に三々五々、駆け込んだよ。

 何か危ないことがあったら、このヒモをひっぱるんだ。すぐに魔導師さんが来てくれる。

 あと、ピンと張るところまではいっちゃだめ。遠すぎるとすぐに助けに行けないから。もし逃げちゃっても、ヒモのところから探せば良いし、あんまり遅いと時折引っ張ってくるんだ。ちゃんと、ひっぱり返さないと、逃げたって思われるから、気をつけて。

 て、いっても、あんまり逃げることは考えてないみたい。

 森の中は、街道から離れると魔物もいるから、小さな子供が逃げれるわけはない、っていうことみたい。僕みたいなのは、それこそ、レアだと思う。僕?魔法を使えば、全然平気。森の中の逃避行はお手のものだよ。



 僕は、いったん森の中へ入り、みんなから見えないところに行くと、エアを呼んでみた。

 『ダー様、おまたせっ。』

 『良かった。エアはここに来れるんだね。』

 『なんで?』

 『たぶん結界を通ったんだ。』

 『あ、ホントだ。あっちにあるね。』

 エアは耳を澄ますみたいなポーズをとると、もときた方向を指さした。

 『でも、道の上だけだね。』

 『道の上だけ?』

 『うん。横からは抜けられるよ。近寄らないようにしてるだけ。』

 『エアは結界を触らないように、みんなをこっちに連れてこれる?』

 『もちろんできるよ。』

 『良かった。じゃあ、みんなに結界があるから避けて追いかけてきてって言ってくれる?』

 『分かった!』


 僕は、ホッとしてエアに任せたよ。


 あのね。まがったところがどうなってるか分かんないけど、どうやら、結界のこっち側も、今まで見たいに広くはないけど、十分馬車が快適に進めるだけの幅と、舗装がしてるんだ。行商してたときに通った獣道みたいなのとは全然違う石畳。

 で、たぶんこの道があることを隠したいってことなんだと思う。

 うん。秘密基地感たっぷりだね。

 ゴールは近いんじゃないかなぁ。

 僕は、結界はみんなにまかせ、怪しまれないように馬車に戻ったんだ。



 それから途中で1回野営をして、次の日の昼前。



 僕らの目の前には、でっかい石の建物があった。


 門はない。


 道に対して垂直に配置された、2階建ての石の建物。

 窓がほとんどないから、一瞬、町を囲む塀かと思ったよ。横に長くて端が見えないし。


 塀と同じで、道に接して、馬車が通るだけの隙間が開いている。

 僕らを降ろした馬車は、そのままその隙間へと消えていく。

 そして、僕らを連れてきた魔導師の1人についてくるように言われ、僕らは、馬車の通った隙間近くにあった扉から、中に入ったんだ。



 中の印象は、前世の病院、みたい。

 なんて言うか、シーンとしていて、病院の中でも夜の病院、かな?

 まだ昼だけと、窓がないせいか、ひんやりと薄暗い。

 明かりは普通のランプじゃないね。魔石を使ったランプだ。だから、火と違ってチラチラしてない。ボーッと光ってて瞬かないのが、こんな感覚を引き起こすのかな?


 廊下があって、いくつか扉もあった。

 僕らは、少し歩いた先の、階段を登ったすぐのところの部屋に連れて行かれ、座るように言われた。

 部屋、と言ったけど、廊下が広がったロビーみたいなところ。

 さっき登ってきた階段が見える。

 そこに、長いベンチがいくつか並べられてるだけ。

 ほんと、病院の待合室みたい。

 大人が3人余裕でかけられそうなベンチが数台あるけど、僕ら4人は固まって、1つのベンチに座ったよ。

 僕らが座ったのを見て、僕らを連れてきた魔導師は、しばらく待つように言うと、そのまま元来た階段を降りていったんだ。



 どのくらいたったんだろう。

 クーッて、誰かのお腹が鳴ったよ。

 確かにちょっとお腹がすいたかも。

 もうそろそろお昼の時間だもんね。


 相変わらず、一緒の子供たちはおしゃべりをしようとしない。

 この長い道のりで、分かったのは名前だけ。

 ククル、ゾエアン、アホル。

 今お腹の鳴ったのはきっとククル。お顔が真っ赤だもの。でも、その音を聞いたみんなのお腹もキュルルって順番に鳴っちゃって、それで初めて、お互い顔を見合わせて笑っちゃった。


 そんなお腹の大合唱も終わって、くたくたの子供たちがウトウトし始めた頃。


 カンカン、と、足音を響かせてやってきた男女。

 なんかね、手術するときに着せられるみたいな、白っぽいワンピース1枚だけを着ていたよ。


 「今日着いた子たちね?」

 女の方が僕らを無表情に見渡して、そう言ったんだ。

 なんか、感情が薄い感じ。

 よく見たら、ていうか、見てすぐに思ったけど、二人とも子供だ。

 僕らよりは年上だけど、どう見ても成人前だよね?

 「女の子は私に、男の子は彼に着いてくるように。」

 僕らが口を開くよりも早く、有無を言わせない口調で、そのお姉さんが言ったよ。

 そして、言うやいなや、ククルとゾエアンの手を引いて、奥の方へと行っちゃった。


 僕とアホルが呆然とその様子を見ていたら、「行くぞ。」と、お兄さんの方が言って、階段の向こうへ向かって歩き出したんだ。僕たちは慌てて、そのお兄さんの後を追ったよ。


 廊下をまっすぐ行ったところにはいくつかの部屋があって、ドアには男1、男2って感じで番号が振ってあったよ。

 僕らは男4の部屋に連れて行かれた。


 中には中央にベッドが6台。

 頭側をくっつけるみたいにして3台×2列。

 で、ベッドの足下のかべに、小さな棚。


 僕らを連れてきた人はこの部屋のリーダーなんだって。

 ナハトさん。11歳。

 僕らが指定されたのは、奥のベッドの右と中央。

 左に、もう1人いて、あと、ナハトさんが1番ドアに近いベッド。

 ナハトさん側は、中央はいなくて、右のベッドにもう1人いる、らしい。

 6人部屋だけど、5人てことだね?

 「今まで3人だったの?」

 て聞いたら、

 「5人だったり6人だったり。」

 だって。

 「ほとんどは死んだよ。」

 ・・・・

 マジですか。

 「取り繕っても仕方ないから、はじめに言っとく。ここじゃあ、あいつ死んだんだって、は、挨拶替わりだ。おまえたちの名前が、そこに加わらないと良いな。」


 アホルってば、ナハトさんの言葉を聞いて、ブルッちゃいました。端のベッドはいやだ、って言うから、真ん中のベッドを譲ったよ。むしろ僕は端の方が良かったし。だって、こっそり脱出しやすいもんね。


 どうやら足下の棚は私物入れ、だそうです。

 といっても、服とかも全部支給。今着てるものとかを置いておくようにって言われた。毎朝服を貰いに行って、着替えるんだって。食事は食堂で。メニューは人ごとに決まってるらしい。おかわりもお残しもダメだそうです。シャワーは指定された時に指定されたところで、だって。首を傾げてると、すぐに分かる、って言われた。

 ナハトさんは、着替えをもらうところ、食堂、そして指導室という、とりあえず明日僕らが行くべき場所を教えてくれたよ。そして後は、その都度指示があるからそれに従うように、だって。

 「長旅で疲れてるだろう。食事の時間になったら起こしてやる。しばらく寝てていいぞ。」

 そう言うと、どっかに言っちゃった。


 お腹すいたけど、仕方がない、休むか、と、アホルと話すと、アホルったら早々に寝ちゃったよ。

 僕はこっそりとエアを呼んでみた。

 『ダー様、ここ嫌い!』

 現れるやいなや、エアはプリプリしながら、そう言ったよ。

 ま、でも、エアが無事入ってこれるようで、ちょっぴり安心だね。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る