第102話 黒い魔物
「こっちだ!」
僕らを案内する冒険者は、さらに北へ北へ、森の奥へと歩を進める。
虐殺の輪舞のみんなに聞いたところによると、彼はセグレ。この北の前戦で長くトップを張る『森の咆哮』の若手なのだとか。
そしてそのセグレによると、樹海からやってきただろう凶暴な魔物があふれかえったばかりではなく、今まで見たことのない毒をまき散らす魔物が現れ、苦戦しているのだという。
「魔法も剣もきかねぇ。歩いたところ触ったところはボロボロ。たぶんそいつから魔物どもも逃げてきたんだ。騎士のヤツらが、逃げてる奴にちょっかい出さなきゃ、村までくることはなかったのに!」
セグレが、息を切らしながらも、そんな情報を寄こす。
ところどころで出会う、冒険者たちを助けつつも、全速力で奥へと進む。
「はは、すげえなぁ、あんたら。」
魔物を切り倒し、冒険者をアシストし、魔法で殲滅しつつ走り抜ける虐殺の輪舞と宵の明星。
「てか、なんでそんなガキ連れてきたんだよ。」
ずっと僕を片手で抱えつつ、魔物を切り裂くセイ兄を見ながら、ずっと疑問だっただろう、そのことにやっと触れたのは、もう15分以上も走った後だった。
うん。セグレの気持ち、僕もよく分かる。
どう見ても足手まといの図。
でもね、一応、僕、役に立ってるんだよ。
時折、ネリアに渡される僕。
なんだかんだで、彼女に魔力あげてるし、ハハハ、人間充電器?
だって、ネリア、セイ兄と同じくらいしか魔力ないのに、バカスカ魔法を撃ってるんだもん。彼女の持つ中では小さい威力とはいえ、土で魔物を拘束したり、そこそこでかい岩を降らせたり、火を使わなくても、力押し、すごいです。
同じ土を使うゴーダンとは、かなり違う。
ゴーダンはどっちかっていうと弾丸みたいに小さくて尖った土の塊をすごい勢いで飛ばす。また、補助は穴を掘ったり、塀を建てたり。
それに今のところは遠くの援護は別として、通りがかりは剣で、って感じだもんね。まだまだ魔力量は余裕です。
もうしばらく行くと、たくさんの魔物の死骸。
そして、それなりの負傷者や死者が・・・
ここで、大規模な戦闘があったみたいで、その数にちょっと焦ったよ。
「どこ言ったんだ・・・」
呆然としたようにその場を見るセグレ。
「ここか?」
とバン。
「ああ、ここらで足止めしていたんだ。」
ん?
「右斜め前から、気配を感じるよ。」
僕は指摘したよ。たくさんの死骸の向こう、さらに奥から、複数の焦りと恐怖の感情が感じられるんだ。
「案内できるか?」
ゴーダンに僕は頷く。
セイ兄から降りて、倒れている諸々を踏まないように気をつけながら、可能な限り速く走る。
「おい!」
当然のように僕に続くみんなに、驚いたようにセグレが顔を上げた。
みんなを追い抜いて僕に近づくと、
「危ないからガキは引っ込んでろ!」
と言いながら僕に掴みかかったよ。
ふふん。でもね、僕がその手をひょいと躱すのを見て、えっ?てなった。
セグレに僕を捕まえるのは無理だよ?
僕はそのまま、感じた方へ走っていく。
見えた!
生きてる冒険者が4人?
そして、その目を引きつけている、なんかすごい濃い魔力のもの・・・
なんだあれ?
「ハンス、みんな!」
セグレも彼らを見つけたのだろう、声に喜色が含まれた。
「おい、大丈夫か?」
バンたちもかけつけて、彼らの下へ。
4人は、体力魔力とも尽きたのだろう、座り込んでいるが、目だけは戦意を灯し、その魔物を見つづけていた。
武器を各々力が入らないながら、しっかりと抱えているのが見て取れる。
「バンジーか?」
ドワーフらしき男の人が、バンを見て言ったよ。
やっぱり知り合いみたいだね。
「よお、助っ人に来たぜ。」
「ああ、・・・だが、あれはダメだ・・・」
その魔物に目をやる。
濃い、あの魔素は、もはや障気。
むせ返るような樹海そのものが凝ったよう。
全体的にタールのような色合いで、ナメクジが擬人化して立ちあがった、とでも表現すればいいんだろうか。
「こんなもの!」
ネリアが頭上からでっかい岩を落とした。
頭、なのか、一番高い部分に当たり、少し沈んだかと思ったら、ジュッと岩が跳ね返りながら黒くなって蒸発した。
「何?」
「魔法も剣もきかない。まるで泥水だ。しかも、これを見ろ。」
地面に落ちていた、槍?をハンスはバンジーに投げたよ。
槍?と思ったのは、それが真っ黒で、なんかふよふよしてたから。
かろうじてハンスは手に取ったけど、投げられたそれは、なんか怪しげな黒い煙を散らしている。で、バンの手に渡ったとたん、炭で出来てたんだ、と思っちゃうぐらい、ホロホロと形を無くしてしまったよ。
「やつにジャヌが投げつけた。他の武器も、いや人間の体だって一瞬にそうなっちちまう。」
「まるで凝りですね。」
と、アーチャ。
「凝り?」
「ええ、樹海でも特に魔素が充満している場所があります。そこに触れたものは植物でも動物でも、いや、石や金属でさえ、一瞬に魔素に汚染されて分解されます。その現象にそっくりです。」
てことは、あの魔物は魔素で出来てるの?
「あれは、分解されず取り込んだのに生きてる、といったところか?」
ゴーダンがアーチャに言った。
「そうなりますね。魔素溜りに汚染されても大丈夫な個体もたまにいます。ゆっくりゆっくり汚染された場合。またはもともと魔力が大きく、許容量が多いもの。逆に小さな個体、虫のなかには、それなりに生き延びて、あんな風に魔素を振りまく存在になる場合があります。そもそも樹海の木がそうやって魔素を帯びたものだと思われてます。」
「そんなものどうやって倒すんだ?」
と、バン。
「結界で囲う。そうやって押し込める以外にない。小さな虫の場合は、許容量を超える魔力を注ぎ続ける、なんてやり方もあるけど、さすがにあの規模じゃ・・・」
ん?
それって、よくよく考えれば、樹海を浄化させる方法で良くない?
僕はこっそり、宵の明星を集めて、そう言った。
僕のホーリーなら、やっつけられないかな?
3人、つまのここにいるメンバーのゴーダン、セイ兄、アーチャは、どうだろう、て思案顔。
やってみる価値はある。
でもね、この国でセスはともかく、僕の力は隠してる。
特に僕のホーリーは、セスも知らない。ていうか、これが成功してでっかいサイズができるなら、セスの願いは一歩前進。
「あまり、披露すべきじゃないな。」
僕が、これ以上この国に絡め取られないように、と、みんな隠してくれてるんだもんね。
でもさ、あれ、やばくない?
魔素、振りまいてさ。
通ったところの地面、触れちゃった木や草が枯れていくよ。
黒く、形を失って、そこからまた魔素がわき出てる。
やつはゆっくりゆっくり、這うように進む。
何か目標があるのか?
僕にはそんなものもなく、ただただ進んでいるだけ、に見える。
実際、攻撃されても、反撃もない。
切りつけた剣は朽ちるだけ。
撃ちつけた魔法は跳ね返されるか吸収か。どっちにしろやつは歯牙にもかけない。
僕らがこうやって話している間にも、森は汚されて、まるで樹海みたいになっていく。
ネリアが火やしまいにはマグマまで、魔物の腹に撃ち込んだけど、インパクト時に一瞬凹んだだけで、消えた。
どうする?
僕、やれることやらずに、なんてできないよ・・・
やれやれ、という風に、ゴーダンが首をすくめて、他の二人とアイコンタクト。
二人もそれに笑顔で返し、僕の頭を撫でてきたよ。
「なぁ、虐殺の。ものは相談だが。」
ゴーダンが、森の咆哮をケアしている虐殺の輪舞のところへと近づきながら言った。
「そこのパーティ、動けないんなら、お前らで救護してくれないか?」
「そりゃそのつもりだが。」
「後は、こっちに任せてくれるとありがたい。」
「任せろって、どうやっ・・・あぁ。」
虐殺の輪舞のみんなが僕を見たよ。
まぁ、遠目には固まってる僕らの誰を見たかはわかんないだろうけど。
「策がある、てことでいいのか。」
「ま、そんなとこだ。」
「わかった。」
バンジーが頷くと、男性陣がそこに座り込んでいる森の咆哮の面々を肩や背に担ぎ上げていく。
「おい、セグレもラックルボウを背負え。」
「う、うん。」
バンジーに言われて、エルフっぽいお姉さんを背負う。
彼を入れて、男の人が4人。座り込んでいた人が4人。
ネリアの手が空いてるから、うん、このまま森を抜けても大丈夫だね。
「じゃ、任せる。暴走すんじゃねえぞ。」
最後は、僕宛ですか?
信用無いなぁ。
ニッ、と笑いながら挨拶して、その場を去るジムニとダム。
「て、ちょっと待って。あのガキ、置いてくのか?」
セグレが虐殺の輪舞のみんなに焦って声をかける。
僕の心配してくれてるみたいで申し訳ないけど、早く行ってくれないかなぁ。
「いいから来い。」
大柄な獣人族の男の人を抱えてるのに、片手でセグレの首根っこを掴むようにして、バンは見えなくなったよ。それにしても怪力だなぁ。
で、です。
僕は、魔素の凝った魔物を見る。
相変わらずゆっくりゆっくりと、動いている。
僕は浄化をする、と、イメージする。
この世界では、浄化、という発想がないけど、僕にはあるから・・・
この世界では、魔素自体は穢れ、とかじゃないけど、僕には穢れとしてイメージできるから。
だから、魔素に犯された哀れな魔物に癒やしを。
暖かくて涼やかで優しい眠りを。
ホーリー・・・・
僕の体を白い魔力が包み、
白い魔力はゆっくりと広がって・・・
魔物に汚された木や草花に癒やしを。
魔素が凝ってしまった魔物に祝福を。
白い光が届いたところから、ゆっくりとその黒は溶かされて・・・
ゆっくりとゆっくりとその黒いタールのような体を包み、浸透し、
やがてはすべてが白に覆われ。
ピカッ
白い閃光が最後に輝いた。
しばらくして、白い光が霧が晴れるように消えていき、
そこには真っ黒い魔石が、転がっていた。
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